2012年1月2日〜3日は、大学箱根駅伝である。
テレビの前に座り、おせち料理を食べお屠蘇を飲みながら、テレビが放送する駅伝を終日見て過ごす事が、私の新年の仕事の様なものである。途中で居眠りしてしまうが。
東洋大学が2012年の箱根駅伝(第88回)を制した。
2位のチームに9分の差を付けて総合優勝である。
2日の東京〜箱根の往路も東洋大学が勝った。
3日の箱根〜東京の復路も東洋大学が勝った。
つまり往路・復路も制した完全総合優勝である。
東洋大学は、この4年間で3回優勝している。
去年は最後の区間で抜かれ21秒差で2位となった。
何故東洋大学が急に大学駅伝で強くなったのか。
東洋大学の駅伝の歴史を見れば、1933年(昭和8年)に初めて箱根駅伝に出場しているが、柏原竜二の入学前迄は優勝など一回も無く、最高位が4位である。
4年前までは低位で低迷していた。
そうした大学が突然優勝をするようになった。
大学の箱根駅伝強化の方針もあったであろうが、どのような屁理屈をつけても、5区箱根の山登りに抜群の脚力を持ち、粘り強くて早い柏原竜二の存在無しには、東洋大の3回の優勝は語れない。
柏原が1年生の時、5区の箱根の山登りをした。
登り坂で、選手を1人、2人、3人と抜いていくのである。
他の大学の選手と格段にスピードが違う。
テレビで見ていたが、その速さと力強さに驚いた。とんでもない1年生が現れたものだと感嘆した事を覚えて居る。
柏原の激走により、東洋大学はタイムの貯金が出来、優勝出来た。
東洋大初めての優勝である。
2年生の時も同じである。
東洋大2度目の優勝である。
3年生の時は優勝は逃したが、柏原によってタイムの貯金が出来たことは同じである。
そして4年生の今年は、4区の走者からトップでタスキをもらった。
柏原がトップでタスキをもらっては、もうこの時点で東洋大の圧勝が予測された。
柏原が箱根の登り坂で、他校の選手を追い抜くシーンを今年は全く見る事が出来なかった。
2位とは2分、3分、4分、5分と差が開くばかりである。
柏原は断トツのトップの走りである。
4区の走者が、トップでタスキを5区の柏原に渡すとは、それだけ東洋大の各選手のレベルが上がったと言うことである。
10区あるうち6区の区間賞を東洋大が獲得した。
つまり、その区間で一番早い走りを東洋大はしたと言うことである。
これでは他の大学が優勝する事は殆ど絶望である。
4年間箱根の山登りの5区の区間賞を一人占めして、柏原は大学を卒業する。
卒業後は富士通に入り、マラソンを目指すという。
来年の正月の実業団社会人駅伝に、柏原竜二の姿を見ることが出来るかも知れない。
大学箱根駅伝の前、元旦に行われる実業団社会人駅伝も、私は毎年欠かさずテレビで見ている。
今年は、大会スポンサーの山崎パンのコマーシャル時間に流された二十歳(はたち)前くらいの若々しい女性が、軽快に跳ねとび回るストリートダンス、そして山崎パンのランチパックのパンを食べながら屈託無く笑う笑顔のコマーシャルが大変良かった。笑顔が素晴らしい。
このコマーシャルに出ていた若い娘は、剛力彩芽(ごうりきあやめ)というタレント、女優であると後で知った。
元旦の山崎パンのこのコマーシャルで、この若いタレントは、一気に化けたのではなかろうか。
天狗にならず、つまずかずに、うまく伸びてくれればと願う。
実業団社会人駅伝は、ヱスビー食品が出場しなくなって久しく寂しいが、一人見るのを楽しみにしている選手がいる。
大学時代に箱根駅伝に4年間でていて、応援していた選手である。
走り方に特徴ある選手である。
肩をいからして走る選手である。
帝京大学から安川電機に入った飛松誠氏である。
安川電機はトップを走ることが無く、選手のアップをあまり見られないが、タスキ渡しの時にほんの一瞬見る事が出来る。
飛松氏は今年も元気で走っているのだと知るだけで、こちらも嬉しくなる。
まあ、ファン心理と言うものか。
来年から、富士通の柏原もファンの一人として応援しょう。
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