あるビルの借りている事務所の借賃の対価として、賃借人が貸主に支払っている金額が、消費税込みの金額で現行月額250万円である。
その事務所賃料の増額請求事件の不動産鑑定書を見ることになった。
裁判所の鑑定人不動産鑑定士が作成した不動産鑑定書である。
私から見て間違いだらけの鑑定書である。
これは私から見ての話であり、不動産鑑定書を作成した当人は間違いと認識していない。又、異なった不動産鑑定士が見た場合、間違いと思わないかもしれない。
間違いと認識するのは、あくまでも私の認識である。
鑑定人不動産鑑定士の鑑定書を間違い、間違いとあまり指摘すると、鑑定人として任命した裁判官が、任命権の責任を問われていると錯覚して、嫌な顔をするであろうから、大きな重過失と思われる点だけを指摘した。
その内のほんの一つを。
当該鑑定書は、従前合意支払賃料を月額250万円としていた。
それにその後の賃料変動率を1.15とし、スライド法で15%の賃料アップをしてスライド法賃料を求めていた。
250万円×1.15=287.5万円
287.5万円がスライド法の支払賃料であるという。
賃借人の代理人弁護士に聞けば、月額250万円は消費税込みのものであるという。
裁判所の鑑定人不動産鑑定士は、消費税込みの金額を従前合意支払賃料と判断している。即ち消費税は賃料を形成し、賃料と思い込んでいるようである。
消費税は賃料であるのだろうか。
否であろう。
この場合、消費税を控除した金額が従前合意の支払賃料である。
2,500,000円÷1.05=2,380,952円
2,380,952円が、本件事務所賃料の従前合意の支払賃料である。
スライド法の賃料は、
2,380,952円×1.15=2,738,095円
である。
支払賃料として、
2,875,000円−2,738,095円=136,905円
の差が生じる。それは消費税の差である。
正しいスライド法の賃料に消費税率を乗ずれば、
2,738,095円×1.05=2,875,000円
となる。私が間違いと指摘した賃料と同じ金額になる。
消費税を考えれば金額は同じであるから、良いではないかという反論が当然なされるであろう。
しかし、これは消費税を考えれば結果は同じだから良いという問題ではない。
本件の求めるものは支払賃料であり、支払賃料は2,738,095円である。
2,875,000円は支払賃料ではない。
賃料には消費税が含まれないのが、賃料の概念である。
それを、消費税が含まれたものを賃料と把握することは出来ないのである。
そもそも「賃料とは何か」という根本知識が、当該鑑定人不動産鑑定士に欠けていることになる。
そうした人を裁判所が鑑定人として選任することが間違っている。
恐らく当該不動産鑑定士は、今迄にも無頓着に消費税込みの金額を支払賃料として鑑定評価してきているのでは無かろうか。
それが罷り通って、自分の賃料鑑定は間違っていると認識せずに来たのでは無かろうか。
その間違った考えで賃料鑑定をしているとすると、下記の間違いを引き起こす事になる。
新規実質賃料を求める賃貸事例比較法を行う時に、賃貸事例の支払賃料を消費税込みの金額の状態で比較して、比準実質賃料を求めていたのでは無かろうか。
新規実質賃料は、積算法の積算賃料と賃貸事例比較法の比準賃料の2つから求めるのである。
一つの賃料だけでは、その金額の妥当性が分からなく、担保するものが無いために、必ず2つの手法から賃料を求め、互いに妥当性及びその妥当性の担保をするのである。
積算賃料の試算実質賃料は消費税が含まれない金額である。
他方、比準賃料は、上記当該不動産鑑定士の考えから言えば、消費税を含んだ実質賃料が求められていることになる。
両賃料は一方は消費税を含まなく、他方は消費税を含んだ賃料であり、異質なものである。
その異質なものを同質と認識して、両賃料より新規実質賃料を決定していたのでは無かろうか。
この求められた新規実質賃料に論理的妥当性があるであろうか。
「その求め方は間違いである。」
と誰も指摘しなかったのであろうか。
不思議な事である。
差額配分法も利回り法も、従前合意の支払賃料を前提に求められることから、消費税を含めた金額を支払賃料として使用して、各手法の継続賃料を求めると、それらの各手法で求められた継続賃料は、全て間違った賃料ということになる。
当該鑑定書もそうした鑑定書のようである。
とすると、私には当該不動産鑑定書は、裁判の第一級の証拠となる鑑定書としては失格の鑑定書と思われるが。
さてこうした不動産鑑定書を裁判官がどう取り扱うことか。
いつだったか。弁護士が、
「不動産鑑定は鑑定人の当たり外れがあるからなァー。
良い鑑定人に当たればよいが、トンチンカンな評価額を出す鑑定人に当たったら最悪だ。悲劇の始まりだ。」
と嘆いていた事を思い出す。