平成24年(2012年)初場所10日目、勝ちっ放しの横綱白鵬が、鶴竜に負けた。
正月気分も未だ抜けきらない平成24年1月17日、両国の国技館に大相撲を観に行ってきた。
久しぶりの国技館である。
正面の升席でみた。
横綱の土俵入りを正面升席で見ることは、大相撲見物の醍醐味である。
白鵬の土俵入りは美しい。
前に横綱の土俵入りを見た時は、向正面であったため、横綱の背中しか見えなかった。
向正面と正面とでは全然違う。
升席は狭い。
4人は窮屈だ。
昔からこのサイズだといっても、日本人の体格も大きくなっているのだから、もう少し広くしても良かろう。
巻き尺で測ったのではないが、1升が4.5尺四方程度だろうか。
1間×1間の6尺四方の広さであれば、何とか窮屈さも緩和されるのだが。
後の升席には、体格の大きな外人が来ていたが、脚のやり場に困っていたようだ。
江戸前の濃いたれ仕上の串焼き鳥に舌づつみをうち、ビールを飲みながらの相撲観戦である。
腹が減れば、「白鵬弁当」を食べる。
弁当を食べながら、又、ビールという観戦である。
升席も後の方は、ガラ空きである。
2階の椅子席もかなりの空席がある。
東京の初場所でこの様に空き席があっては、これでは相撲協会も運営は大変では無かろうか。
世の中は不景気であろう。
相撲にかかる懸賞も大関戦までは皆無である。
大関戦も数本程度であった。
新大関同士の稀勢の里と琴奨菊の対戦があったが、この取り組みには20数本の懸賞がかかった。
それ以上に懸賞がかかったのは、最後の取り組みの白鵬と鶴竜の取り組みで、28本かかった。
懸賞金1本6万円とすると、今日の相撲に勝てば168万円の収入である。
相撲は勝たなくてはならない。
いつもテレビで白鵬が相撲に勝って、手刀を切って、懸賞金の束をわしづかみにして持って行く光景を見ていた。
今日もその光景が見られるのかなと思っていた。
鶴竜は今迄白鵬と20回戦って、一度も勝っていない。
テレビで相撲解説者の第52代横綱の北の富士氏が、
「毎回、毎回同じ攻め方をして、同じ負け方をしていてはダメだ。
どうしたら勝てるか研究し、負けた相撲から勉強し、如何にしたら勝てるかを見つけなければ、鶴竜は上に行けない。白鵬が大きな壁になってしまっている。」
ごとくの、苦言を呈していた事を思い出す。
白鵬は現在全盛の時である。
いま、一番強い力士である。
白鵬を負かすのは困難であろうと思い、最後の一番を待っていた。
最後の取り組みで大番狂わせが生じた。
まさかのまさかである。
鶴竜が今迄の敗戦から勉強したのか、片手で白鵬の前まわしを持ち、一方の手で白鵬の後首の根っこを押さえて白鵬を振り回した。
白鵬が防戦して体が伸びたところを下より持ち上げるごとく攻めたて、土俵際まで追い詰めた。
土俵の俵になんとか足を掛け、白鵬も懸命に踏ん張る。
鶴竜も、ここぞとばかりに力一杯攻め立てる。
この両者の土俵際でのせめぎ合いは見応えがあった。
力と力の攻防であった。
ついに白鵬はこらえきれず土俵を割った。
ウワーッという大歓声がわき上がった。
私もウワーッという声を上げた。
鶴竜は勝った。
勝因は、攻めることを一時も休まなかったことである。
土俵際で一呼吸していたら、白鵬にチャンスを与えることになり、白鵬は土俵際から盛り返し、攻防が逆転して勝っていたのではなかろうか。
鶴竜、21回目の挑戦での勝利である。
観衆の驚きの大歓声が終わるか、終わらないうちに、座布団が国技館内を舞う。
場内アナウンスは、
「座布団を投げないで下さい。危険です。座布団を投げないで下さい。・・・・」
と連呼するが、座布団が土俵に向けて投げられることは止まらない。
場内は騒然とした状況になる。
呼び出しの人々が、土俵下に座っている5人の勝負検査役の後に覆い被さり、飛び交う座布団が当たらない様に、身を挺して庇っている。
砂かぶりに座っている人も、後の升席から次々と飛んで来る座布団から身を守るために、手を頭に持って行き、身をかがめている。座布団を頭から首後に回して、身を守っている人もいる。
私の近くの人も、座布団を投げている。
私は初めて、土俵の上を座布団が舞う状景を見、その瞬間に立ち会う経験をした。
屋根より高い櫓から聞こえる、
「ツン・ツク、ツン・ツク、ツン・ツク、テン・・・・・・・・・・・」
の小気味よい櫓太鼓の響きを耳にして、暗くなった夕暮れの寒空に建つ国技館を後にする。
(追記 24年1月22日午後6時半)
24年初場所は、大関把瑠都(ばると)が14勝1敗で初優勝した。1敗は千秋楽の白鵬に負けた1敗である。
白鵬を負かした鶴竜は殊勲賞を獲得した。
千秋楽には、把瑠都の母国エストニアから母親が駆けつけ、升席で涙を流しながら把瑠都を応援していた。
優勝賜杯授受後の土俵下でのNHKの優勝インタビーで、把瑠都は、母親に対して、「私を産んでくれて有り難う」と感謝の言葉を述べた。こらえていた涙が把瑠都の目から一気にあふれた。
子から母親への最高の感謝の言葉だ。
鑑定コラム1642)「砂かぶり席の大先輩は元気の様だ」
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