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180)最高裁に上告すべきか否か

 東京高裁の家賃減額請求事件の判決に対して、最高裁に上告すべきか否かと弁護士から相談を受けている。

 最高裁に上告するには憲法違反等の上告理由が必要である。
 代理人弁護士に言わせれば、家賃判決に対して憲法違反の上告理由は無理として、その他当事者の控訴理由について、高裁判決が充分な判断を示していないとか、間違った判断をしている等の理由で、何とか上告は出来るという。

 ことの起こりは、一審のある地裁支部の裁判所依頼の鑑定人不動産鑑定士の作成した鑑定書が、家賃評価に対する経験不足と認識不足が随所に見られ、求められた家賃に合理性が認められないものであった為である。

 鑑定人不動産鑑定士は、自分の鑑定評価額は不動産鑑定評価基準に即しており、適正な家賃評価額と主張する。
 不動産鑑定士の悪い癖で、他人から貴方の考えは間違っているよと指摘されると、何故かムキになって自分の評価額の正当性を主張してくる。
 それも仕方が無かろう。

 鑑定人不動産鑑定士が正当性を主張する鑑定書は、私から見れば、とても適正な鑑定評価書、評価額とは思えないものである。手法においての正当性、手続においての正当性が無ければ、結果としての正当性は担保されないものである。

 積算賃料を求めているが、基礎価格というものがどういうものか全く分からず、更地価格を基礎価格にすれば良いと考えて積算賃料を求めている。

 利回り法は、従前合意賃料の分析など一切せず、粗利回りをおかしなデータから求めて、その粗利回りを価格時点の対象不動産の価格に乗じている。ここにも基礎価格というものが全く考慮されていない。

 分かり易く例を出して説明すれば、銀座の2階建ての家賃を求めるのに、更地価格と建物価格を基礎価格にして8%の粗利回りを乗じて、当該建物の家賃を求めているごとくである。
 この求め方は何を意味するかというと、10階建のビルが建つ銀座の坪当たり3000万円の土地の場合、その土地価格から生ずる家賃負担は、10階建の各階建物部分がそれぞれの割合に応じて負担すべきを、2階建の建物が坪当たり3000万円の土地価格から生ずる家賃負担を全て負担する考え方である。とんでもない高い家賃が求められることになるのに、この考え方が間違っていると分からないのである。

 粗利回りで求めているため、対象建物の従前合意時の継続賃料利回り、必要諸経費がどれ程なのか、それはさっぱり分からない。

 賃貸事例比較法に至っては、約50uの事務所の専用面積の単価を、約2500uの一棟の建物の全建築面積に乗じて比準賃料を求めている。
 このことはより分かり易く言えば、約50uの事務所の専用面積の単価を、その事務所の属するビルの全建築面積に乗じて、そのビルの賃料を求めていることと同じである。
 そのビルの廊下・階段等の共用部分の面積も賃料対象面積に含めてビル賃料を求めるのである。共用面積が全建築面積の2〜3割を占めるとすれば、ビル全体の賃料はその割合だけ高くなる。
 階層別効用を無視するとすれば、専用面積単価をビルの全専用面積に乗じて求めたのが、その事務所ビルの全体の賃料で有るのだが、このことが分かっていない。
 専用面積と全建築面積との区別が付かない考え方で賃貸事例比較法を行われては、適正な比準賃料が求められるハズがない。
 面積も全く異なり、専用面積と一棟建物とは類型が異なる。これらには全く無頓着である。何でもいいから手法をやっていれば事足りるという考えのようである。

 スライド法は、保証金の運用利回りを4%として実際実質賃料を求め、甚だ合理的理由に乏しい変動率を採用して、その変動率を実際実質賃料に乗じて求めている。2重加算によるスライド賃料の水増しである。

 一審判決は、不動産評価の専門家であり、裁判所が選任した鑑定人不動産鑑定士の鑑定評価であるから公正公平な適正な賃料であると言って、鑑定書の評価額の通りの判決を下した。

 甚だ賃貸人有利な判決である。

 賃借人側は、一審判決の不備を指摘して東京高裁に控訴したが、東京高裁は賃借人側の主張は一切認めず、一審の判決を全面支持する判決を出した。

 その東京高裁の判決は、一審の判決が採用した不動産鑑定書の内容を、薄々間違っている、少しおかしいということをある程度感じつつも、それらは許容の範囲に有るとか、不合理とは必ずしも言えないとか、疑問があるとは思われないとか、著しく妥当性を欠くという訳ではないとかという言葉を多く使い、最初から最後まで擁護する判決である。
 擁護が先にあって、いかにして擁護の理由を見つけるかという判決である。
 擁護に徹する判決文を読むのはむなしい。判決文がみすぼらしくなってくる。
 恐らく、擁護の判決文を書く方も、むなしかったのでは無かろうか。

 東京高裁が鑑定書を擁護しなければならないほど、理論的に優れ、分析力に優れている鑑定書ならば、擁護するのも納得する。
 しかし私から見れば、偉そうなこと云うなと叱られるかもしれないが、
 「家賃評価を基礎から徹底的に勉強し直せ」
といいたい位の内容の不動産鑑定書である。

 代理人弁護士は、
 「このまま鑑定人作成であるからと言って、間違いだらけの不動産鑑定書を無批判に鵜呑みにして、判決文を書いてしまう裁判官の賃料裁判への姿勢を放置するわけには行かない」
と言う。

 その一方、
 「不動産鑑定士のレベルはこの程度なのか」
と、不動産鑑定士に対しての不信感を表す。
 私も同じ不動産鑑定士である。不動産鑑定士への批判を聞くのは耳が痛い。

 「 不動産鑑定士の中にも玉石混交があります。」
と返答せざるを得なくなる。

 最高裁に上告するには、再度一審の判決の基礎になった不動産鑑定書の間違い、擁護に徹する高裁判決文の間違いを見直し、依頼者とも相談して上告するかどうか決めようということにした。

 裁判所が、鑑定人不動産鑑定士の鑑定評価を信頼してくれることは大変良いことである。
 それ故に、鑑定人不動産鑑定士は論理のしっかりした整合性のある、且つ、分かり易く説得力ある不動産鑑定書を作成しなければならない。

 約2500uの一棟の建物の家賃の比較に、約50uの専用面積の事務所の賃料で比較するとか、基礎価格とはどういうものか全く分からずに積算賃料を求めるとか、保証金の運用利回りを、国債金利1%前後の今時4%が妥当と判断するなど、その類の根本的な賃料評価の間違いが多数存在する不動産鑑定書が、果たして適正な賃料鑑定書と言えるものであろうか。

 最高裁に上告しても、最高裁は却下する可能性が高い。金もかかる。時間もかかる。精神的ストレスもたまる。だから弁護士も依頼者も私も迷っている。
 しかし、何とかすべき問題と思われる。


 「保証金の運用利回り」の用語で検索すると、本鑑定コラムが検索される場合があります。保証金の運用利回りについての記事は、下記の鑑定コラムにあります。

 鑑定コラム 383) 「公定歩合(基準割引率及び基準貸付利率)と一時金運用利回り」
 

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