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554)真珠養殖産業の壊滅

 海女さんが最も多く住むという鳥羽相差での中学校クラス同窓会の翌日、朝早く相差の旅館からタクシーで鳥羽駅に向かった。

 5分、10分のタクシーの乗車時間では無かったので、運転手と世間話をしながら鳥羽駅までの時間を潰した。

 話の中で、私が驚いたことがあった。

 運転手は、少し以前まで真珠の養殖業を営んでいたというのである。

 私はそれを聞いて、一瞬耳を疑った。
 「ええっ・・・・。」
と次の言葉が出なかった。

 真珠養殖業は、鳥羽の主要産業であろう。
 その主要産業を担っていた人が、何故それをやめて、タクシーの運転手をしているのか。タクシーの運転手の職業云々と言うものでは無い。職業の落差が激しくて理解出来なかったのである。

 運転手は云う。
 「真珠養殖業は、もう駄目です。
 やっても儲かりません。
 やればやるほど赤字です。
 それでやめました。
 最近の若い人は、真珠を買ってくれません。
 それに安い中国産が市場を奪い、売上高は減る一方でした。
 今年で、養殖業者は1/3位に減るのでは無いかと思います。」

 「1/3に減るとは、全盛期の頃に比較して1/3になると云うのですか。」
と私は聞き直した。

 「イヤ、イヤ。今年一年です。
 昨年と較べて今年は1/3になると云うことです。
 それだけ業界の状況は悪いのです。」
と元真珠養殖業者のタクシー運転手は云う。

 「そんな・・・。
 それでは鳥羽の真珠養殖産業は無くなってしまうのではないですか。」
と私が聞けば、それを肯定するごとく、あっさりと、

「そうなるかもしれません。
 生き残るのは、じぃチャン、ばぁチャンの二人で細々とやっている家内業者だけでは無いのかな? 」
と、運転手は云う。

 そして付け加える。
 「日本は、真珠を「匁」で計るのですが、中国は「貫」で計ります。
 とても太刀打ち出来ませんわ。
 品質は日本の方が断然良いのですが。」

 タクシー運転手の衝撃的な話を聞いて、私は呆然としてしまった。

 豊かな真珠養殖業界とばかり思っていた。

 タクシーの運転手の話したことは、本当であるのかと思い 、自宅に帰り調べてみた。

 農林水産省の調査発表のデータによれば、平成18年の全国の真珠の生産量は、26トンである。

 そのうちの生産量割合は、下記の通りである。

          愛媛     31%
          長崎     31%
          三重     23%
          佐賀      4%
          熊本      4%

 愛媛県が、日本の真珠生産高のトップ県である。
 宇和島が、その中心地のようだ。

 三重県は23%で3位の生産高である。
 その生産高は、

      26トン×0.23=5.98トン≒6トン

である。

 真珠の生産高が最も多かったのは、昭和40〜42年の間で、その間の全国の真珠生産高は、
            昭和40年     114トン
            昭和41年     130トン
            昭和42年     122トン
である。

 その後、昭和49年には29トンまで激減する。

 平成5年に72トンまで盛り返すが、その後はジリ貧になり、平成18年は26トン、平成19年は27トン、平成20年は25トンである。

 三重県の真珠生産高の最も多かった年と生産高は、昭和40年、41年の51トンである。

 真珠生産高51トンを誇っていた三重県も、
              平成18年    6トン
              平成19年    6トン
              平成20年    5トン
と、最盛期の1/10まで落ち込んでいる。

 これに比し、中国の真珠生産高は、
         2007年   1600トン
である。
 2008年は水害により減少し、1400トンになるであろうという。

 日本の真珠生産高は、中国の生産高に対して、平成19年(2007年)で見れば、

         27トン÷1600トン=0.017

1.7%にしか過ぎない。

 元真珠養殖業者のタクシー運転手の云うことは、どうやら真実のようだ。

 新規の雇用の増大、就業機会の創出をと声高く叫ぶが、足元の日本が創り上げた貴重な産業を衰退させ、無くしてしまおうとしているのでは、日本の経済産業政策はどこかおかしいのではなかろうか。

 日本の真珠産業が最盛期だったのは、どうも私が大学を卒業する頃のようである。
 それ以降、衰退の道を歩んでいるようだ。

 「クレオパトラの真珠」とまではゆかなくとも、真珠の世界はどこへ行ってしまったのか。


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