○鑑定コラム
フレーム表示されていない場合はこちらへ
トップページ
田原都市鑑定の最新の鑑定コラムへはトップページへ
前のページへ
次のページへ
鑑定コラム全目次へ
日本銀行が、2012年5月20日現在の日銀券の発行額を発表した。
80.04兆円である。
1年前の2011年5月20日現在は、78.56兆円である。
80.04
────── = 1.0188
78.56
1年前と較べて1.88%日本銀行券の発行は増加している。
過去2000年から調べて見ると、下記の通りである。
平均日銀券発行高は、日銀の発表の各年1月〜12月現在の発行高を加算して、12で割った数値である。田原の計算による数値である。
平均日銀券発行高 対前年比
2000年 548389億円 −
2001年 587543億円 1.071
2002年 664583億円 1.131
2003年 701103億円 1.055
2004年 715020億円 1.020
2005年 736324億円 1.030
2006年 744033億円 1.010
2007年 754389億円 1.014
2008年 760537億円 1.008
2009年 764627億円 1.005
2010年 771516億円 1.009
2011年 792805億円 1.028
2000年以降、日銀券の発行は、対前年比で常にプラスである。即ち、貨幣量は毎年増加している。
しかし、現在の日本経済のこの停滞、閉塞感はどうしたことであろうか。
貨幣数量説で考えれば、貨幣量が増えれば、貨幣の価値は下がるが、物の価格は上がる。
物の価格が上がれば、生産者企業、販売者企業の収入は増える。
生産販売企業の収入が増えることは、そこの労働者の賃金も上がり、消費も活性化され、経済は良くなるということになるのであるが。
現実は、円の価値は円高で上がっている。
そして物の価格は下がっており、労働者の収入は減り、デフレで不景気である。
どこかおかしい。
国債保有高に対する日銀券発行の割合を見ると、下記の通りである。
平均国債保有高の計算も、前記した日銀券発行平均高の求め方と同じである。田原の計算による数値である。
平均日銀券発行高 平均国債保有高 日銀券/国債
2000年 548389億円 620673億円 0.884
2001年 587543億円 681361億円 0.862
2002年 664583億円 844396億円 0.787
2003年 701103億円 891500億円 0.786
2004年 715020億円 948022億円 0.754
2005年 736324億円 978654億円 0.752
2006年 744033億円 860924億円 0.864
2007年 754389億円 740605億円 1.019
2008年 760537億円 671033億円 1.133
2009年 764627億円 677067億円 1.129
2010年 771516億円 754716億円 1.022
2011年 792805億円 820841億円 0.966
2007年、2008年、2009年は国債保有高をオーバーして、日銀券は発行されている。
2007年とは平成19年である。
不動産ファンドバブルの絶頂期である。
景気は上向いていた。
不動産ファンドバブルが、日銀の国債保有高に対する日銀券の発行高割合という側面よりも立証されることになる。
不動産ファンドバブルの時間も短く、平成20年9月のリーマンブラザーズの倒産で、日本経済は痛めつけられる。
それから立ち直ったかに見えた時、今度は東日本大震災で日本経済は大打撃を受けてしまった。
国債の保有金額をオーバーした日銀券の発行は、不動産ファンドバブルという現象を引き起こしたが、日本経済を活性化させるということを教えてくれた。
上記日銀券発行高と国債保有高の関係を見ると、何だか国債保有高を指標にして、日銀券の発行高が決められているように、私には見える。
日銀券の発行高を国債保有高で決めるという政策が適正か、私には疑問である。
貨幣の適正発行高と云うものは、それとは違った尺度で判断され、決めるべきものではなかろうか。
ちなみに、2012年5月20日現在の日銀の国債保有高は、92.26兆円である。
その時の日銀券の発行高は、80.04兆円である。
日銀券の発行高は、国債保有高以下にある。
鑑定コラム507)「不動産業の業況の分水嶺は2007年7月だった」
鑑定コラム1238)「日銀の国債保有高が凄まじい」
▲
フレーム表示されていない場合はこちらへ
トップページ
田原都市鑑定の最新の鑑定コラムへはトップページへ
前のページへ
次のページへ
鑑定コラム全目次へ