PHP研究所より、井上明義氏が著作した『不動産鑑定業の教科書』(2010年7月2日発行)が発売された。
図書の帯には、「発注者依存型から脱却し、攻めの経営でチャンスを広げろ!」とある。
不動産鑑定業の業界の内部の状況を書いた書物である。
日本経済の不況に伴い、売上高が落ち、閉塞感漂う現在の不動産鑑定業界に対して、同じ不動産鑑定業で生きており、三友システムアプレイザルという鑑定会社を立ち上げ成功に導いた井上明義氏が、過去を知り、現状をしっかりと見つめ、新しいビジネスモデルを探し求め、業界の発展を探れというメッセージの書物と私は読む。
言葉を換えて言えば、「収入倍増論」を個人、協会団体も考えて取り組めと著者は言いたいのでは無かろうかと私は解釈する。
私は著者の井上明義氏とは面識は無い。
井上明義氏は、不動産鑑定業界に新しいビジネスモデルを導入した人と認識している。
そのビジネスモデルに対して、不動産鑑定業界では悪く言う人もいる。
逆に銀行等金融機関の不動産鑑定書を利用する側の人々の評価は高い。
功罪相半端ということか。
そういう私も、三友システムのとばっちりを受けた。
それまで鑑定の仕事をいただいていた金融機関から、
「田原さん、うちも鑑定評価料の節約命令がでて、田原さんの鑑定評価料よりも低額でやってくれる三友システムと言う会社にこれから担保評価を頼むことになりました。誠に申し訳ありませんが、ご了解願います。」
と、丁寧に言われ顧客を取られてしまった苦い経験を持つ。といって三友システムを恨むつもりはない。
著書は、現在の不動産鑑定業界の現状を、データ数字を使って、その姿を説明する。
それによれば、平成21年9月30日現在、不動産鑑定士は5,301人いて、そのうち2,050人が東京にいるという。割合にすると、
2,050人÷5,301人≒0.39
39%の不動産鑑定士が東京にいるというのである。
平成19年度の不動産鑑定業の売上高は497億円という。小さい業界である。
その中で一番大きい鑑定会社は、財団法人日本不動産研究所である。
著者は著書の中で、財団法人日本不動産研究所を偉く持ち上げているが、持ち上げ過ぎでは無かろうかと私の個人的見解ではつい思いたくなる。
不動産鑑定士一人当りの売上高は、1,000万円という。
著者は、Jリート(不動産投資信託)は今後益々増加し、不動産鑑定評価の柱となる領域のものであると考え、それ故に、Jリートの不動産鑑定評価において不当鑑定が生じることを非常に畏れている。
その予防として、下記の2つを提言する。
@ 2業者による不動産鑑定評価
A 不動産鑑定業者の定期的変更
私も、Jリートの不動産鑑定評価に占める市場は、大きく大切と思う。著者の提言する2つのことは、至極当然のことと思う。
2業者に鑑定を頼むと言うことはどういうことかというと、1業者の出した不動産鑑定価格が妥当かいなか判断するものが無い。1業者の出した価格が適正であると担保するものがあるのかという欠点を補う為である。
不動産鑑定士が出した価格は全て適正であると世間では思っているかもしれないが、その様なことは哀しいことに非現実的なことである。
適正であると思われる鑑定書はどれ程あるものか。
裁判所に提出されてくる鑑定書を見れば、それが自覚出来よう。
一つの出された鑑定書の鑑定額が、適正であると証明するものがあるのか。
適正であるということを担保するものがあるのか。何をもって適正であると担保するのか。
著者は、不動産鑑定士試験問題の内容、特に経済学の試験問題について厳しく批判する。
私は経済学の試験問題にどの様な内容の問題が出されているのか全く知らないが、著者はもっと不動産鑑定の実務に密着した経済学の問題の出題にすべきと提言する。
実務についての不動産鑑定士への苦言として、不動産と金融とは密接な関係があることから、金融分野の知識を不動産鑑定士はもっと身に付けよ、勉強せよと説く。
その主張には私も賛成する。
付け加えれば、統計学の理論を勉強すべきと私は思う。
不動産鑑定士は、取引事例比較法に代表されるごとく「個」と「個」の比較で価格を求めようとしている。
しかし、その「個」が、市場の中でどの位置にあるのか、即ち市場の平均値の中で、その「個」のある場所がどの辺りなのかについての理解と検討が全くなされていない。
そもそも「平均」で価格を考えるという発想が全く無い。
私は、「平均」で価格を考えることは必要と思う。
価格を「平均」で考えることになると、そこには統計学の知識が必要となる。
一年程前、ある人を通じて、
「書物を出すが、その書物に田原さんの名前を本に出して、使いたいが、宜しいか。」
という問い合わせがあった。
どんな内容の本なのかと、その知人に聞いたところ、不動産鑑定業についての本の様だと言った。
私は、「いいよ」と返事した。
およそ1年後発行されたのが、本件の書物である。
著者が、私の名前の使用の許諾を何故求めてきたのか分からなかったが、著書を読んで分かった。
著書P234で、大学の正式な教科講義として、不動産鑑定士が大学教授として教鞭を執っている6人の名前が紹介されている。
その中の一人として、私の名前が紹介されている。
大学で教鞭を取っていると紹介されている6人のうち、「不動産鑑定評価」を実質教えているのは、私と久恒新氏(立教大学大学院教授 不動産評価論)の二人だけである。
あとの4氏は、ベンチャー企業論、不動産ファイナンス論、民法物権・債権論である。
著者は、もっと多くの不動産鑑定士が、大学・大学院で教鞭を執ることが、業界の地位を高めることであることから、教鞭を執る人がでてきて欲しいと述べる。
私が、桐蔭横浜大学の法学部で客員教授として、不動産鑑定評価の理論と実務を教えることを知った久恒新氏は、その時は未だ大学教授の職に就いていなかったが、「田原よくやった」と非常に喜んでくれた。
その後1、2年して、久恒新氏は早稲田大学の客員教授になり、2008年に立教大学大学院の教授になられたのには、私の方が驚いてしまった。
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