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2281) 公有地の評価、巨額土地評価、裁判の土地価格証拠は調査報告書等ではダメである


                                        不動産鑑定士
                                        桐蔭横浜大学法学部客員教授
                                              田原 拓治

1.はじめに

 最近、不動産鑑定評価基準に則って鑑定評価出来ないことから、価格等ガイドラインに従って土地価格を求めているから適正な価格であるという土地価格を評価した意見書、調査報告書、調査書の名称の文書(以下「調査報告書等」と呼ぶ。)を見るようになった。

 不動産鑑定評価基準に則っとらない価格等ガイドラインとはどういうものかについて述べたい。


2.不動産鑑定評価とは、不動産の経済価値を判定し価値表示することをいう

 まず最初に不動産鑑定評価とはどいうものかについて法律等で、その概念を知っておくことが必要である。

 不動産の鑑定評価に関する法律(昭和38年7月16日、法律152)がある。

 第1条に目的が規定されている。下記である。

 第1条
 この法律は不動産の鑑定評価に関し、不動産鑑定士及び不動産鑑定業について、必要な事項を定め、もって土地等の適正な価格の形成に資することを目的とする。

 そして不動産鑑定評価とは何かについて第2条で、定義する。下記である。

 第2条
 この法律において「不動産の鑑定評価」とは、不動産(土地若しくは建物又はこれらに関する所有権以外の権利をいう。以下同じ)の経済価値を判定し、その結果を価値に表示することをいう。

 ではその不動産鑑定を行うのは誰かについて第3条は云う。下記である。

 第3条 不動産鑑定士は、不動産の鑑定評価を行う。

 2項 不動産鑑定士は、不動産鑑定士の名称を用いて、不動産の客観的価値に作用する諸要因に関して調査若しくは分析を行い、又は不動産の利用、取引若しくは投資に関する相談に応じることを業とすることができる。ただし、他の法律においてその業務を行うことが制限されている事項については、この限りでない。

 不動産鑑定評価とはどういうものか、そしてそれを行う事が出来るのは誰かと云うことは、上記で分かったと思う。

 では、鑑定評価は勝手に自分の判断だ意見だと云って行って良いかというと、そうではない。

 不動産鑑定評価の監督官庁である国土交通省が、『不動産鑑定評価基準』と云う基準を作成しており、それに従って鑑定評価しなければならない事になっている。

 鑑定評価基準に違反して鑑定評価した場合は、評価を行った不動産鑑定士に処罰がなされる。


3.鑑定評価と鑑定評価基準

 鑑定評価と鑑定評価基準の関係については、『不動産鑑定士が不動産に関する価格等調査を行う場合の業務の目的と範囲等の確定及び成果報告書の記載事項に関するガイドライン』(平成21年8月28日、国土交通省事務次官通達)の国交省版P2に次のごとく記されている。

 「不動産鑑定評価基準は、不動産鑑定士が不動産の鑑定評価を行うに当たっての統一的基準であり、不動産鑑定評価制度の適切な運用に寄与し、もって不動産の適正な価格の形成に資することを目的とするものであることから、不動産鑑定士が不動産の価格等を調査するに当たっては、不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価を行うことを原則とする。」(前記国交省版ガイドラインP2下より15行目)


4.不動産鑑定評価基準に則っていない調査報告書等について

@ ガイドラインの施行

 平成21年以前は、不動産鑑定評価基準に則っていな調査報告書等と称して、不動産価格評価した鑑定書まがいの価格意見書、調査書、価格報告書等の「調査報告書等」が多く出回っていた。これが不動産の価格の裁判、地代家賃の裁判を混乱させた。

 鑑定書と調査報告書等とどう違うのか、調査報告書等という名称であれば鑑定評価基準に従わなくても良いのかという批判が多く出された。

 その為、不動産鑑定士協会連合会と国土交通省は検討し、「不動産の価格表示するものは名称に関係なく不動産鑑定である」とし、鑑定基準に則っていない意見書の発行を厳しく制限する長い名称のガイドラインを作り施行した。

 ガイドラインの名称は『不動産鑑定士が不動産に関する価格調査を行う場合の業務の目的と範囲等の確定及び成果報告書の記載事項に関するガイドライン』(以下「ガイドライン」と呼ぶ)という。

 このガイドラインは、国土交通省事務次官通達であり、平成22年1月1日より施行された。

 ガイドラインと鑑定評価の関係については、次のごとくいう。

 「本ガイドラインは、不動産の鑑定評価に関する法律第 3条第 1項に規定する不動産の鑑定評価であるか、同条第 2項に規定するいわゆる隣接・周辺業務であるかを問わず、価格等調査を行う場合に、不動産鑑定士が従うべき業務の方法等を示すものであり、不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価を行う場合は、不動産鑑定評価基準のほか、本ガイドラインに従うものとする。」(同ガイドライン 国交省版P2上より5行目)

A 不動産鑑定評価基準に則らない調査報告書

 ガイドラインの総論4章で、不動産鑑定評価基準に則らない調査報告書等の作成が許される5つの条件が示された。調査報告書等として発行出来る範囲が著しく制限され、狭められた。

 その5つの条件は、下記である。

 イ,調査価格等が依頼者の内部における使用にとどまる場合。

 ロ,公表・開示・提出される場合でも利用者の判断に大きな影響を与えないと判断される場合。

 ハ,調査価格等が公表されない場合ですべての開示・提出先の承諾が得られた場合。

 ニ,不動産鑑定評価基準に則ることができない場合、又は

 ホ,その他「U. 1.依頼日的、利用者の範囲等」等を勘案して不動産鑑定評価基準に則らないことに合理的な理由がある場合。( 同国交省版P2下より11行目)

B ガイドラインの留意事項

 ガイドラインを受けてガイドライン運用上の留意事項が不動産鑑定士、不動産鑑定業の管轄局である国土交通省土地・建設業局より局長通知としてガイドラインの留意事項が出された。名称は『不動産鑑定士が不動産に関する価格等調査する場合の業務の目的と範囲の確定及び成果報告書の記載事項に関するガイドライン運用上の留意事項』(以下「ガイドラインの留意事項」と呼ぶ)である。

 ガイドラインの留意事項は、平成22年1月1日より施行された。

 このガイドラインの留意事項で不動産鑑定評価基準に則らない5つの条件のうち2番目(前記Aのロ)の「公表・開示・提出される場合でも利用者の判断に大きな影響を与えないと判断される場合」について、利用者の判断に大きな影響を与える場合の例の列挙の他に、第三者又開示・提示先に大きな影響を与える場合も利用者の判断に大きな影響を与えるものと解釈が広げられた。

C 不動産鑑定評価基準に則らない調査報告書を発行出来る場合の説明

 上記AとBで記述した不動産鑑定評価基準に則らない調査報告書等の作成が許される5つの条件の概略説明をする。

イ,調査価格等が依頼者の内部における使用にとどまる場合。

 この調査報告書等とは、企業内部の担当者の部・課内で、当該不動産を売買する場合の意思決定に使用するために内部の資料とする調査報告書等である。この内部資料としての使用については、依頼者が民間企業、役所の区別は無い。

ロ,公表・開示・提出される場合でも利用者の判断に大きな影響を与えないと判断される場合。

 調査報告書等が開示公表されたとしても、利用者の判断に大きな影響を与えない内容のものということである。

 利用者の判断に大きな影響を与える内容のものは、調査報告書等ではだめで、不動産鑑定書で無ければならないと云うことになる。

 利用者の判断に大きな影響を与える内容のものとは具体的にどういうものかについては、ガイドライン留意事項に記述してある事から、別途の節で説明する。

ハ,調査価格等が公表されない場合ですべての開示・提出先の承諾が得られた場合。

 調査報告書等の提出先が、不動産鑑定書でなく調査報告書等で良いと承諾している場合は、調査報告書等で良いということである。

 但し、鑑定評価基準によらない事によって発生するリスクが、提出先にどの様な影響を与えるのかと云うことを充分考えなければならない。

 依頼者が調査報告書等でよいと承諾したから、調査報告書等として発行した。依頼者がそれを裁判の証拠として裁判所に提出して依頼者は被害を受けたが、その事については、私は関係ないというごとくの主張は通らない。そうしたリスクを充分考えて調査報告書等として発行しなければならない。

ニ,不動産鑑定評価基準に則ることができない場合

 国土交通省が不動産鑑定評価基準に則ることができない場合として認めている条件の場合である。

 その他、不動産鑑定評価基準に則ることができないことが、社会通念として妥当認められる場合である。

 その例としては、将来時点の価格を求める場合とか、不動産鑑定評価制度が出来る前の時点の価格を求める場合とか、公有水面下にある土地価格を求める場合とか、対象不動産が確定出来ない場合とか、建物評価で着工しているがいつ完成するか分からない建物の完成した状態の建物価格を求める場合等が相当するのでは無かろうかと思われる。

 『要説 不動産鑑定評価基準と価格等調査ガイドライン』P477(公益社団法人 日本不動産鑑定士協会連合会監修 鑑定評価基準委員会編 住宅新報社発行 2015年10月30日 3刷版)は、このニの条項について次のごとく述べる。

 「なお、基準に則ることができるにもかかわらず則っていない場合、(適用可能な鑑定評価手法の一部のみを適用している場合や、依頼者提示資料により対象不動産の確認・価格形成要因の分析等を行い、不動産鑑定士による実地調査・役所調査等を行わない場合(いわゆる机上調査)など)本要件である「基準に則ることが出来ない場合」には該当しないことに留意する。」

 要約すれば、鑑定評価基準に則って不動産鑑定評価出来るのにも係わらず、鑑定基準に則ることが出来ない場合とすることは、この条項を適用する事は出来ないということである。鑑定評価基準に則って不動産鑑定評価出来ものは、鑑定評価基準に従って行えということである。

ホ、その他「U. 1.依頼日的、利用者の範囲等」等を勘案して不動産鑑定評価基準に則らないことに合理的な理由がある場合。

 この条項が適用される場合に付いては、前記した『要説 不動産鑑定評価基準と価格等調査ガイドライン』P478に、例示として次のごとく記述されている。

 「調査結果が公表・開示・提出され、利用者の判断に影響を与える場合でも、過去に不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価を行ったことがある不動産の再評価を行う場合において、自ら実地調査を行い又は過去に行ったことがあり、当該不動産の物的状況や権利関係及び当該不動産の用途や所在地にかんがみて公示地価その他地価に関する指標や取引価格、賃料、利回り等の価格形成要因について、直近に行った不動産毒監定評価基準に則った鑑定評価の価格時点と比較して、重要な変化がないと客観的に認められる場合が挙げられる。」

 前に不動産鑑定評価として不動産鑑定書を提出していて、再評価する場合には、重要な変化が無いと認められる場合には、調査報告書等でよいというのである。


5. 公表される第三者又は開示・提出先に大きな影響を与えると判断される場合

 調査報告書等が公表される第三者又は開示・提出先に大きな影響を与える場合は、調査報告書等ではダメで、不動産鑑定評価書で無ければならないが、その「調査報告書等が公表される第三者又は開示・提出先に大きな影響をあたえる場合」とは、どういう場合であるのか。

 それに付いて、ガイドラインの留意事項国交省版P2〜3で、公表される第三者又は開示・提出先に大きな影響を与えると判断される場合として、12の場合が明示されている。

 その中に「(8)標準地における公共用地の取得、国有・公有財産の使用や処分に伴うもの。」(同書P3)がある。

 つまり「公有財産の使用や処分に伴うもの」は調査報告書等ではダメで、不動産鑑定書で無ければならない。

 そして「(11)訴訟に使用するための評価(原告又は被告が証拠として提出する価格調査、裁判所の要請により行われる価格調査)」(同書P3)がある。

 つまり、訴訟に使用されるための評価は、鑑定評価基準に則った不動産鑑定書で無ければならなく、調査書等として許される範囲のものでは無い。

 加えて「調査価格等が大きさ」も利用者の判断に大きな影響を与えると判断されるとガイドライン留意事項は下記のごとく述べる。

 「なお、公表・開示・提出される場合であって、その調査価格等の大きさ等から利用者の判断に大きな影響を与えると判断される場合は以上の場合に限られないことから、依頼目的、利用者の範囲、調査価格等の大きさ等を勘案して大きな影響を与えないかどうかについて適切に判断することが必要である。」(同書P3)


6.ある調査報告書の主張

 東京のど真ん中の中央区の海側にある広大な都有地の埋立地に、東京都は第一種市街地再開発事業によって東京オリンピック選手村を造った。その土地価格を「調査報告書」という名称で鑑定評価した不動産鑑定書がある。

 その不動産鑑定書は、不動産鑑定評価基準に則っとらない価格等ガイドラインによって作成された土地価格「調査報告書」であり、土地価格は適正であると主張する。

 その土地価格調査報告書(以下「甲報告書」と呼ぶ。)には、不動産鑑定評価基準に則って土地評価出来ない事を縷々述べている。その縷々述べる事を記すれば下記である。

(その1) 甲報告書P3

 「本価格等調査は、「(仮称)晴海五丁目西地区開発計画に基づいた下記価格等調査の条件 (対象不動産の利用方法や大会前後の準備等を含む期間 (平成 32年 1月〜 12月、以下 「大会期間」という。)までの開発スケジュールを所与とする等)を前提にするため、価格等調査の基本的事項及び手順にづいて不動産鑑定評価基準に則ることが出来ない。そのため、上記調査価額は、当該前提を置かず不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価を行った場合、すなわち、対象不軌産の最有効使用を前提とした更地としての価格を求める場合とは結果が異なる可能性がある。

 本価格等調査は、下記に記載した依頼日的以外での使用及び記載されていない者への調査価額又は調査報告書の公表・開示・提出は想定していない。」

(その2) 甲報告書P4

 「公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下「組織委員会」という。)が計画建物の一部を大会期間中に選手村として使用し、特定建築者が大会後に計画建物を改修し分譲又は賃貸すること等、選手村の整備を契機として対象不動産の調査価額に影響を及ぼす要因(以下「選手要因」という。)と当該要因の調査価額への影響の調査。」

(その3) 甲報告書P9

 「都市再開発法第99条2第2項に定める特定建築者がご提示の計画建築物を建設取得することを前提とした価格等調査」

(その4) 甲報告書P10

 「各街区の土地価格の査定に当たっては、開発法を適用して調査価額を求める。5-3街区及び5-7街区の開発法適用時に査定する土地・建物一体としての価格は、収益還元法を適用して求める。なお、本件と同様に計画建築物や開発スケジュール等が定められることを前提とした取引事例を収集し適切に要因比較することが困難であったため、取引事例比較法は適用しない。」

(その5) 甲報告書P11

 「本事業を前提に対象不動産の譲渡処分予定価格を設定する際の内部検討用資料として用いるための価格等調査であり、本事業を前提とする限り基本的事項及び価格等調査の手順が不動産鑑定評価基準に則ることが出来ないことについて、依頼者が了承している。」


7.甲報告書の主張への反論

 上記甲報告書の主張について、次のごとく反論する。

@ オリンピック選手村建物建設は土地価格とは関係ない

 土地価格は、周辺土地取引事例価格との代替、競争関係によって決まるものであり、当該地にオリンピック選手村建物を造るからといって土地価格がその建物建設工事費によって影響を受けるものではない。

 宅地の土地価格が建物の存在によって価格減するのは、その建物が環境と適合せず、又は土地と建物の構成が均衡していない場合に、建付減価が生じ、土地価格が減価する場合のみである。

 その場合の土地価格減価は建物解体費相当が上限である。晴海選手村の場合は,更地であり、建物が建っていないのであるから建付減価は生じ無い。

 土地そのものでは、土壌汚染がある土地或いは自然条件として土砂災害の発生が予測される土地の価格は減価される。晴海選手村土地は土壌汚染地なのか、自然条件として土砂災害が生じる谷間の土地であるのか。

 オリンピック選手村建物は大型エレベータの設置とか、廊下が広いとか、地階に大規模駐車場がある為に建築工事費がかさむから土地価格は安くても良いという主張は、それは建物建築工事費の問題であり、土地価格には関係ない。

 それ故、オリンピック選手村云々によって鑑定評価基準に則って土地価格を求めることが出来ないという主張は根本的に間違っている。

A 都市再開発法第99条2第2項と不動産鑑定評価基準とは関係ない

 甲報告書は、P9の付加条件において本件土地は都市再開発法99条の2第2項に基づく評価であるから、不動産鑑定評価基準に則らなくても良いごとく述べるが、その法律条項は不動産鑑定評価基準とは関係がなく、都市再開発法99条の2第2項によるから土地価格は安くても良いことにはならない。

 都市再開発法99条の2第2項によって土地価格は特定価格になるとは法律は規定していない。

 都市再開発法99条の2第2項は、下記の条文である。1項も記す。

(施行者以外の者による施設建築物の建築)
 第九十九条の二
 施行者は、施設建築物(権利変換計画において第七十三条第一項第二号に掲げる者(施行者を除く。)がその全部を取得するように定められたものを除く。)の建築を他の者に行わせることができる。

 2項 前項の規定により施設建築物の建築を施行者以外の者に行わせるときは、権利変換計画においてその旨及び施行者が取得する施設建築物の全部又は一部のうちその建築を行う者(以下「特定建築者」という。)に取得させるものを定めなければならない。

  B 開発法しか使用しないと何故決めつけるのか

 前記したごとく土地価格は、周辺の土地価格事例との代替、競争によって形成され、その関係より土地価格を求めるのが土地取引事例比較法である。

 その土地に標準的土地使用による賃貸建物を想定し、その賃料収入より求めるのが収益還元法(土地の場合の手法は土地残余法と呼ぶ。)である。

 取得原価が分かる場合には原価法による。

 この3手法による土地価格の分析が原則であり、土地面積が大きい場合には、比較考量として開発法を求め、その価格を比較考量する。

 先ず土地取引事例比較法を行って比準価格を求める。甲報告書は比準価格を求めていない。

 上記(その4)の「本件と同様に計画建築物や開発スケジュール等が定められることを前提とした取引事例を収集し適切に要因比較することが困難であったため、取引事例比較法は適用しない。」という理由など、社会通念として妥当な合理的理由にならない。

 対象地上に最有効使用の賃貸建物を想定し、その賃料収入より土地残余法によって土地収益価格を求める。甲報告書は収益価格を求めていない。

 対象地は公有水面の埋立地である。原価法の価格を求めることができる。

 東京都監査委員会の回答書による事業概要が記されている。
        用地及び補償費 約319億円
        公共施設工事費 約188億円
                   計           507億円
 原価法の土地積算価格は507億円である。甲報告書は、対象地の取得原価が分かり、積算価格を求める事が出来るのにも係わらず、積算価格を求めていない。

 土地取引事例比較法、土地残余法、原価法の手法の実施は充分可能であるにもかかわらず、それ等を全く行わず、比較考慮事項の手法である開発法にのみによると決めつけている。

 この手法の決めつけの判断には、合理的根拠が無く不適切な判断と云わざるを得ない。

 上記した3手法で土地価格を求めるのが不動産鑑定評価である。甲報告書はいずれの価格も求めていない。

 開発法のみの求め方では不動産鑑定評価基準違反も甚だしい。

 鑑定評価基準に則って土地価格を求めることが出来るにもかかわらず、鑑定評価基準に則って土地価格を求めることが出来ないといって行わない行為は、前記4Cニの「なお書き」の「「基準に則ることが出来ない場合」には該当しないことに留意する。」に該当するものであり、ガイドライン違反の行為である。甲報告書は失当ということになる。

C 内部検討用資料とするについて

 内部検討用資料であるから鑑定基準に拠らなくてもよいと主張するが、その場合でも求める価格は正常価格である。

 内部検討用資料とは、企業内部の担当者の部・課内で、当該不動産を売買する場合の意思決定に使用する場合等である。

 このことは依頼者が民間企業、役所の区別は無い。

 本件は結果において、裁判所への証拠提出となった事から、内部検討資料云々の言い訳は通らないことになる。

D 依頼者が了承していることについて

 都有地の評価である。都有地の売却には地方自治法により議会の承諾が必要である。依頼者の東京都整備局に都議会の承認を得ているのかの確認を、整備局に確認したのか、していないのでは無いのか。

 とすれば、依頼者が了承しているという主張はカモフラージュであり、甲報告書の評価における落ち度であって、ガイドラインに則っているから適正であるという主張は通らない。

E 甲報告書には、依頼日的、利用者の範囲等を勘案して不動産鑑定評価基準に則らないことに合理的な理由がない

 「依頼日的、利用者の範囲等を勘案して不動産鑑定評価基準に則らないことに合理的な理由」について、ガイドラインがはっきりと例を挙げて説明している。

 調査報告書等の発行が許されるのは、報告書を作成する前に、同じ土地を不動産鑑定評価として鑑定書を提出している場合のみである。

 これに該当しているとなると、甲報告書提出前に同じ土地の不動産鑑定書が発行されていることになる。甲報告書提出前に不動産鑑定評価され不動産鑑定書が存在していることは東京都は証明していない。不動産鑑定会社も主張していない。

 とすると、不動産鑑定評価は行われていなく、不動産鑑定書は無いということなる。甲報告書はガイドライン違反と云うことになる。

F 都有地の売却の評価は調査報告書等ではダメである

 対象地は都有地である。その売却を目的とする評価である。

 前記5.「公表される第三者又は開示・提出先に大きな影響を与えると判断される場合」の(8)で、「公有財産の使用や処分に伴うもの」は調査報告書等ではダメで、不動産鑑定書で無ければならないとなっている。

 甲報告書は、都有地を評価するのに不動産鑑定書では無く、調査報告書等である。

 甲報告書は、ガイドライン違反である。

G 金額が大きい場合は調査報告書等ではダメである

 甲報告書の金額は129.6億円である。巨額な金額である。

 前記5.「公表される第三者又は開示・提出先に大きな影響を与えると判断される場合」のなお書きで「その調査価格等の大きさ」が「大きな影響を与えないかどうかについて適切に判断」事項になっている。

 129.6億円という金額は巨額であり、大きな影響を与えるに充分な金額である。調査報告書等でなく不動産鑑定書によるべきものである。

 甲報告書は、この点においてガイドライン違反である。

H 甲報告書は裁判所提出の証拠となっている

 甲報告書は、不動産鑑定基準に則っていない価格調査のガイドラインに従った土地価格報告書で適正であると主張するが、それ等主張が正しければ、訴訟の証拠として裁判所に提出されない。

 現実としては、裁判所の証拠として提出されたということは、
     イ、内部使用で無かった。
          ロ、開示・提出先の承諾が得られていなかった。
     ハ、公表されて利用者の判断に大きな影響を与えることになった。
     二、鑑定評価基準に則らなくても良いという合理的理由は無かった。
ということになる。

 裁判に使用される事になった訳であるから、その場合は調査報告書ではダメで、不動産鑑定書で無ければならない。

 調査報告書等を提出する時点では、裁判の証拠になるとは思わなかった、知らなかったという弁明は通らない弁明である。調査報告書等にはそうしたリスクが含まれていることを充分折り込んで対処するものであり、専門家としてその推察力不足を理由にして責任を逃れることは出来ない。

 甲報告書は、不動産鑑定基準に則らない価格調査のガイドライン違反の土地価格報告書ということになる。

 鑑定評価基準違反であり、国土交通省事務次官通達違反及び局長通知違反の調査報告書等ということになり、裁判の証拠能力は無い。


8.終わりに

 不動産鑑定評価においては、価格の種類は、正常価格、限定価格、特定価格、特殊価格の4つしかない。

 限定価格は隣地買収によって併合する土地効用があるから高く買うとか、相続に伴う相続税支払いの為にどうしてもお金が必要ということで安い価格で土地を手放す場合の価格である。

 オリンピックの選手村土地価格は隣地買収でもなく、相続でどうしても換金して相続税を支払わなければならない土地では無い。

 特定価格とは、民事再生法とか会社更生法による法令等に基づいている事によって例外的に求められる価格を云う。「法令等」で求めてもよいと決められていることが条件である。

 オリンピックの選手村土地価格は、正常価格よりかけ離れた土地価格で評価するということを規程する法律、政令、東京都条例は無い。

 つまり、特定価格として正常価格とかけ離れた価格を求めて良いという法令等の根拠がない。

 特殊価格とは神社・仏閣を評価する場合に適用される価格である。

 オリンピックの選手村土地は神社・仏閣の土地ではない。

 限定価格でもない。特定価格でもない。特殊価格でもない。

 とすると最後に残る正常価格に属さざるを得ないことになる。

 つまり晴海オリンピック選手村の土地価格は、正常価格に属する土地価格と云うことになる。

 依頼者の内部における使用にとどまる場合の求める価格は正常価格である。

 公表・開示・提出される場合でも利用者の判断に大きな影響を与えないと判断される場合の求める価格は正常価格である。

 すべての開示・提出先の承諾が得られた場合の求める価格は正常価格である。

 再評価する場合の求める価格は正常価格である。

 不動産鑑定評価において限定価格、特定価格、特殊価格の不動産の価格を求める場合以外の求める価格は常に正常価格である。

 ガイドラインに価格の種類を記載する規程が無いからと云って、自分勝手に土地価格を求め、その価格の客観的適正さが存在しないにもかかわらず、適正であると一人よがりに主張し、正常価格を不適正であると主張することは許されるものではない。

 調査報告書等であるから正常価格でなくても良いと云うものでは無い。調査報告書等であっても、限定価格、特定価格、特殊価格の場合以外は正常価格を求めるものである。

 ガイドラインが何故作られたのかは、不動産鑑定士が調査報告書等名で正常価格からかけ離れたおかしな価格を適正価格であると主張していた為に作られたのである。

 正常価格とはどういう価格かと云えば、不動産鑑定評価基準は、次のごとく規定する。

 「正常価格とは市場を有する不動産について、現実の社会的経済的情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格をいう。」(平成26年改正鑑定基準 国交省版P16)

 この正常価格は、法律的には最高裁の云う「適正な時価」の概念と同じである。

 最高裁の判決は「適正な時価」について次のごとく判示する。

「適正な時価とは、正常な条件の下に成立する当該土地の取引価格、すなわち、客観的な交換価値をいうと解される。」(平成15年6月26日(平成10(行ヒ)41  固定資産課税審査却下決定取消請求事件  最高裁判所第一小法廷  判決 民集57巻6号723頁、判タ1127-276)

 つまり、正常価格=最高裁判決の「適正な時価」 ということである。

 晴海オリンピック選手村の土地価格は、正常価格で求めなければならない。

                                                            以 上


  鑑定コラム2273)
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