再建築不可の要因を見落とした競売評価人の不動産最低売却価格の評価に対して、国家損害賠償が適用された判決を紹介する。
(京都地裁 平成12年(ワ)第1506号損害賠償請求事件 平成14年7月26日判決)
(判例タイムズ1124-161 2003年9月15日号)
この記事は、『Evaluation』14号p34の「競売評価と判例」(田原)からの一部抜粋転載である。
裁判所において、不動産鑑定士が裁判事件解決に関与するものには、次のものがある。
・ 評価人
民事執行法に基づいて、抵当権の実行に伴う担保不動産の競売物件の最低売却価額を評価する人をいう。
評価人は、不動産鑑定士に独占されるものではなく、その能力のある人で、裁判所が選任した人である。
明治以来から存在するもので、当初は測量士、弁護士等がその任に当たっていた。つい最近まで不動産鑑定士以外の人が評価人となって競売不動産の評価を行っていた。
昭和40年の不動産鑑定士制度が出来、不動産鑑定士が不動産評価の専門家という認識が広まり、徐々に評価人の任務を不動産鑑定士が行うようになったが、不動産鑑定士の独占業務ではないことを任に当たる不動産鑑定士は謙虚に受け止めていなければならない。
・ 鑑定人
訴訟に伴い、専門事項について裁判所が専門家の鑑定意見を徴する必要があると認めた時に、専門家の意見を書面で述べる人である。
刑事、民事事件に鑑定人制度はそれぞれある。精神鑑定、法医学の鑑定、特許技術の鑑定等、各種に渡るが、不動産の価格、地代家賃に関するものは、主として裁判所に選任された不動産鑑定士が行っている。
その鑑定書は判決の第一級資料になるため、鑑定に対しては厳格性、適正さを求められる。鑑定を引き受ける場合は、法廷において裁判官の面前で、良心に従って誠実に鑑定することを誓う宣誓を行う。これにより偽証の鑑定を行った場合には最高懲役4年の偽証罪に処せられる。
前記評価人の行う競売評価とは、その鑑定の質、内容、責任の重さは比較にならないほど重い。
・ 鑑定委員
借地非訟事件の解決をはかるために選任された人である。
借地非訟とは、訴訟でない借地紛争事件であり、借地権の譲渡をしたいが、地主が承諾してくれない時、借地上の木造住宅を鉄筋コンクリート造に建て替えたいが、地主が承諾してくれない場合、地主に替わって裁判所がその諾否を行う制度である。
その裁判所の諾否が適正か否か、鑑定意見を書面で裁判官に述べることが仕事の内容である。
不動産鑑定士、弁護士、有識者が鑑定委員の任に当たっている。
・ 調停委員
争訟事件の調停を行う人をいう。裁判所が選任する。弁護士、不動産鑑定士、有識者等がその構成員である。
今回取り上げる判決は、競売評価人不動産鑑定士の評価書に付いてのものである。
事件の請求内容は次ぎの通りである。
不動産競売手続によって土地建物を競落した人が、評価人の評価した土地は建物の再建築が不可能な土地であるにも係わらず、評価書にはその旨の記載がなされていなかった。そのために転売の利益を失い、違約金を支払う等の損害を生じたと言って国家賠償を請求した事件である。
評価書の内容は次のごとくである。
競売物件は市街化調整区域にあり、幅員約4mの私道沿に建つ木造3階建の建物とその敷地である。
評価地は市街化調整区域にあり、開発区域以外の区域であり、既存宅地の指定も受けていない。
前面道路は、位置指定道路でなく、建築基準法上の道路ではない。
それ故、本件土地上に建物を再建築する事は出来ない土地である。
評価書には、道路条件の説明には「幅員約4m私道」、法令上の制限の説明には「市街化調整区域」としか明記してなかった。
使用の状況等その他の欄には「建物の敷地及び私道」と書いてあるのみで、本件道路が建築基準法上の道路であるか否かについての記述も、再建築不可の土地であるという記載がなされていなかった。
基準地価格との比較も行っているが、その基準地は建物が建つ土地のものである。
この事件に対する判決の内容は、次のごとくである。
評価人(国と共に国家賠償を訴えられているため「補助参加人」と判決文は呼ぶ)は、「調査記載義務に関する限り、評価自体とは異なり、本件執行裁判所の補助機関として、その指揮・監督に服する関係にあるもので、被告(国・・筆者記入)は参加人(評価人・・筆者記入)の上記の調査記載義務違反について国家賠償法1条による責任を負うべきである。また仮に同条による責任を負わないのであれば、前記説示したところに従えば、被告国は国家賠償法4条により参加人に対して上記のような事項の調査によって指揮・監督すべき立場にあった者として、民法715条の責任を負うものといわざるを得ない」と判示する。
つまり、不動産競売事件における評価人を執行裁判所の補助機関である旨判示したのである。
それ故、国家賠償法が適用されるとして、国に損害賠償の支払いを命じたのである。
従前の考え方は、
「評価人は公務員に当たらず、評価の過失を理由とする国家賠償請求は理由が無い」
とするものであった。
今回の判決はこの考え方を覆すものである。
判決文の評価書への「調査記載義務」とは、民事執行規則30条1項5号ロに「都市計画法、建築基準法その他の法令に基づく制限の有無及び内容」として調査内容の記載事項が決められていることを指す。
この条項より評価人が評価書に、前面道路は建築基準法の道路でなく、かつ市街化調整区域の土地であることから、再建築不可の土地であると明記すべきところを明記しなかったという過失、執行裁判所にはそれを指揮・監督する立場にありながら見落としたという責任を指摘しているのである。
この判決文の内容が事実とすると、評価人不動産鑑定士の評価態度にはあきれるほかは無い。
本件評価人不動産鑑定士は、鑑定評価の第一歩が何かを忘れ去っている。
評価する土地に建物が建つか否かを調査する事が、鑑定評価の第一歩である。
再建築不可の土地であれば、鑑定評価額に大きく影響を与えることから、その調査は基本中の基本である。
建築基準法上の道路に面しているか否かは大変重要な事項であり、地方の町村の土地にあっては、役場は建築指導行政の権限を持っていないため、その権限を持っている県庁或いは県地方事務所まで100キロの道を、その一点の確認の為に足を運ぶ事すらあるのが不動産鑑定士である。
建物が建っているから、建物が再び建てることが出来るであろうと勝手に自身で判断し、現況を鵜呑みにして評価すると痛い目に遭うという見本のごとくの判決である。
この判決を心して不動産鑑定士は鑑定評価に取り組むべきと思われる。
この記事は、前記したごとく『Evaluation』14号に掲載された「競売評価と判決」の論文の一部を抜粋転載したものである。
同論文には、外に2件の競売評価に関する判例の紹介と論評が載っている。興味ある人は、発行所のプログレス(tel 03-3341-6573)に問い合わせて頂ければ幸いである。頒価は1500円+消費税である。