建物の4階より眼下を見ると、東京湾が一望に広がる。
建物の前には幅員36メートルの道路を、大型トレーラーが走る。その先の埠頭広場にはセダン有り、ワゴンあり、トラックあり、バンありと種々の日本製の中古自動車が駐車してある。車体にはかっての所有者であった会社名が残ったままの自動車もある。褐色の肌をした幾人かが動いており、携帯電話で話し込んでいる。
私が前に乗っていたトヨタのマークUもこの場所にきたのであろうか。
確か今の車に買い換える時、下取りの営業マンに、
「廃車処分にするのですか。」
と聞いたら、
「いやいや、まだこの車は、走行距離は10万q以下ですから、東南アジアか、中近東で走りますょ」
と云っていた事を思い出す。
海外に中古車として、再度の人生を送ろうと船出を待つ車達である。
その先には東京湾が広がる。
自分が立つ建物は、5階建てで長さ約600メートルの巨大な倉庫建物である。両側には4重にもループするランプウェイを持ち、荷物を積載した大型トレーラーが、かなりのスピードを上げて各階まで登ってくる。
ランプウェイを登ってきたトレーラーは、建物の中の車道を走り、建物内に区画割りされたヤードに横付けになって、積んできた荷物を降ろす。
建物は、日本の数十の大手倉庫会社が大区画割りされた部分を所有し、貨物荷物を保管しているランプウェイ付の大型倉庫である。
最近はランプウェイ付の大型倉庫が見られるようになったが、大黒埠頭のランプウェイ付の大型倉庫は、そのはしりのものである。
大黒埠頭には、この建物の他に、多くの倉庫が集積している。それら建物は幅員30メートルとか20メートルの道路に接面している。
建築基準法は、建物は「道路」に2メートル以上接しなければならないと規定する。
大黒埠頭の大型トレーラーやトラックが行き来する幅員36メートルとか、25メートルの道路は、れっきとした道路である。
その為、てっきり道路と思い横浜市の道路局に行き、道路台帳の閲覧を申請したところ、職員から、
「閲覧申請の大黒埠頭の幅員36メートルとか、25メートルの道路は、「横浜市道」ではない。」
と説明された。
それ故、「道路名も認定幅員も分からない。」
という。
「しかし、車は走り、幅員は36メートルとか25メートルもある立派な道路ですよ。それが道路では無いのですか。」
と改めて質問しても、
「横浜市道路局の管理するものでなく、それは市道ではない」
と職員は繰り返す。
「では何処が管理しているのですか。」
と問うと、
「港湾局です。管理状況は港湾局に行って聞いて下さい。」
と言う。
港湾局の大黒埠頭を管理する事務所に行くと、
「港湾局が管理しています。臨海港湾道路です。」
と言う。
「その道路沿に倉庫が建っているが、どうして建物を建てることが出来るのですか。」
と問うたところ、
「その事については、こちらの権限ではないから分からない。都市整備局と思うが、建築指導課に行って聞いて欲しい。建物を建てるなら、管理道路使用願いを提出して欲しい。そしたら許可書を出す。」
と言う。
「いや、建物を建てるのではない。どうして道路に認定されていないのに建物が建つのか分からないから、それが知りたいのです。建築指導課に行って聞きます。」
と言い残し、再び、横浜市役所に戻ってきた。
建築指導課に事情を話したところ、担当官は建築申請番号を自分で調べよと言って、建築確認申請の一覧表の分厚い書類の冊を2つ持ってきた。
所在地と建物規模を目安にして、建築年のおよそ6ヶ月前から2年前の時期までの確認申請一覧表の項目を一つ一つ一つチェツクしていった。
見落さないようにと丹念に調べていたら、捜していた建物のものが見つかった。それを担当官に示したところ、別室よりその建物の建築計画概要書を捜して来てくれた。
「コピーはとれるか。」
と問うたら、
「OK」
という。
その建築計画概要書を見ながら、係員は、対象建物がどういう理由によって港湾局管理の臨海港湾道路で建築出来たのか丁寧に説明してくれた。
ランプウェイを持つ5階建てで、長さ600メートルの巨大な倉庫建物の前を走る幅員36メートルの道路は、道路では無く「広い空地」であるとして、建築確認申請が許可されていた。
建築基準法43条の但し書きに次の文言がある。
「ただし、その敷地の周囲に広い空地を有する建築物」は、支障が無いと認められれば建築出来ると。
この43条但し書きによる建築物であるようだ。
建築基準法は、建物は道路に接しなければならないと規定する。そしてその 「道路」とは、第一のものは道路法が規定する道路である。
道路法が規定する道路とは、次の4つである。
1.高速自動車国道
2.一般国道
3.都道府県道
4.市町村道
港湾局の臨海港湾道路は横浜市道でないから、上記道路に当てはまらない。
建築基準法は、そのほかに土地区画整理事業によって築造された道路とか、開発行為による道路とか、位置指定道路とかを道路としているが、ここにも港湾局管理の臨海港湾道路は含まれていない。
つまり、港湾局管理の臨海港湾道路は、道路の規程概念から弾き飛ばされており、道路では無いことから、建物が建てられなくなるのである。
「建設省と運輸省と管轄行政官庁が分かれていた為に、建設省が運輸省に意地悪して、道路と認めなかったのか。」
と職員に聞いたところ、職員からは、
「さあ、それはどうしてか私には分かりません。」
という返事が返ってきた。
港湾局、港湾事務所管轄の道路は、道路ではなく、「道路状をした広い空地」ということである。そして建築基準法の建築許可の根拠条文は43条但し書きである。
それは、横浜港しかり、神戸港しかり、福岡博多港しかり、新潟・新潟東港しかりである。
それ以外の港湾に立つ倉庫・事務所等の土地建物の評価を、私はしたことが無いから知らないが、恐らく各地の港湾の臨海港湾道路も同じ扱いであろう。
建築基準法の「道路」に接面していなくても、建物を合法的に建築することはあるようだ。
なお倉庫に関する記事の鑑定コラムは、つぎのものがあります。
鑑定コラム157)
「大型倉庫の粗利回りは11%」
鑑定コラム164)
「物流会社の譲渡価格と投下資本利回り」
鑑定コラム170)
「大王製紙の物流センター建設」
鑑定コラム199)
「ナイガイの2つの倉庫の売却」