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1889)浅生横浜地代判決(東京高裁 平成14年10月22日)

1.はじめに

 「地代は家賃より求めるべし」と判決し、かつ、継続賃料の求め方の4手法を全否定して、不動産鑑定業界に激震を走らせた浅生重機裁判官の東京高裁の横浜地代判決とはどういうものか。その概要について述べる。

 事件番号等は、下記である。

 「東京高裁平成13年(ネ)第6510号 賃料減額確認請求控訴事件 平成14年10月22日判決」(判例時報 平成15年1月1日号 1800-1)

2.事件の概要

 横浜市の高度商業地の長者町にある土地の地代の争いである。

 地代争いの土地は、SRC造10階建と6階建の賃貸事務所、店舗、マンション、201台の立体駐車場に利用されている土地である。

 何回かの地代の争いを経て、現行地代は、月額1,767,000円であった。

 土地賃借人は、土地価格が下落している。公租公課が下がっていることを理由にして、月額1,131,000円の減額請求訴訟を起こした。

3.一審の判決と控訴

 一審の鑑定人は、月額地代1,356,000円とする鑑定書を提出し、一審判決は同額の判決とした。

 この一審判決に対して、地主側が東京高裁に控訴した。その控訴審判決が、ここで取り上げる浅生横浜地代判決と呼ばれる判決である。

4.過去の経緯

 判決の中で過去の経緯について、次のごとく述べられている。

「三 本件賃貸借の過去の経緯等
 (12) 上記(9)の地代増額の交渉及びその後の調停及び訴訟に際して、控訴人は、地代の支払いの原資は建物の収益であり、本件借地の地上建物は現に賃貸されているのであるから、その賃料の収受額を被控訴人が把握していないはずはなく、これの開示を受ければ、適正な地代の額を算出することが可能であるとして、地上建物の賃料収受額の開示を、被控訴人に求めた。しかし、被控訴人は、これに応じなかった。そのため前の訴訟における鑑定人は、本件借地と類似する繁華街における地代の上昇傾向(品川区普通商業地における場合の平成三年から六年までの地代の増額割合は八三・九%であった。)などを参考にして、地代増額の鑑定をした。そして、前の訴訟で提出された、鑑定人の鑑定書では、土地の市場価格が下落しているにも係わらず、平成八年には、さらに地代増額して月額一八五万○三三一円に増額すべきであるとしていた。

 (13) 当裁判所は、被控訴人に対して、本件土地の地上建物の賃料収受額を開示し、これによって、いわゆる土地残余法による地代(その具体例として、国土庁制定の「新手法による土地残余法」によるものと思われる算定例及び東京高裁平成一二年七月一八日判決金融商事判例一○九七号三頁、東京高裁平成一二年九月二一日判決公刊物未搭載、東京高裁平成一三年一月三○日判例タイムズ一○五九号二二七頁を双方代理人に示した。)を算定すれば、現行の地代が適正水準であるかどうかが明確になるはずである。もし、その額が現行賃料を大きく上回ることがあるならば、一挙にその額に増額することは相当でないこともあるから、継続性を考慮して、相当額の範囲にとどめたり、あるいは、これまでに地代以外に時ジュされた金額を考慮して、調整することもあろうが、まず上記の適正額の算定をするのが先決では無いかと勧めた。しかし、被控訴人は、本件訴訟においても、上記の開示をすることがなかった。」


 控訴人(土地賃貸人)及び浅生裁判官は、共に、「本件土地の地上建物の賃料収受額を開示」せょと賃借人に要求している。このことは、地代は、土地の上に建っている賃貸建物の家賃収益で把握するものであるという考えに立っているからである。

 家賃あっての地代ということである。

 これに対して、土地賃借人(被控訴人)は、収受賃料の公開を拒否した。

 この土地賃借人の収受賃料の公開拒否の行為が、裁判官の心証を甚だ悪くして、地代減額を全く認めないという判決を引き起こした。

5.土地賃借人の主張に対しての判示

@ 土地価格の下落について

 土地賃借人(被控訴人)は、土地価格が下落している、土地公租公課が下落しているから地代を下げるべきであると主張している。

 先ず土地の下落に対して、浅生判決は次のごとく判示する。


 「四 土地の市場価格の下落と適正な地代

 被控訴人は、地価、すなわち土地の市場価格が下落するときは、地代も下落するべきものとの立場に立って、地代の減額を請求しているものである。
 土地の市場価格がその土地の収益力によって形成される収益還元価格と一致している場合であるならば、その様にいえる。しかし、土地の市場価格が将来の値上がり益を織り込み。収益還元価格と異なる水準にあるときは、そのようにはいえない(名古屋地裁昭和五八年三月一四日判決判例時報一○八四号一○七頁、東京高裁昭和五一年五月二六日判決判例時報八二五号五○頁参照)。市場価格の下落は、そのような値上がり期待の部分の下落に過ぎないこともありうるからである。
 本件の場合でも、被控訴人は、土地の市場価格が下落していることを理由に、地代を減額するべきであると主張する。しかし、市場価格の下落がどの様な原因で生じているかについて、的確に判断する資料は提出されていない。したがって、本件の場合に、土地の市場価格の下落を根拠に、地代を減額するべきであるとは即断出来ない。また後述六(1)に記載したように、下落したとはいっても、いまだ土地の値上がり期待部分を含んでいるかもしれない市場価格を算定の基礎として、適正な地代額を算定することも困難なことである。」


 土地価格の上昇には、将来の値上がり益が含まれている可能性があることから、それを地代に含めることは出来ない。

 土地価格が下落していると言っても、まだ土地の値上がり部分を含んでいるかもしれないから、その土地価格を地代の算定の基礎にすることは出来ないと判決は云う。

 土地価格の上昇と地代の上昇が相関関係にあったのは、平成バブル前まで゛であり、平成バブルによって、土地価格の上昇と地代の相関関係か無くなった。

 地価が下落したからと言って、地代は必ずしも下がらない。

 このことについては、鑑定コラム1270)「地価の変動と地代の変動は比例していない」で、分析し論証している。

 次に土地公租公課が下落しているから地代を下げるべきであることに対して、浅生判決は、次のごとく判示する。

A固定資産税の減額について


 「五 固定資産税の増減と適正な地代

 次に、被控訴人は、固定資産税の減額を理由に地代の減額を請求している。そして、固定資産税に増減があるときは、地代もこれに伴い増減すべきであるとの考え方もありうる。しかし、土地の収益力を意味する地代の額は、土地への投資にたいして期待されるものであるから、土地の収益を生み出す投資の額は、土地の投資価値(資本価値ともいう。そして、それは収益還元価格で計られる。)なのであり、固定資産税ではない。したがって、固定資産税を土地の原価であるとして、上記のような論をなすのは、根拠のないことである。
 そして、固定資産税は、現実には、税収を増加させるために、行政指導により課税標準である評価額を増加したり、あるいは、増税に対する納税者の反発を考慮して、さまざまな減額措置を執るなど、経済外的な要因による増減が行われている。そのために、固定資産税の額は、本来の意味での経済の実態を反映しているとは言い難い状況にある。それゆえ、このような状況が正常化され、固定資産税の評価額が収益還元価格以内の額で決定され、経済実態に合う税の賦課がなされるまでは、固定資産税の増減を理由に、直ちに地代を増減するべきものではない。固定資産税の増減があったとき、それと並行して、真に地代に影響を及ぼすべき経済的諸条件に変動があるのかどうかを検討し、その検討の結果により、地代の増減を定めるべきものである。」


 地代は土地の収益力から得られるものである。固定資産税は土地の収益力では無いことから、固定資産税が増減したからと言って、地代が増減されるものではないと判示する。

 そして固定資産税の増減があった時は、「真に地代に影響を及ぼすべき経済的諸条件に変動があるのかどうかを検討し、その検討の結果により、地代の増減を定めるべきものである。」と判決は云う。

 地代と公租公課の間には強い相関関係は、平成9年頃まではあった。それ以後は、公租公課が下がったからと言って、地代が下がる状態には無くなった。

 このことについては、鑑定コラム1356)「地代と公租公課の関係」で実証分析している。

6.一審鑑定の4つの手法の否定

@ 4手法の全否定について

 控訴審の浅生重機裁判長は、一審の鑑定人の鑑定書の内容に踏み込み、鑑定人の鑑定書の継続地代の4つの地代の求め方を全面否定した。


「六 原審における鑑定の評価

 原審鑑定人丁川冬夫は、本件の地代の額について金一三五万六〇〇〇円を相当とする鑑定書を提出している。原判決は、この鑑定結果を採用しているのであるが、その鑑定の手法として採用された利回り法、比準賃料、スライド法、差額配分法については、次のような疑問があり、結論として、この鑑定結果を採用することができない。」


A 利回り法の否定について


「(1) 利回り法について

 鑑定人は、利回りを乗ずるべき基礎価額は、土地の価格から借地権価格を控除した金額によるべきものとしている。しかし、本来借地権価格とは、賃借人に借り得があるとき、すなわち適正な地代と実際の地代の差額があるときに、その差額を資本還元した価格である。したがって、適正な地代の額と実際支払地代の間に差がなく、賃借人に借り得がなければ、借地権はあっても借地権価格は存在しない(そのことを判示する東京高裁平成一二年七月一八日判決金融商事判例一〇九七号三頁及び東京高裁平成一三年一二月二〇日判決金融商事判例一一三四号一三頁参照)。当事者双方に偏らない公平な立場に立って、適正な地代を計算しようとするときに、その計算の基礎となる額について、賃借人の借り得分を減額するということでは、その計算の結果算出される額が、合理的な理由もなく賃借人に有利になるということを意味する。そのような算出方法は、公平なものとはいえず、採用することができない。
 前述のとおり、従前、土地の市場価格は、土地の収益還元価格を大きく上回る土地の値上がり期待部分を含んでいた。そのような時代に、土地の市場価格を基礎価格として、利回り法を適用すると、地代は、値上がり期待部分があるために、適正に算定することができない。そこで、市場価格より値上がり期待部分を除き収益還元価格分を算出して、これに利回りを乗じることにより地代を算出する必要があった。その値上がり期待部分の額を控除するのに、その代替手段として、これに近似するものと考えて、借地権価格分を控除するという手法をとったものである可能性がある。そうだとすれば、いくらかの合理性を肯定することができたかもしれない。
 しかし、バブル崩壊以降の土地の市場価格は、前述二(1)記載のとおり、従前の値上がり期待部分が時間を追うにつれ減少しつつある。そのような中で、値上がり期待部分が大きかった時代に形成された借地権割合によって、借地権価格を計算して、市場価格より控除すれば、基礎価額は、土地の収益還元価格より低額となる可能性が生じる。それによって、地代を計算すれば、地代は過小評価されることになる。
 もともと利回り法は、本来土地の市場価格が収益還元価格によって形成される場合に初めて、正当な地代計算方法たりうるものなのである。したがって、利回り法を使うのであれば、その中にどの程度の値上がり期待部分があるか不明な土地の市場価格を基礎価格とするべきではなく、収益還元価格を算出し、それをそのまま、すなわち、借地権価格を控除しないで、基礎価格とするべきなのである。」


 一審鑑定人の利回り法の基礎価格は、「鑑定人は、利回りを乗ずるべき基礎価額は、土地の価格から借地権価格を控除した金額によるべきものとしている」と判示していることから推定すれば

              更地価格−借地権価格
 
を基礎価格にしている。この算式より求められる価格は、「底地価格」である。

 底地価格を地代の基礎価格にすることは間違っている。

 底地価格が地代の基礎価格にはなり得ないことについては、鑑定コラム1319)「地代の基礎価格は、更地価格である」、1320)「底地割合による底地価格は鑑定評価基準違反である」等で何度も述べている。著書でも記述している。

 鑑定評価基準は、底地価格が基礎価格であるとは、一言も言っていない。底地価格を基礎価格にして地代を求めることは、そもそも鑑定基準違反である。

 鑑定基準違反の利回り法が、堂々と裁判所の鑑定書で、継続賃料の手法として使われている方が、どうかしているであろう。

 浅生判決は、利回り法の個所で借地権価格について論述しているが、利回り法では既に借地状態であることを前提にして、その地代を求めるものであり、借地権価格の大小、借地割合の過大、過小については考え無い。

 借地権価格、借地権割合が考えられるのは、経済的価値に即応した適正な実質賃料又は支払賃料を求める時、もしくは土地期待利回り、地代期待利回りを求める時である。利回り法の地代を求める時には、借地権価格、借地権割合は、考慮しないし、論じない。

B 比準賃料の否定について

 比準賃料について、浅生判決は、次のごとく判示する。


 「(2) 比準賃料について

 比準賃料は、それが地代の適正額に関する相場を意味するものであれば、地代算定上は、もっとも重視すべきものである。それゆえ、できる限り広く事例を収集して、適正な地代の額の相場を発見するように努めるべきである。しかし、本件鑑定で収集された事例は、極めて少数にとどまり(前訴ではこのように少数ではなかった。)、しかも非堅固建物の例ですましている。本件賃貸借でも、非堅固建物の時代と、堅固建物となってからでは、地代の水準が全く違っている(ほぼ三倍になっている。)。このように、少数のしかも性質が大きく異なる事例を収集しただけで、比準するのは危険であり、その鑑定結果に信をおくことはできない。
 なお、前述二(3)記載のとおり、土地の地代の増減をめぐる賃貸人及び賃借人の交渉力は、現実には限られたものである。そのため、地代が適正な額と隔たっていても、それが当事者間の交渉で適正化されているとは限らない。そのため、継続地代の事例を収集しても、これがそのまま適正な地代の額であるとは限らないのであり、これとの比較をしても、意味のない結果に終わることがあることを、考慮に入れておくべきである。
 地代が自由な競争によって形成されるのは、新規に土地の賃貸借が行われるとき、あるいは、建物収益(賃料)の低下があって、それを元に算定される適正地代の額が従前の地代の額を下回るなどのため、地代減額の強い圧力が生じて、当事者間の交渉により減額されるときである(そのため継続賃料の方が新規賃料より高額であるという事態が起こりうる。商業地の建物賃料では現にそのような事例も見られる。)。そのような新規地代あるいは建物賃料から算出される地代の合意例が収集されれば、それは、自由な競争によって形成された地代として、尊重されるべきである。しかし、将来そのような事例が集積されるまで、適切な事例を相当数収集することは困難なことであって、比準賃料には、このような問題がある。」


 本件土地は、最初に記したが、SRC造10階建と6階建の賃貸事務所、店舗、マンション、201台の立体駐車場に利用されている土地である。

 堅固建物を目的とした土地賃貸借契約である。そうした土地の地代事例は、堅固建物の地代事例で行うべきものである。

 一審鑑定の採用地代事例は、「しかも非堅固建物の例ですましている」ものである。

 一審鑑定は、地代事例の類型が異なる。これでは、適正な比準地代が求められていると判断することは困難である。賃貸事例比較法は失当と批判されても仕方なかろう。

C スライド法の否定について

 スライド法の賃料について、浅生判決は、次のごとく判示する。


「(3) スライド法について

 二の(4)記載のとおり、商業地の実態調査の結果によれば、全体のほぼ七七%は、地代に変動がなく、その残りは、値下がりした事例と、値上がりした事例で、その数に大きな差が見られない。そうすると、地代の世間相場の変動率は、広い地域で見れば、ほとんど〇に近いということになる(乙3参照)。ところが、本件鑑定では、スライド法の結果として、一八・四三%下落させている。これは固定資産税額の変動をそのまま反映させた結果であるが、固定資産税は、前述のように、経済外的な理由で増減しているのであり、固定資産税の増減があっても、そのことは地代を増減すべき経済的諸条件があることを意味しない。前述の実態調査の事例でも、固定資産税の変動がある事例が多数含まれているであろうが、結果として、地代の変動率は〇に近いのであるが、これはそのことを示しているものと考えられる。以上のことを考慮すると、このような算定方法には疑問があって採用することができない。」


 スライド法には2つの求め方がある。一つは純地代を求め、その純地代に変動率を乗じ、価格時点の必要諸経費(地代の場合は公租公課)を加えて求める方法、他の一つは「なお書き」の求め方である。

 「なお書き」の求め方は、従前地代に地代変動率を乗じて求める方法である。

 一審鑑定は、「なお書き」の求め方を行っているが、判決内容から考えると、地代の変動は○%であるにもかかわらず、18.43%の減額率を使用して減額している。その減額率は公租公課の減額率に同じと言う。公租公課の減額率=地代減額率という論証がなされていない限り、その求め方は失当となる。

 地代の変動率が○%であれば、スライド法の従前地代に乗じる地代変動率は1.0であり、従前地代と同じとなる。18.43%の減額率のスライド法の求め方は間違いと云うことになる。

D 差額配分法について

 差額配分法の賃料について、浅生判決は、次のごとく判示する。


 「(4) 差額配分法について

 差額配分法は、土地の市場価格が収益還元価格と乖離して変動していた過去の時代に、土地の市場価格を基礎にして算定される地代と実際支払い地代との差額を、賃貸人と賃借人間で配分するという思想で作られていた。しかし、それがなにがゆえに正当なのかを検証することは、極めて困難であった。現在は、土地の市場価格のうち将来の値上がり期待部分が減少し、次第に収益還元価格に近づこうとしているのであって、そうであれば、土地の収益還元価格を計算して、それによって適正な地代を算出すればたりるのであり、差額配分法の存在意義を認めることは困難である。そして差額配分法の正当性に、前述のような問題点があることを考慮すると、このような手法による算定結果を尊重するべきものかどうか疑問であり、参考に値しないものといわねばならない。」


 浅生判決は、差額配分法について、「差額配分法の存在意義を認めることは困難である。そして差額配分法の正当性に、前述のような問題点があることを考慮すると、このような手法による算定結果を尊重するべきものかどうか疑問であり、参考に値しないものといわねばならない。」と、差額配分法を否定するが、この考え方は間違っている。

 差額配分法は、経済価値に即応した適正な実質賃料又は支払賃料と、現行の実際実質賃料もしくは実際支払賃料との差額を地主、借地人の間で適正に配分して地代を求める方法である。尊重すべきものかどうか疑問であるとか、参考に値しないと言って切り捨てられる手法では無い。

 ここで多くの不動産鑑定士等が勘違いしているが、「経済価値に即応した適正な実質賃料又は支払賃料」とは、更地の状態の実質地代又は支払地代では無い(定期借地権の場合は除く)。借地権価格の存在を認めた状態の適正な実質地代、支払地代である。

 更地状態の実質地代、支払地代で差額配分法を求めると、借地権価格の一部が地代となってしまうことになる。

 浅生判決は、継続地代の4手法について、手厳しく批判する。これを裏返して考えれば、不動産鑑定評価の専門家である不動産鑑定士しっかりせょということである。

7.地代の適正額の水準について

   継続地代の4手法を全否定して、では適正地代水準をどの様に把握するのかについて、浅生判決は、「当裁判所が勧告したように、地上建物の賃料収入額を開示して、土地残余法により、適正地代の額を算出し、これと現在の地代の額とを比較検討するほかなく、それ以上に説得力のある方法は、発見することができない。」と判示する。

 つまり対象地上の賃貸建物の家賃より、適正地代を算出せょと言う。

 私が主張している収益あっての地代、土地の収益とは家賃であるから、家賃あっての地代と云うことを浅生裁判官も言う。

 地代の適正水準、判決の決定について、以下のとおり判示する。


 「七 地代の適正額の水準について

 以上のとおりであって、本件では、被控訴人が減額の意思表示をした平成一二年五月一〇日時点での適正な地代額を認定するに足る証拠はないものといわねばならない。
 そして、前記認定のとおり、本件土地の市場価格の下落にもかかわらず、地代の額は増額されたのであり、それは、前述のように、過去の地代の額と適正な地代の額の間に格差があって、賃借人の借り得があり、適正な地代にするにはさらに増額する余地があったからにほかならないものと認められる。
 そして、そのことは、前記認定の経過にあるように、現在の地代の額が決められた平成六年以降も、なお地代を増額すべきであるとの鑑定結果があったことによっても、裏付けられているといえる。  また、本件地代について鑑定したすべての鑑定人が、本件の借地権には、高額の借地権価格が存在することを前提にしているが、そのことは、前述のように、現在の地代の額でも、賃借人には借り得があり、それを資本還元すると、大きな金額にのぼることを意味している。
このような本件賃貸借の過去の経過や現状からすると、現在の地代の額は、なお適正な地代額から見て、低額である可能性がある。そうではなく、すでに適正な地代の額は、現在の地代の額を下回っているというのであれば、そのことを証するには、当裁判所が勧告したように、地上建物の賃料収入額を開示して、土地残余法により、適正地代の額を算出し、これと現在の地代の額とを比較検討するほかなく、それ以上に説得力のある方法は、発見することができない。
 ところが、被控訴人は、このような開示を拒み、適正な地代額の計算の道を閉ざしたのである。被控訴人は、一般的な建物賃料の下落を主張するが、自己の収受する建物賃料を開示しないのであって、これが下落したとの事実を認めることもできない。したがって、当裁判所としては、上記減額意思表示の時点でも、適正な地代の額は、現在の地代の額を下回っておらず、かえって上回っている可能性も残されていて、これを否定することはできないものと認定判断する。この認定判断を覆すべき証拠はない。」


8.判決の結論

 判決の結論としては、下記のごとく述べる。


 「八 結論

 したがって、平成一二年五月一○日の時点においても、適正な地代の額を従前の月額一七六万七○○○円から、減額するべきものではないから、上記の時点における適正な額を月額一三五万六○○○円であるとして、これを確認した原判決は失当であり、これを取り消して、被控訴人の減額確認の請求は全て棄却するべきものである。
 よって、主文のとおり判決する。

    東京高等裁判所第一九民事部
   裁判長裁判官 浅生重機
裁判官 及川憲夫
  裁判官 原 敏雄 」


9.浅生判決を読んで

 「地代は家賃より求めるべし」という浅生判決を初めて読んだ時、画期的な判決と驚いた。

 浅生裁判官は、地代鑑定の造詣が深い裁判官であると感じた。この判決を書くには、地代鑑定について良く勉強していると思った。

 しかし裁判官がここまで踏み込むのであろうかという疑問が残った。

 上記浅生判決の中で、同じ判例が2度繰り返されている。

 1度目は、過去の経緯のところで、「新手法による土地残余法」によるものと思われる(算定例及び)東京高裁平成一二年七月一八日判決金融商事判例一○九七号三頁」、2度目は利回り法の個所で、「賃借人に借り得がなければ、借地権はあっても借地権価格は存在しない(そのことを判示する東京高裁平成一二年七月一八日判決金融商事判例一〇九七号三頁」である。

 この判例はどういうものか。

 当初浅生判決を読んだ時には、その判例について調べてみようと全く思わなかった。見逃していた。

 ある弁護士から浅生判決と上記の引用判決が送られて来て、それを読んで初めて知った。

 そのことについては、鑑定コラム166)「近親者の関係が無くなった場合の地代の東京高裁判決」、著書『改訂増補 賃料<地代・家賃>評価の実際』P577(プログレス 2017年2月)で記述している。

 それは、私が東京地裁で行った案件の控訴審の東京高裁の判例である。

 浅生裁判官は、一審東京地裁で私が行った鑑定書を読み、鑑定書を良く読み砕いて判決文を書いたのではなかろうかと推測される。

 なお、浅生横浜地代判決を引き出した控訴人側の代理人弁護士は、横浜弁護士会会長もなされた塩田省吾弁護士である。

 塩田弁護士とは、その後知り合う機会があり、一献傾けることになった。

 知り合いの不動産鑑定士が、

 「田原さん、会わせたい人がいる。
 どうしても田原さんに会って御礼を言いたいと言う人がいる。その人が一席設けたいと言っている。会ってくれるか。」

と言う誘いを掛けて下さった。

 その誘いに乗り、知り合いの不動産鑑定士に紹介されて、レストランで会ったのが、塩田弁護士である。塩田弁護士とは、初めてお会いした。

 お会いした時、塩田弁護士は、鞄から一冊の書籍を取り出された。

 その書籍は、多くの見出しインデックスが付けられ、使い古されていた。

 中の頁が落丁しないようにセロテープで補修され、ボロボロになっていた。

 弁護士は、一冊の書籍をボロボロになるまで読み込むのかと思った。

 その書籍名を見て、さらに驚いた。

 それは、私の著書の1冊であった。

 「この本で、賃料評価について多くを学ぶことが出来ました。田原さん、有り難うございました。」

 浅生横浜地代判決を引き出した凄腕の弁護士から感謝の言葉を受けて、私は恐縮してしまった。

 書物のページが落丁するほど迄に、繰り返し読み込まれた著書を見て、私は著者冥利の気持を味わった。

 塩田弁護士に私を引き合わせてくださった知り合いの不動産鑑定士は、西田紘一氏であった。


  鑑定コラム166)
「近親者の関係が無くなった場合の地代の東京高裁判決」

  鑑定コラム1319)「地代の基礎価格は、更地価格である」

  鑑定コラム1320)「底地割合による底地価格は鑑定評価基準違反である」

  鑑定コラム81)「買い進み修正率1.30、売り急ぎ修正率0.55」

  鑑定コラム1270)「地価の変動と地代の変動は比例していない」

  鑑定コラム1890)「近親者の関係が無くなった場合の地代の東京高裁判決文(平成12年7月18日)」



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