時々、土地鑑定の依頼があって依頼者のところを訪れると、他の不動産鑑定士作成の土地鑑定書を見せられる。その多くが全く似かよった評価書である。
鑑定書の記載順序、添付資料の書式も全く同じである。
その鑑定書の書式スタイルは、財務省の各地方出先機関である財務局が、物納資産の売却に伴って、不動産鑑定士から徴求する不動産鑑定書のスタイルである。
東京で言えば、関東財務局の鑑定書のスタイルをそっくりそのまま使って、民間依頼の鑑定書として、不動産鑑定業者である不動産鑑定士は鑑定書を発行しているのである。
鑑定書の記載順序、添付資料の書式スタイルは、財務局が考えたものであり、財務局依頼の鑑定書に使用するには、問題は無いが、民間に使用することは、著作権に引っかかるのではなかろうか。例え引っかからないとしても、他人が苦労して作ったオリジナルのものを、これは良い様式だといって勝手に拝借する行為に、私は疑問を感じる。オリジナルなものに対して、もっと敬意を払い尊重すべきでは無かろうか。どうも私には不動産鑑定士の著作権に対する考え方の甘さ、いい加減さが気にかかる。
ずっと以前は、国有財産の不動産鑑定評価は、ごく限られた不動産鑑定業者にしか発注されなかった。
その不動産鑑定業者とは、いわゆる大手鑑定業者に限られていた。政府系の興銀、不動産銀行、7信託銀行の鑑定部、大手不動産会社の鑑定部、専業鑑定業者の中にあってもトップ3のクラス、そして財務局出身者の経営する鑑定会社等であった。
それは国有財産の取得、売り払いに伴い、不動産価格に何か疑問が生じた時に、旧大蔵省は社会的知名度が高い信頼できる信託銀行、大手不動産会社の不動産鑑定部によって求められた不動産価格ですと言って、価格の正当性を主張出来る余地が必要であったためでは無かろうかと推測する。
まず個人の不動産鑑定士が経営する不動産鑑定業者に、旧大蔵省は不動産鑑定の評価など依頼しなかった。
不動産バブルによって土地価格は馬鹿高い価格になり、それに伴い地価公示価格も高い価格となった。当時相続税路線価は安すぎるという世間・マスコミの批判が相次ぎ、それに対処するために、旧大蔵省は地価公示価格の8掛を目途として、相続税路線価を付設することにした。
そして地価公示価格を信頼して相続税の路線価が付設された。
地価の急激な下落に地価公示価格の下落修正が追いつかず、それによって路線価も時価より高い価格現象が生じてしまった。
相続は時間を待ってくれない。
相続財産を売って相続税を支払うよりか、時価より高い路線価での物納による相続税の納付の方が得策と相続人は考え、バブル崩壊後は物納による相続税の納付が急増した。
不動産の物納資産を抱えた旧大蔵省・現財務省の各出先機関の財務局は、物納資産の管理など出来るものでは無い。売却して現金に換えざるを得ない。
あまりの多くの不動産の物納件数であるため、売却する為の価格査定において、今迄伝統的に信託銀行、大手不動産会社等の鑑定部に鑑定を依頼していては処理しきれなくなり、個人の不動産鑑定業者に頼まざるを得なくなってきた。
そして個人の不動産鑑定業者に頼んでみたら、鑑定書のスタイルはバラバラで、計算間違いは多いは、調査不足、誤りは多いはで、評価額の信頼水準が一定に保てないと財務局は判断したと私は推測する。
信託銀行・大手不動産業者等に頼んでいた場合は、いざと言うときには責任を取ってくれたであろうが、個人不動産鑑定業者に頼んだ場合は、財務局が対外的には責任を取らなくてはならなくなると判断し、それでは一定の鑑定書の書式スタイルを作り、評価の信頼性の水準を保とうと決意したのでは無かろうか。
鑑定評価の専門家であるとうそぶきながら、調査不足、間違いの多い不動産鑑定書の存在に、財務局の国有財産鑑定官は、不動産鑑定士の質の程度の低さに唖然としたのでは無かろうか。
恐らく財務局の中にあって、中心的存在の関東財務局の評価担当部署が、均一の品質を確保するための統一した不動産鑑定書のスタイルを作り上げたものと私は思う。
その鑑定書の様式スタイルによって、今迄バラバラであった記述内容、価格の求め方の考え方が統一され、必須調査項目の見落としも無くなった。
その統一様式スタイルによって、調査不足、疑問点のある記述、計算間違いの不動産鑑定書を書いた不動産鑑定士に対して、徹底した評価指導が行われた。
多くの不動産鑑定士が、財務局の国有財産鑑定官によって、提出した鑑定書の不備を指摘され、訂正・再調査の経験を味わった。
このことは、不動産鑑定の質の向上に大きく貢献した。
財務局が不動産鑑定の質のレベルを挙げたと言える。
そういう私も、遅ればせながら財務局の物納財産の土地評価を、多くは無いが行った。国有財産鑑定官から間違いの指摘を受け、多くを学んだ。
土壌汚染、周知の埋蔵文化財包蔵地、地下埋設物の有無等の調査、記述には多くを学んだ。
開発法の土地区画分割後の土地価格については、私は標準価格一つで処理していたところ、国有財産鑑定官より、下記のごとくの指摘を受けた。
「各画地の個別的要因があるのでは無いですか。角地とか、奥に位置するとか、地形が悪いとか。それらによって価格は異なるのではありませんか。」
と。
指摘を受けて、各画地の個別的要因を再検討して、各画地ごとの価格を求め分譲価格の総額を求めて、価格の訂正を行った。
自分では充分見直したつもりでも、やはり第三者が見ると、誤字・脱字・計算間違いが必ずある。
計算はパソコンのエクセルのプログラムで行っているから間違いないと思っていたが、間違いを指摘された。0.001の間違いである。
少数3位で四捨五入するプログラムで計算していたが、3つの数値が掛け合わされると、0.001の計算の狂いが生じてしまった。
その原因が分からなく、原因を突き止めるまでに随分と時間がかかった。
昔で言えば、作成プログラムのバグ探しである。
私が最も国有財産鑑定官の優秀さに驚いたのは、収益還元法の必要諸経費の中の固定資産税・都市計画税の料率に付いてであった。
東京都内は、その税率は全て1.7/100とばかり思っていた。その料率で計算していた。
ところが、国有財産鑑定官から1.6/100の行政体があることを指摘されたことである。
これには私は国有財産鑑定官に兜を脱いだ。
物納国有財産の売却広告が、新聞紙上に時々出ているが、各物件は全て不動産鑑定評価され、厳しい国有財産鑑定官のチェックがなされて市場に出されている。
相続税の物納であるため、権利関係はきれいであり、各物件は実測され、境界は明確化されている。
競争入札制であるが、物件の価格、権利関係に安心が確保されていることから、希望する地域の物件を丹念に探し選べば、気に入った案件が見つかるのでは無かろうかと思われる。
土地面積800u等の中規模の土地は、建売業者しか購入者がいないことから、その市場を考えて工事費を考慮した開発法を中心にして価格査定されている。
戸建住宅業者は、用地確保に物納国有財産の売却物件を狙うのも、一つの方法では無かろうかと私は勧める。