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2573) 鵜野和夫(税理士・不動産鑑定士)先生の死を悼む

 税理士であり不動産鑑定士の鵜野和夫先生が、2023年3月25日に亡くなられたという悲しい報が届いた。齢93歳という。

 都市法研究会という勉強会を数十年主宰され、時々の不動産鑑定の問題点を取り上げ議論する場を設けられていた。

 私も同会の講師で話をして来たこともある。

 都市法研究会の勉強会が終わってから、渋谷の居酒屋で参加者がお酒を飲みながら談笑するのが楽しみの一つでもあった。

 そちらを目的に勉強会に参加する人も少なからずいたようである。

 継続賃料、借地権そして借家権などについて、酒を飲みながら鵜野先生はどう考えておられるかと、考えを引き出そうと議論を戦わしたことを思い出す。

 最近は、都市法研究会への出席も遠ざかり、鵜野先生にお会いしていなかったが、亡くなられた報に接するとやはり寂しい。

 私が、2001年に初めて不動産鑑定評価についての専門書を書いて発行しょうとした時に、編集長が書評をお願いしたところ、鵜野先生は、快く書評を書いて下さった。

 その書評が下記である。

****


○書評『賃料【家賃】評価の実際』

  鵜野 和夫[税理士・不動産鑑定士]

(一)

 家貧にして孝子出で、国乱れて忠臣顕わるとか、周末の春秋戦国の世には、百家争鳴、孔子・老子・墨子・孫子・呉子などなどが言いたい放題の説をとなえ、その後の中国3000年の学問的基礎を築いた。

 平成への改元を機とし、土地神話の崩壊があって、落ちてきりなき無間の闇への地価の下落があり、不動産業界は青息吐息五色の息も……という状態になる。それについて不動産鑑定士も、「いくら左甚五郎だって、仕事がなけりゃ、そろそろ夜逃げの仕度か…」という、まさに文字どおりの世紀末と思われた。

 事実、評者の門前も雀羅をなしていた。

 しかし、「奇貨おくべからず」と考える貪欲な国際資本の不良債権、土地の買いたたきもあり、鑑定業界では、デューデリジェンスなど舌を噛みそうなテクニカルタームが流行りだし、それにつれてDCFとか、……数多の新説が横行し、評者も、そのおっかけに目を回す時世となった。


(二)

 これらの新説をとなえる新人も彗星のごとく輩出したが、その中で光芒を保っている本として、この本がある。

 この本は、「賃料(家賃)評価の実際」をめぐって、鑑定評価の手引きからはじめ、現行の鑑定評価のあり方、そして、鑑定評価基準まで手厳しく批判している。

 筆者は、よほど生真面目な人らしく、家賃評価の前提となる貸家の敷地である土地の評価からはじめて、その論述で、本書の2分の1を費やしている。

 たとえば、取引事例法における時点修正について、

 「従来は時点修正は取引事例より求めるのが原則であり、売物件より求めることは『鑑定基準』違反ではないが、その行為は異端視されていた」

ことを前提としながら、

 「地価公示価格は1年後、財団法人日本不動産研究所の市街地価格指数は半年後にならないと、変動率を知ることができない。実務の鑑定評価では、今現在の土地価格の変動率が必要である。1年後、半年後を待つ時間的余裕はない。現在土地価格はどういう動きをしているかを知るには、売物件からの分析は非常によい方法と思われる」

として、東京都民には割りと馴じみのある三軒茶屋や小金井を取りあげ、その売物件の価格の推移と日本銀行の「日銀短観」の中小企業の不動産のDI値を関連させながら、その有効性を実証的に検証している。

 売物件の利用について、変動率査定だけでなく、地域要因、個別的要因の把握・査定についても述べている。

 熟練した不動産鑑定士ならば、不動産業者の店頭の売希望価格を横目ににらみながら、土地価格の評価をしていたことは知る人ぞ知るであるが、この売物件価格の有効的な利用方法を実証的に理論づけ、公表したところに、この本の一の特色がある。


(三)

 建物の評価――特にその再調達原価を求めるための建築費の査定は、不動産鑑定士のもっとも苦手とするところであるが、そのための諸資料を紹介し、その資料をどのような利用をして、具体的な建築費を算出するかについて解説してあり、参考になる。


(四)

 本書の主題である「家賃」については、新規賃料と継続賃料と収益賃料について述べられている。

 新規賃料については、期待利回りと還元利回りの差異をわかりやすく説明し、取得利回りの資料の入手方法や分析の仕方が述べられ参考になる。

 継続賃料については、鑑定基準に対して鋭い批判がなされており、これは読んでのお楽しみということにしておいたほうがいいだろう。

 収益賃料について、筆者は鑑定基準を批判したうえで、収益分析法の必要性を認め、そのための方法を提示している。


(五)

 筆者の「はじめに」によれば、

 「地代の評価についても論述する予定であったが、家賃の章で大部になってしまい、地代について論述できなくなってしまった。(中略)いつか機会を与えられたら論述したいと思う」

と述べているが、この地代評価という魑魅魍魎の世界に筆者の鋭いメスが加えられることを期待している。

****


 鵜野和夫先生の代表的著書と云えば、清文社から発行されている『不動産の評価・権利調整と税務』である。

 発行元の清文社の同書のキャチフレーズは、【地価の評価方法、税金の仕組み、土地の有効利用の仕方等を網羅 】で、内容については「 土地・建物の法律、評価・税務の三分野を関連づけ、最新各種税制措置を織り交ぜ詳細解説。」と記している。

 税法が毎年変わるため、毎年改訂出版され、最新の2022年11月18日発行版は1094ページの分厚い書物になっている。

 鵜野先生は多くの著書を発行されているが、不動産鑑定評価についての書物では、『例解不動産鑑定評価書の読み方』(清文社 1988年)がある。

 この著書で、鵜野先生は、借家権価格の発生、借家権価格の求め方及び借家権価格と損失補償基準細則の家賃補償について、論じられている。

 そのことについて以下に述べる。

 建物賃貸人が、建物賃借人に明渡を要求した場合、「裁判所に訴えても認められそうもないということから、家主が立退料を提供して、借家人と話し合って合意した後に、立ち退いてもらうケースが、立退料の額はともかくとして、慣行化しつつある。

 そういう事情を背景にして、借家人の権利が強く意識されるようになり、これが借家権として広く認識されるにいたり、この立退料を一つの基礎として、借家権価格なるものが生まれてきた。」(P357)

 そして、借家権価格は、不動産鑑定評価基準が云う「賃料差額等に基づく手法」である新規支払賃料と実際支払賃料の差額の現在価値であるとされ、次のごとくP365において具体的に求め方を示される。

   新規支払賃料21,978,000円−実際支払賃料19,602,000円=2,376,000円(差額賃料)

    2,376,000円×14.53(注)=34,523,280円≒34,500,000円

      (注)利率5%、期間30年の年金現価率

 借家権価格を3450万円と求められる。

 注目すべき点は、借家権の継続する期間を30年とされていることである。

 この根拠について「対象建物は建築後10年を経過し、その経済的残存耐用年数は30年と推定される」(P365)ことから、30年の期間の借家権の継続期間と判断されているところである。

 そしてもう一つ鵜野先生は、多くの不動産鑑定士が借家権価格として、公共事業の損失補償基準細則が規程する、差額賃料の2〜3年の金額を借家権価格としていることに対して、次のごとく述べられている。

 「賃料差額還元法(注、筆者、鵜野和夫先生がここで使用されている「賃料差額還元法」は「賃料差額等に基づく手法」と思われる。)では、現在家賃が低いことによって生じている経済的利益が、予想される借家期間中は継続するものとして、その期間中の毎年の経済的利益の現在価値(現価)を合計して求めるという考え方をしている。

 これに対して、補償基準では、転居によって生じる家賃の負担増を一定期間(通常24ヶ月)だけ補償しようという考え方である。

 要するに、前者は権利の価格を求めようとするものであり、後者は費用の補填をしようとするもので、算式は似ているが、考え方の基礎は異なっているのである。」(P380)

 つまり、鵜野先生は、借家権価格は、借家人が持つ経済価値としての権利価格である。

 権利価格と費用とは異なる。

 損失補償基準細則の差額賃料の2〜3ヶ年分は、明渡立退料の賃料経費の補填であり、それは費用の性格をもつものである。費用と権利とは根本的に性質、論理構成するものが異なっている。

 費用は権利価格にはなり得ない。

 このことから、差額賃料の2〜3ヶ年分が借家権価格になる事は無いと解釈される。

 同書の最後に「あとがき−不動産の鑑定評価とは」が書かれている。

 その内容は、示唆に富む内容であり、転載引用して鵜野先生の徳を偲びたい。

 無断転載になるが、その行為は許して下さるであろうと思い以下に記載する。

****


あとがき
──不動産の鑑定評価とは


 土地の価格というものは,なかなかとらえにくいものである。まして,その適正な価格というものを,本当に決めることができるのであろうか,と,だれしもが思うところである。

 それこそ,神のみぞ知るではないか。

 ところが,神ならぬ不動産鑑定士が,その価格を決定していく。いささか不遜なことではないか,と質問されたことがある。

 そういえば,公示価格は土地の価格を人為的に決めつけていっているようであるし,それは不動産鑑定士の鑑定評価に基づいて決定されている。

 しかし,いくらなんでも,不動産鑑定士が土地の価格を決定するなどできるわけではない。といって,私は,夏目淑石の『夢十夜』のうち,第六夜の運慶の話をした。

 「運慶が護国寺の山門で仁王を刻んでいると云う評判だから,散歩ながら行って見ると,・・・」という話である。

 運慶という男は,鎌倉時代の代表的な仏師で,特に仁王像が有名である。生没不詳とはいいながら,明治の人群れの前に出現するあたりは不思議である。まあ,夢だからしようがないだろう。

 「然し運慶の方では不思議とも奇体とも頓と感じ得ない様子で一生懸命に彫ている。……運慶は今太い眉を一寸の高さに横へ彫り抜いて,鑿の歯を竪に返すや否や斜すに,上から槌を打ち下した。堅い木を一と刻みに削って,厚い木屑が槌の声に応じて飛んだと思ったら,小鼻のおっ開いた怒り鼻の側面が忽ち浮き上がって来た。その刀の入れ方が如何にも無遠慮であった。」

 「『能くああ無造作に鑿を使って,思う様な眉や鼻が出来るものだな』と自分はあんまり感心したから独言の様に言った。

 するとさっきの若い男が,『なに,あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋っているのを,鑿と槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出す様なものだから決して間違う筈はない』と云った。自分はこの時始めて彫刻とはそんなものかと思い出した。」

 土地の鑑定評価の場合も,土地の適正な価格を,不動産鑑定士がつくり出したり,決めたりするものではない。土地の適正な価格は,土地の中に埋まっていて,不動産鑑定士は,それを鑑定評価の手法という鑿や槌の力で掘り出すだけなのである。

 鑑定評価制度の創設にたずさわった斯界の大先輩でもある櫛田光男先生も,よく ,「土地のことは土地に聞け」といわれていた。

 しかし,われわれ不動産鑑定士は,運慶のような大自在の妙境に達しているわけではないので,不動産鑑定評価基準で,不動産鑑定士に ,「不断の勉強と鍛練とによってこれを体得し,もって鑑定評価の進歩改善に努力すること」を求めている

昭和 63年 2月 1日

著者

               『例解不動産鑑定評価書の読み方』鵜野和夫 清文社(P385)

****


 鵜野和夫先生の死を深く悼む。



****追記 2023年4月3日

 鑑定コラム14)に『賃料<家賃>評価の実際』についての私の著書の内容紹介と鵜野先生に書評を書いてもらった御礼の様子を記している。

 自身の著書の紹介については、次の様なことを述べている。


「・「出現率10%の取引事例による鑑定で不当鑑定だ」と弁護士から批判されることが今後有るかもしれない。それは何故か。

・還元利回り・期待利回りの求め方は。

・土地の期待利回り 5.3%、建物の期待利回り 7.8%をどう求めるのか。・・・

・・・・・

 価格の評価では云われないが、家賃の評価では、

 「鑑定を知らない不動産鑑定士」

と批判されることがあります。

 恥ずべきことです。

 家賃評価は簡単なものではありません。価格評価より格段に難しいものです。

 ひとりよがりの考え方で家賃評価を行うと、勉強している弁護士から相当の手荒い洗礼を受けます。」


 鵜野先生に書評の御礼に行った時の様子については、次のごとく書いている。


 「本書を一晩かけて読み終え、「いい本だ」といい、読後即 書評 を書いてくださったと聞く。

 徹夜して読み終えられるとは、とても齢70歳を越えている方とは思えない。

 書評のお礼に訪ねると、

 「君たちの若さのエネルギーを吸収して百歳まで生きるのだ」

と意気軒昂である。

 「評者の門前、雀羅をなしていた」の文調・文体に教養・格の違いを感じて恐縮してしまった。」


  鑑定コラム14)
「著書 『賃料<家賃>評価の実際』」

  鑑定コラム2595)「東京一ツ橋 如水会館での鵜野和夫先生お別れ会」

  鑑定コラム2618)「鵜野和夫先生の訃報、お別れ会への記事アクセスが上位に 令和5年7月1日アクセス統計」



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