煤に汚れた地下鉄のトンネルの黒い壁が鏡板になって、列車内の吊り輪にぶら下がるぶざまな自分の姿が窓に映っている。
トンネル走行中は、何も見る物が無いので吊り広告か、或いは仕方なく窓に映る不格好な自分の姿を見つめておらざるを得ない。
地下鉄の乗車中はそういうものだと、ここ約35年という長い間その様に思っていた。そして、その間数百万円の乗車代を地下鉄に落としてきた。
いつものごとく吊り輪にぶら下がり窓に映る自分の姿を見ていたら、突然、カラーの躍動感ある映像が、目の前の縦1メートル、横2メートル程度の地下鉄の窓の向こうに見えてきた。
自転車に乗った多くの人が、こちらに向かって元気に手を振りながら走ってくる映像である。
テレビのコマーシャルで見るごとく、映像はとぎれることなく何の不自然さも感じなく窓に映る。
そして、カロリー50%カットのビール「ダィエット」と。
カロリーカットというので、最近試し飲みという訳で飲み始め、我が家の冷蔵庫の中にも入っているサントリーの缶ビールの、その缶ビールの映像が飛び出てきた。
「何だこれは。」
と一瞬自分の目を疑った。
列車は走っているのである。
映像は、その速さを感じさせなく、列車が止まっているごとく、映像は流れる。
地下鉄の窓を画面にしたトンネルの中の動くコマーシャルである。
時間は15秒程度か。
その15秒が終わると、再び窓には、医者から太りすぎで10キロ減量せよと云われている男の吊り輪にぶら下がっている姿が映る。
「今のは何だったのか。」
と一瞬錯覚を起こさせる。
トンネルの暗さと、目まぐるしく早く通り過ぎる黒い壁を見ていなければならない地下鉄乗車の退屈の時間を、鮮やかな映像が楽しませてくれた。
列車の通過する以外は利用価値の無いトンネルが、広告壁に様変わりしたのである。
地下鉄トンネルの所有者である東京メトロにとっては、今迄無価値と思っていたトンネルが、金を生み出す素材になりそうである。
トンネルの驚異的な有効利用である。
2004年6月3日よりトンネルCMが始まったと聞く。
原理はパラパラとめくると、目の錯覚で動くごとく見える絵本や漫画の応用かもしれないが、それをトンネル内のCMに導入するという独創的な発想と、それを実現させた技術は高く称賛したい。
東京地下鉄株式会社、株式会社NKB、株式会社サブメディアジャパンの3者によるトンネル内CM作成である。それに忘れてはいけない。初めて、その広告方式に挑戦した広告主も加わる。
オリンピックの100メートル競走決勝の、世界一早い強者どものスタートからゴールまでの走る10秒の姿が、列車の進行と競争するごとく見られたら、すばらしいものだろうと映像を想像したくなる。
地下鉄を持つ横浜、札幌、名古屋、大阪、神戸等のトンネル内にも、このCM方法は波及するのでは無かろうか。それらの企業経営者は、一度は見てみることを勧める。
動くトンネルCMは、東京メトロ銀座線の渋谷方向に向かって、溜池山王〜赤坂見附駅間の、進行方向右側にその広告映像が見られる。
サントリーの次ぎにどこの企業のコマーシャルが流れるか。
なお上記記事に関係する鑑定コラムは、下記にもあります。
鑑定コラム 227)
「トンネルの100m走」