○鑑定コラム




フレーム表示されていない場合はこちらへ トップページ

田原都市鑑定の最新の鑑定コラムへはトップページへ

前のページへ
後のページへ
鑑定コラム全目次へ

161)家賃評価に土地残余法は必要か

 「田原鑑定の家賃は土地価格を求めるのに、土地取引事例比較法のみで求めている。
 『不動産鑑定評価基準』では、土地価格は土地残余法も行って求めることになっている。
 田原鑑定は一方法によってしか土地価格を求めていないから『不動産鑑定評価基準』違反であり、不当鑑定である。求められた土地価格が適正な価格とは認められない。
 不動産鑑定評価基準違反によって求められた田原鑑定の家賃は信用出来ない。」

 私の家賃の不動産鑑定評価書に対して、ある不動産鑑定士が意見書を裁判所に提出してきた。その意見書の中に、上記のごとくの主張があった。

 家賃の評価にあって、その土地建物の価格を求める際に、土地価格は取引事例比較法のほかに土地残余法からの分析を行って土地価格を求めるのが正しい求め方であり、土地残余法を行っていない田原鑑定は誤った土地の価格の求め方を行っており、誤った評価の手法によって求められた基礎価格を前提にしている。
 よって田原鑑定の家賃は不動産鑑定評価基準違反であり、不当鑑定であり、信用に値しないという主張である。

 他日、ある家賃の不動産鑑定評価書を見せられた。

 積算賃料を求めるために土地・建物の価格を求めている。これは当然の行為である。
 問題は、その土地価格の求め方である。
 その鑑定書では、土地価格を取引事例比較法のほか、土地残余法によって、土地価格を決定し、その土地価格に建物を原価法によって求め、土地・建物を加算したものを積算価格とし、積算賃料を求めている。

 土地残余法とは、「更地」の土地の収益価格を求める手法の1つで、当該宅地に賃貸建物であるアパート、賃貸マンション、あるいは賃貸事務所ビルを想定し、その賃料収入から建物に属する利益部分を控除して、土地に残余する利益より土地価格を求める手法である。
 「更地価格」を求める場合には、有効な評価手法である。

 しかし、家賃を求める時の土地価格に、土地残余法の適用が妥当かについては、私は、その妥当性を認めない。そもそも適用する事が間違っている。

 家賃を求める場合には、その土地の上に賃貸建物が建っているのである。
 その建物の適正な家賃を求めようとしているのに、当該建物を解体撤去し、更地を想定し、なおかつ、その当該地に賃貸の建物を想定し、その想定建物の賃料を、どの様に決めたのか満足な説明もされず、加えて、説明根拠もなく4.5%の還元利回りが使用されて土地の収益価格が求められている。

 当該建物の適正な家賃を求めようとしているのに、先に、どうして想定建物とはいえ適正家賃がわかるのか。
 家賃を求めようとしているのに、先に適正家賃が決められることの論理の矛盾に気づかないであろうか。

 土地残余法に使用した適正賃料と、積算賃料で求められた賃料の関係を、どの様に論理的に説明するのか。
 土地残余法に使用する必要諸経費と、評価建物の現実の必要諸経費との違いをどう論理的に説明するのか。

 加えて、土地残余法で使用する還元利回りと、対象建物の賃料を求める際の期待利回りとの整合性が、全く取られていなく、この不整合の合理的説明をどうするのか。

 見せられた鑑定書の土地残余法に使用されている適正賃料と、対象建物の得られた積算賃料にはかなりの開きがあった。この開差の説明は一切無い。
 この賃料の開差をどう説明するのか。

 土地残余法の必要諸経費は想定による金額であるため、現実の金額とは全く異なる。想定金額という根拠薄弱な数値を採用して、求められた賃料を適正賃料と言えるのか。それとも想定の必要諸経費の金額こそが、適正な費用金額であるとでも主張するのであろうか。

 還元利回りと期待利回りの利回り数値の差も甚だしい。

 採用されていた土地残余法の収益還元法は、
      土地純利益/(土地基本利回り−賃料上昇率)
の求め方のようである。

 即ち、還元利回りは、分母の数値で、
      土地基本利回りr−賃料上昇率g= 5%−0.5%=4.5%
で求めらる手法の採用である。
 土地基本利回りrを5%として、賃料変動率(上昇率)gを0.5%とし、還元利回りは4.5%である。

 この土地基本利回りrは、何故5%であり、それはどの様にして求められたのか。gを賃料上昇率と言うが、現在賃料は上昇しているのか。それをどの様に判断したのか。その合理的根拠の説明は? 加えて、その0.5%の求められた実証データと根拠の説明はどうなのか。地域、建物用途、建物の経年等によっても賃料の変動率は異なるのが現実である。それの配慮は? それとも全国一律に同一割合で賃料は変動していると言うのでも有ろうか。消費者物価指数だって地域、種別によって異なっているのだが。

 それらに対して、過去30年間の長期間で見ると賃料は上がっているという主張がされるであろうが、賃料の契約期間は通常2年間であり、改定していなかったとしても5年程度の期間の賃料の変動で考えるものである。そうした現実の不動産賃貸借慣習の世界に、非現実的な過去30年間の平均賃料変動率が上がっている云々などを持ち出しても、何の説得力も無い。現実の現在時点ではどうなんだという質問の回答には成り得ない。

 平成4年以来賃料は下落している。これが現実である。求める賃料は賃料減額請求事件の賃料である。

 賃料が0.5%の上昇と、既にわかっておれば、現行賃料に1.005の期間に応じた何乗かの数値を乗ずれば、対象賃料は求められるのであり、差額配分法や、スライド法や、利回り法などわざわざする必要はないであろう。
 しかし、新規賃料、差額配分法賃料、スライド法賃料、利回り法賃料の全てが、賃料下落を示しているのにも係わらず、0.5%の賃料上昇しているのだと、どうして前もって当該建物の属する地域の変動率が判断できるのか。
 加えて、それら各試算賃料の下落現象との食い違いを、どの様に合理的に説明出来るのか。

 揚げ句に、その鑑定書の鑑定結果は、現行賃料より減額賃料となっていた。 つまり、賃料は下落していると自ら認めて結論をだしているのである。
 一方で0.5%賃料は値上がりしていると計算し、他方では値下がりと結論するのである。

 土地残余法によって適正賃料が先に求められ、後から求められる対象建物の積算賃料と比準賃料によって求められる新規賃料との整合性、必要諸経費の問題、還元利回りと期待利回りの問題、rとgの理論根拠、賃料が下落しているのにgでは賃料は上昇しているという論理の矛盾、加えて結論で賃料が下落した鑑定評価額にしてあるのに、なおかつgで賃料上昇とする論理の矛盾等、これらの疑問点を合理的根拠に基づく説明がなされない限り、その賃料鑑定書は信頼出来る鑑定書とは言えない。

 これらの疑問に対して合理的な説明もなされず、
 「不動産鑑定士の判断であり意見である。」
と答える不動産鑑定士はいるであろう。
 それを鵜呑みにして、
 「専門家の判断だから正しい。」
とし、自らが鑑定書の内容の見直し、思考することを放棄して、無批判に判決文に採用する裁判官もいる。
 これは逆の見方をすれば裁判官は、専門家としての不動産鑑定士の存在を高く認めていてくれているということであり、それに充分応えるだけの専門家で無ければならないのである。

 裁判官のみでなく一般の人も、
 「鑑定の専門家の人の判断だから、私達にはよくわからない。最もらしく書いて有るが、なんだかどこかおかしい様な気がする。しかし、どこが間違っているのかすらわからないから仕方が無い。」
と言って引き下がる人も多い。

 しかし、一歩踏み込んで、
 「専門家の判断であり意見で適正という主張はわかりました。
 正しい判断であり意見であると言うからには、それはそれだけの専門家としての経験と実績があってのことと解釈されます。
 付いては、貴方は賃料についてどれ程の時間勉強されましたか。2年ですか。10年ですか。その勉強されたとき、どんな専門書をどれだけ読まれましたか。
 賃料の判例をどれ程調べられましたか。最近出された最高裁の賃料に関係する判決にはどんなものが有りますか。
 今迄に賃料の鑑定評価を何件おやりになっていますか。それはどんな賃料の鑑定評価ですか。
 賃料に付いての論文を何本書かれていますか。書物は?」
という代理人弁護士等の質問に遭遇したとき、満足に答えることが出来るのであろうか。

 答えられなかったら、
 「専門家の判断であり意見である。」
という主張など、張りぼてに過ぎず、全くの価値が無くなる。提出鑑定書の信頼性などどこかに吹き飛んでしまう。

 見せられた賃料の鑑定書は、一体、どういう理論構成になっているのだと読んでいてわからなくなってきた。
 自己矛盾も甚だしい。論理の一貫性など全くない。
 この様な家賃の鑑定評価はやめてくれといいたくなる。

 家賃評価に土地残余法など採用するから、訳のわからない鑑定書になるのである。

 それでも、なお、家賃評価の土地価格に土地残余法を適用するのが正しいと思い込んでいる不動産鑑定士がおり、土地残余法によって土地価格を求めないのは鑑定評価基準違反であり、その鑑定は信用出来ないと、主張してくる不動産鑑定士がいるのである。

 自説を主張する事は結構である。オリジナルな適正と思われる意見は尊重すべきであるし、私も耳を傾ける。
 しかし、不勉強と無知が原因する非論理的な間違っていると思われる意見に対しては、受け入れることは出来ない。
 そうした類の意見で批判されるこちらとしては、
 「更地評価ボケで家賃評価することを考えるな。」
と云いたくなる。

 『不動産鑑定評価基準』は、積算賃料を求める方法を積算法という。
 それは、価格時点における基礎価格を求め、これに期待利回りを乗じ、その得た額に必要諸経費を加算して求めるものである。

 その中の基礎価格は、「原価法及び取引事例比較法により求めるものとする」と『不動産鑑定評価基準』に明記されている。

 原価法は、造成地などの土地で、素地価格に造成工事費等を加えて土地価格を求める手法である。
 取引事例比較法は、類似の土地の取引事例の比較より土地価格を求める手法である。

 現実的には土地の原価法の価格は、ほとんど求める場合がない。
 となれば、基礎価格の土地価格は、取引事例比較法で求めることになる。

 土地残余法によって家賃の土地価格を求めよとは、『不動産鑑定評価基準』には書いてない。

 それにもかかわらず、
 「土地残余法を行わずに土地価格を求めている田原鑑定は、不当鑑定だ」
と反論してくる。

 「賃料の求め方がわかっているのか。
 賃料の基礎価格というものはどういうものか再々度勉強し直せ」
と意見書の間違いを指摘して、意見書を提出してきた相手側代理人弁護士に対して、再反論の意見書を投げ返した。

 不動産鑑定士三次試験の問題に、「家賃評価の積算賃料と土地残余法に付いて述べよ」という課題が出されたら面白いと思うが。


  鑑定コラム1615)「この建物期待利回りはおかしいではないのか」


フレーム表示されていない場合はこちらへ トップページ

田原都市鑑定の最新の鑑定コラムへはトップページへ

前のページへ
後のページへ
鑑定コラム全目次へ