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1968)地価変動が激しいから利回り法は採用しないという鑑定とそれを認める判決

1.鑑定例と判決

@ はじめに

 継続賃料の賃料評価において、判例にあらわれる利回り法についての解釈に、地価変動が激しい時には利回り法は採用出来ないという考え方が見られる。このことについて述べてみたい。

 2019年7月24日、東京の赤坂見附のホテルニューオータニの小さな会議室で、弁護士4人程度、不動産鑑定士15人程度の会合(田原塾第71回)において、上記課題の講話を行った。その講話原稿を記す。

 この講話原稿は、拙著『改訂増補 賃料<地代・家賃>評価の実際』(プログレス 2017年2月発行)のP307〜314に一部加筆したものである。

A 判例

 紹介する判例は東京地裁平成10年2月26日、平成8年(ワ)第24593号、建物賃料改定請求事件(金融法務事情1527ー59)である。サブリースの賃料減額請求事件であり、主目的はサブリース賃料の減額の判断有無であり、利回り法については副次的なものであるが、利回り法の不採用を肯定している判例である。

 利回り法の不採用を肯定してよいものかどうか疑問が生じ、その点が検討に値する判例である。

イ 事案の概要

a.原告:不動産業を営む会社で本件建物のサブリース賃借人
 被告:本件建物の賃貸会社

b.原告は平成3年5月頃、本件建物の建築情報を知り、被告に対して、賃料年額29,800万円、敷金59,600万円で、賃料値上率を3年毎に10%、賃料期間を建物竣工時より20年間とする条件を提示した。

 対象建物建築について、他の2社が競争相手として出現した。

 その為、原告は、竣工時より賃料全額を支払い、20年間にわたり、賃料及び値上率を保証するとし、賃料を月額25,319,700円(有効貸室面積723.42坪に対して坪当り35,000円)敷金607,672,800円を提示した。

 賃料値上率は、支払開始日から3年毎に、直前賃料の10%の値上を保証する。但し、急激なインフレ又は経済情勢の激変が生じた場合は、原告、被告協議のうえ、その改定率を変更することが出来る旨を被告に申し入れた。

 平成3年10月31日、賃料月額24,086,600円(坪当り34,500円)敷金638,816,400円の条件で、サブリース契約が原告、被告の間で締結された。

c.平成4年半端頃より、賃貸ビル事業が不振になり、事務所解約数が増加して空室数が相当発生した。転借人からも賃料減額の要求もなされ、従前賃料での新規賃借人を見つけることは困難になってきた。平成4年12月頃の本件建物入居者の賃料は、1階・2階合わせて坪当り24,000円、3階は坪当り2万円となった。

 原告は、本件契約の坪当り34,500円の賃料を賃貸人に支払うことが困難になり、被告に対し賃料の減額を再三申し入れた。

 そして、原告は、平成5年2月2日に平成4年12月3日から平成5年2月分までの賃料を、一方的に減額して坪当り19,197円の賃料しか支払わなかった。

d.原告と被告は、平成5年6月18日に覚書を交わし、本件建物の有効面積を679.93坪と確定し、本件建物の賃料を、

    平成4年12月31日までは坪当り19,187円、
    平成5年1月1日〜平成8年3月31日までは月額坪当り19,500円
                                                  (月額1360万円)
とした。

 そして敷金を1,178,816,400円に増額することに合意した。

e.当該ビルは、転借人の賃料減額が相次ぎ、1、2階の部分は平成6年5月1日には坪当り20,000円になり、平成8年4月には、その入居者も退去してしまった。

 その退去後に入居した賃借人の賃料は坪当り13,500円となった。

f.原告は平成9年3月、被告に対して、本件建物の賃料を平成8年9月から坪当り11,090円(月額7,739,977円)に減額することを内容証明郵便で意思表示した。

ロ 当事者の主張

  a.原告
 原告は、バブル経済の崩壊による賃貸ビルの賃料の急激な下落を理由とする事情変更の原則の適用を主張し、借地借家法32条に基づく、賃料減額請求を求めた。

b.被告
 被告は3つの法理論を展開し、賃料減額を拒否した。

(a) 本件は、不動産業者である賃借人が転貸によって事業収益を得るという資本的な取引である。この取引は、借地借家法が全く予想していない取引形態であるから、同法の適用を受けない。

(b) 本件契約には賃料増額特約があり、事情変更の原則を適用して、本件建物の賃料減額は認められない。

(c) サブリースという事業受託契約は、不動産業界が開発した商品である。原告は被告に対し、賃料保証及び増額保証を約し、いかなる事情の変化があろうとも被告にリスクを負担させないことを確認した。並びに原告は不動産業を専門とする大企業であるのに対し、被告は不動産賃貸業に素人の個人会社である。これらを照らし、賃料減額請求は禁反言の法理及び信義則に許されない。

ハ 鑑定人の評価額
 裁判所は鑑定人不動産鑑定士に鑑定を依頼した。鑑定人不動産鑑定士は、差額配分法、スライド法によって月額8,553,000円を査定した。

ニ 裁判所の判断

 裁判所は、サブリースの継続賃料の適正額を査定するに縷々述べるが、本稿はサブリースの継続賃料の求め方についての論稿でないため、その内容については省略する。興味ある人は金融法務事情1527-59を読まれたい。

 裁判所は、鑑定人不動産鑑定士の評価額8,553,000円は、サブリースであるといった個別的事情を全く捨象した本件建物の通常の賃貸借における継続適正賃料であると認定し、平成5年6月の覚書で取りかわした平成5年1月1日からの月額賃料1360万円(坪当り19,500円)との中間の値11,076,500円を相当賃料と判決した。

 つまり、サブリースの要因をいろいろ考案しても修正額はわからないから、鑑定人の評価額をサブリース要因のない賃料と考え、従前合意賃料とを足して2で割る折半法の考え方で判決したのである。

B 鑑定人採用の鑑定手法

 この判決で採用された鑑定人不動産鑑定士が採用した評価手法は、次のものである。

イ 差額配分法

 積算法による新規賃料と賃貸事例比較法による新規賃料より、実賃貸料を求め、それから実際実質賃料を控除したが、差額がマイナスと出たため、差額のマイナスの全ては賃貸人に帰属させて、差額配分法を月額1,105万円と求める。

ロ スライド法

 最終合意時における純賃料に、東京区部の消費者物価指数を乗じ、それに必要諸経費を加算して月額1,637万円と求める。

ハ 利回り法

 「利回り法については土地価格の推移を直接的に反映する手法であるから、本件においては最終賃料合意時から平成8年9月1日までに土地価格が異常な割合で下落していることからその手法を本件に用いることは不適切であることから利回り法による算出は行わない。」

ニ 賃貸事例比較法

 「賃貸事例比較法については建物及び契約の始期、契約条件などの点で類似した、規範性の高い賃貸事例を収集し得なかったので、その手法の採用は断念した。」

ホ 評価額の決定

 「以上の差額配分法及びスライド法により得られた試算実質賃料の中から差額配分法による試算賃料を選択し、そこから敷金の運用益を差引いて算出した月額8,553,000円を継続適正賃料額と求める。」

C 裁判所の鑑定評価書の検討

 裁判官は鑑定人不動産鑑定士作成の不動産鑑定書に対して、次の様な判断を下した。
イ 差額配分法について

 「採用されている数値について不合理なものはなく、実質賃料と実際実質賃料の差額配分において負の差額をすべて賃貸人に帰属させた点については、鑑定書において一応の合理的説明がなされているものといえ、かつ、鑑定はサブリースといった個別的事情を捨象するという前提でなされたから、差額配分法による試算賃料の算出方法として一応相当なものというべきである。」

ロ スライド法について

 「スライド法における賃料の変動率を算出する指数として東京都区部における消費者物価指数(総合)を用いているが、これは、他に適当と認められる公的な指数を得ることができなかったことから、やむを得ず右指数が用いられたのであって、右指数は周辺地域における建物新規賃料の変動を反映するものとは認められないとして、結局のところスライド法による算出結果は試算賃料の調整の段階で斟酌しないこととされており、その理由は相当であったというべきである。」

ハ 利回り法について

 「平成4年10月1日から平成7年5月1日までの間に土地の価格は著しく下落したがそれに正比例して建物賃料額は下落していないことが認められることから、鑑定において利回り法を採用しなかったことは、相当であったというべきである。」

ニ 「以上によれば、鑑定はサブリースといった個別的事情を捨象した本件建物の通常の賃料額の鑑定として相当なものであるというべきである」と裁判官は鑑定人不動産鑑定士の不動産鑑定額を是認し、採用する。

D 採用鑑定手法についての検討

 鑑定人が採用している差額配分法の差額は1/2法でなく、差額のマイナス部分は全て賃貸人に帰属させるものである。

 この考え方は新規賃料が、その時点でのその不動産の得られる収益の全てであり、それを超えての収益はあり得ないという考え方に基づくものである。

 もし、超えて得られるものであるというならば、それが新規賃料となるのである。

 この考え方は私も同じである。

 新規賃料が賃料のアッパーリミットということになる。

 しかし、1/2法の考え方に慣れ親しんできた人々にとってはマイナスの差額を1/2にして、マイナス1/2の差額を従前賃料に加算して差額配分法の賃料を求めようとする。この手法であると、いつまで経っても差額配分法の賃料は、新規賃料の上位にあることになる。

 賃借人にとっては、どうして長い間賃貸人の財産形成に協力した従前賃借人が、全く賃貸人の財産形成に協力してきていない新しく借りて入居する賃借人の賃料より、高い家賃を支払わねばならないのかという不満が残る。それは賃料値下げ要求の圧力となって常に存在することになる。

 店舗等のごとく設備投資を行っている店舗は、他の店舗の家賃が安くても、造作等の設備投資の再投資をしなければならなく、立退料の要因を考えて、その損得の限界で差額配分法の賃料が決定されると考える方法もあり、その場合にはそれなりの根拠が有ることから、差額配分法の賃料が新規賃料を超えて存在することはあり得る。

 しかし、それも一時的なものであり、新規賃料より高い継続賃料は、新規賃料の水準まで値下がりする圧力が常に存在することになる。

 スライド法の賃料の尺度として、貸ビルの賃料に消費者物価指数の変動率で、都心貸ビルの賃料の下落を説明することは困難である。

 そもそも消費者物価指数の変動率と貸ビルの賃料の変動率の間に、強い相関関係があると云えるのであろうか。

 安倍内閣(第2次 2012年12月)の出現により、黒田日銀総裁による消費者物価指数年率2%アップの政策が取られた。日銀は全力を挙げてその政策実現に向かって、超超金融緩和を行って達成しょうとしている。6年半経つが、東京23区消費者物価指数(総合 2015年=100)の結果は、下記である。

    2012年(平成24年)12月      96.7
        2019年(令和元年)6月          101.6

101.6 ───── ≒ 1.051 96.7
 5.1%の上昇(年率換算0.77%のアップ)である。

 一方、貸ビルの賃料は、不動産仲介・不動産情報提供会社の三鬼商事株式会社が発表する都心5区の既存ビルの賃料は、下記である。

    2012年(平成24年)12月     坪当り16,458円
        2019年(令和元年)6月         坪当り21.287円

  21.287円 ───── ≒ 1.293 16,458円
 29.3%の上昇である。

 上記変動率の分析から、消費者物価指数(総合)と貸ビル賃料との間に、密接な相関関係があるとは認められない。

 消費者物価指数(総合)によって、貸ビル賃料を説明することには論理性は無い。
    
 貸ビルの賃料変動率の尺度は、「貸ビル賃料の変動率」の尺度で行うべきである。

 前記した三鬼商事株式会社が、貸ビルの賃料を発表している。この賃料から賃料変動率を求めることが出来る。

 社団法人東京ビルヂング協会が、会員のビル賃料を毎年発表している。この賃料は、新規賃料も入っているが継続賃料のウェイトの方が大きく、継続賃料の変動率を知るにはよいデータでは無いかと思われる。

 賃貸事例比較法については、鑑定人は比較する事例を見つけることが困難であるため採用しないと述べているが、この判断はその通りと私も思う。

 継続賃料の賃貸事例比較法を実行することは、事実上不可能である。

 契約の内容比較、賃料改訂事情の比較など比較することは、ほぼ不可能である。

 比較することが出来るのは、地域要因の比較とか建物の品等の比較のみで、賃貸事例の契約内容の比較を合理的数値根拠に基づいて行う技術は現在のところ開発されていなく、比較することは不可能に近い。

 こうしたことを考えれば、鑑定人の継続賃貸事例比較法の不採用は適切な判断と思われる。

E 利回り法の不採用について

 鑑定人は利回り法を不採用としている。その不採用の理由を裁判官も相当と認める。  即ち、「平成4年10月1日から平成7年5月1日までの間に土地の価格は著しく下落したがそれに正比例して建物賃料額は下落していないことが認められるから、鑑定において利回り法を採用しなかったことは相当であったというべきである」と、不採用の相当性を認める。

 しかし、この判断は誤りである。

 土地価格が著しく下落しているからといって、利回り法が採用出来ないというものではない。その考えは利回り法の解釈を充分理解していない為に生ずる誤った考え方である。

 土地価格が著しく下落している場合、あるいは上昇している場合にも利回り法は適用出来るし、適用の方法を誤らなければ、適正な利回り法の賃料は求められるのである。

 建物価格を考え無いとすれば、土地価格が上がれば利回りは下がり、土地価格が下がれば利回りは上がると云うのが経済現象である。

 とすれば、2時点間の土地価格の変動率要因を排除すれば良く、排除すれば、利回り法は使用出来る手法となる。

 利回り法を行わないことによってどういうことが生じるのか。そのことを考えれば、利回り法の必要性が分かる。

 利回り法は、従前合意賃料の当該不動産価格に対する利回り(継続賃料利回り)を知って賃料を求める手法である。

 利回り法を行わないと、その継続賃料利回りが分からない。

 継続賃料利回りを知ることによって、投資家が投資する利回り水準か否か、そして他の投資物件と比較することが出来る。

 継続賃料利回りと期待利回りを比較することによって、従前合意賃料が高いのか、安いのか、妥当なのかが判断できる。  継続賃料利回りを知ることによって、期待利回りが妥当な期待利回りかどうかを確かめることも出来る。期待利回りの妥当性を担保することが出来る。

 利回り法を行わないことによって、上記の得られる情報が全く得られないことになる。

 上記鑑定は、積算賃料の期待利回りが4.5%とする。4.5%で無くて4.0%でも5.5%であったとしても、それら採用した4.5%等の期待利回りが果たして妥当か否かの疑問が発生する。鑑定を行った不動産鑑定士の全員は必ず適正であると当然主張するであろうが、ではその適正であると云うことを担保するものは何ですかと切り込まれた時、適正を担保するものがあるのか。利回り法を行っておれば、その継続賃料利回りによって期待利回りの妥当性は担保される。

 担保するものが無ければ、不動産鑑定士の一人よがりの主観的適正であるという主張にしか過ぎず、客観的に適正を担保するものがないから信頼性が無いと相手側代理人弁護士に反論されよう。そして積算賃料に信頼性ないと結論付けられてしまう。

 そうした状態で求められた賃料を、果たして適正であると信頼することが出来るのであろうか。

 なおサブリースの賃料については、最高裁判所(平成12年(受)第123号 建物賃料請求事件)が、平成15年10月21日判決を下した。藤田宙靖裁判長裁判官が、借地借家法は強行法規であり、サブリースの賃料自動増額特約を認めず、サブリースの賃料も借地借家法32条1項が適用されるとした。

  (ここまでは、『改訂増補 賃料<地代・家賃>評価の実際』(プログレス 2017年2月発行)P307〜314に一部加筆して)

2.平成26年5月改正鑑定基準の利回り法の求め方

 平成26年5月に鑑定基準は改正された。その中で継続賃料の利回り法の求め方も変わった。

 改正基準の利回り法の部分は次の通りである。
 「継続賃料利回りは、直近合意時点における基礎価格に対する純賃料の割合を踏まえ、継続賃料固有の価格形成要因に留意しつつ、期待利回り、契約締結時及びその後の各賃料改定時の利回り、基礎価格の変動の程度、近隣地域 若しくは同一需給圏内の類似地域等における対象不動産と類似の不動産の賃貸借等の事例又は同一需給圏内の代替競争不動産の賃貸借等の事例における利回りを総合的に比較考量して求めるものとする。」(平成26年改正国交省版P34)

 今迄の鑑定基準は、従前賃料合意時点の継続賃料利回りを「標準とし」であった。

 「標準とし」の場合、土地価格の変動がそのままストレートに継続賃料利回りに反映してしまい、地価上昇が激しい時は、地代・家賃が甚だ高く求められ、逆の場合は甚だ安く求められていた。

 地代・家賃の変動率と地価の変動率とは異なるのであるから、鑑定基準の考えは間違っていると、私は厳しく鑑定基準を批判して来た。

 改正基準は、「標準とし」を「踏まえて」に改正した。

 そして、もう1つ大変重要なことであるが、考量事項に、「期待利回り」がトップに新しく加わった。期待利回りは新規賃料を求める時に使われる利回りであるから、これが考量事項のトップに据えられたことは、新規賃料の「期待利回り」とのバランスを考えよということである。

 期待利回りによって、継続賃料の妥当性が担保されることになる。

 逆に、継続賃料利回りによって、期待利回りの妥当性が担保されると云うことにもなる。

資料  当該判例(省略)


  鑑定コラム1831)
「アパート収益とIRR値」


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