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966)名儀書替料を地主が借地人に支払うというおかしな鑑定

 過日知り合いの弁護士から鑑定評価書を見てくれと頼まれていた。
 忙しいこともあり、夏の暑いこともあり放置していたら、

 「田原さん、どうなりました。
 意見を頂けませんか。」

  と涼しくなって催促の電話が入ってしまった。

 これは大変と云う訳で、放置してあった不動産鑑定書を読んで、早々に意見書を書きあげて、弁護士に送付した。何ともずぼらな対応であると我ながら思っている。

 案件は、地主が当該借地権を購入する場合の借地権価格の評価書であった。

 地裁の鑑定人不動産鑑定士の鑑定書である。

 その求め方は、下記のごとくであった。

 借地権価格割合を相続税の路線価より更地価格の60%とし、更地価格にその借地権価格割合60%を乗じて借地権価格を求めている。

 その借地権価格が、地主が取得する借地権価格であると鑑定している。

 この求め方がおかしいと気づかないであろうか。
 地裁の鑑定人不動産鑑定士しっかりしてくれ。

 相続税の借地権価格割合は、名儀書替料(借地権譲渡承諾料)を含む割合である。
 又、一般的に云う借地権価格とは、借地権譲渡に際しての名儀書替料を含めた価格である。

 借地権の譲渡には、その土地の所有者、即ち地主の承諾を必要とする。

 その承諾を得る責は、現在の借地権者にあり、当該借地権譲受人には無い。

 地主に借地権譲渡の承諾を得るために、借地権者は地主に名儀書替料を支払って譲渡承諾を得るのである。

 これをせずに無断譲渡をした場合は、そこで借地権は消滅してしまう。
 借地権価格が更地の50%とか60%の価値があったとしても、その価格は無くなってしまう。

 それを知れば、借地権者は必ず地主に事前に借地権譲渡承諾を得て、第三者への借地権譲渡をするであろう。

 借地権譲渡承諾料(名儀書替料)は、東京にあっては借地権価格の10%である。
 この時の借地権価格というのは、借地権譲渡承諾料を含んだ借地権価格である。

 借地権価格割合を60%とすると、そのうちの10%、つまり更地価格に対して6%(60%×0.1=6%)が名儀書替料である。

     借地権価格60%=真の借地権価格54%+名儀書替料6%

の構成要素である。

 名儀書替料は借地人が地主に支払うものである。
 それ故、真の借地権価格割合は54%ということになる。

 この借地権価格が適用されるのは、第三者に借地権が譲渡される場合である。

 借地権を当該地主が取得する場合には、第三者に借地権が譲渡される場合とは異なり、名儀書替料は必要無い。

 意見を求められた鑑定書の場合、地主が借地権を取得するのであり、そうした場合は名儀書替料は不用である。

 その鑑定書の借地権価格では、地主が当該借地権を取得した場合、地主が名儀書替料を借地人に支払うというおかしな現象が生じることになる。

 鑑定書を書いた鑑定人不動産鑑定士は、どうもここのところが分かっていない様である。

 この鑑定書を信じて、裁判官が、裁判所が鑑定を頼んだ裁判鑑定だから正しいんだと判断して、判決されてはたまらない。

 弁護士もそう悟って、第三者の不動産鑑定士の私に意見を求めてきたのであろう。

 借地非訟事件において、地主が当該借地権を購入する場合の財産給付額についての算定事例集がある。

 手許にある算定事例集(「借地非訟事件における財産給付額等算定事例集」第5集 最高裁判所事務総局編 財団法人法曹会 昭和59年9月25日発行)は古いが、多くの算定事例が載せられている。

 多くの事例の殆どが、借地権価格より名儀書替料を控除している。
 任意に2、3の例を選ぶと下記の通りである。
 
 (事例1) P347

 場所 東京都目黒区大岡山1丁目
 事件番号 東京地裁 昭和53年(借チ)第2051・2068号
  内容
   更地価格をu当り183,200円とし、借地権価格割合を65%とする。  借地権価格は、 183,200円×0.65=119,000円        119,000×531.40u(土地面積)=63,237,000円 と求める。  名儀書替料を借地権価格の10%とする。        63,237,000円×0.1=6,323,700円  当該土地賃貸人の取得する借地権価格は、 63,237,000円−6,323,700円=56,913,000円 と求める。

 (事例2) P348
 場所 東京都足立区西綾瀬2丁目
 事件番号 東京地裁 昭和54年(借チ)第2024・2042号
  内容 
 更地価格を5,190,000円とし、借地権価格割合を65%とする。
 借地権価格は、
             5,190,000円×0.65=3,373,500円
と求める。
 名儀書替料を借地権価格の10%とする。
       3,373,500円×0.1=337,350円
 当該土地賃貸人の取得する借地権価格は、
             3,373,500円−337,350円=3,036,000円
と求める。

 (事例3) P366
 場所 東京都墨田区文化2丁目
 事件番号 東京地裁 昭和55年(借チ)第2004・2093号
  内容 
 更地価格を40,397,500円とし、借地権価格割合を70%とする。
 借地権価格は、
            40,397,500円×0.70=28,278,250円
と求める。
 名儀書替料を借地権価格の10%とする。
 当該土地賃貸人の取得する借地権価格は、
             28,278,250円×(1−0.1)=25,450,425円
と求める。

 上記例でも分かるが、地主が当該借地権を取得する場合の借地権価格は、名儀書替料を控除した金額のものである。

 上記例は東京地裁の例であるが、同算定事例集には、他の地方裁判所の算定例も掲載されている。

 横浜地裁、横浜地裁川崎支部、浦和地裁、大阪地裁、神戸地裁、札幌地裁の各算定例がある。

 それらは名儀書替料の割合は違うが、いずれも名儀書替料を控除している。

 東京地裁ほか各地裁の算定例を見れば、地主が当該借地権を取得する場合の借地権価格は、名儀書替料を控除した金額のものであるというのが、適正な考え方である。

 算定例は昭和50年頃の例であり、古いという批判が在るかもしれないが、それは逆にいえばその頃から現在の算出方式は使われており、算出方式はその頃に既に形作られているものであり、それを知らない不動産鑑定士の方がどうかしていると代理人弁護士から云われかねない。

 不動産鑑定評価には、鑑定評価するに際して基準とする「不動産鑑定評価基準」と云うものがある。

 その評価基準には、地主が当該借地権を取得する場合についての求め方は記載されていない。

 相続税借地権割合で求めた借地権価格より名儀書替料を控除するということなど、全く記載されていない。

 現行不動産鑑定評価基準は、その点に関して基準足り得ないと云えよう。

 鑑定評価基準に書かれていないことから、それをもって地主が当該借地権を取得する場合の借地権価格は、名儀書替料を控除しなくても正当な鑑定評価であると自己弁護の反論主張をしたならば、代理人弁護士は待っていましたとばかりに、その不動産鑑定士を徹底的に叩きまくるであろう。


  鑑定コラム4)
「譲渡承諾料」

  鑑定コラム233)「名儀書替料(借地権譲渡許可承諾料)」

  鑑定コラム967)「差額地代からの借地権価格)」


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