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気になっていた判決があった。
やっとその判決文が手に入った。
東日本大震災後3年目という節目もあり、判決文が手に入ったこともあり、気になっていた判決についての話を、月一回行っている田原塾(田原会とも云う)の2014年3月の会で話す事にした。
田原塾は、賃料の話を私が1時間程度話し、後は懇親会と云う会合でかれこれ2年続いている。参加者は中堅どころの不動産鑑定士達である。女性鑑定士も4〜5人常に出席されている。
幹事の努力あって、会は存続している。
家賃の評価の話は終わり、現在は地代の話に入っているが、地代の話も後1回程度で終わりそうである。
賃料の話が一巡したら、再度賃料の話をすることになるかどうかは、幹事の方におまかせしている。
その田原塾で話した判決に関する講話録に少し筆を入れて、話の内容を鑑定コラムに記す。
田原塾の講話では、参加者に32頁にも及ぶ判決文のコピーを配布し、判決文を読みながら評論していった。
建物耐震化工事を明渡立退の正当事由に認めるという画期的な判決が、平成25年3月28日に東京地方裁判所立川支部民事第3部(平成23年(ワ)第162号建物明渡等請求事件 三村晶子裁判長)でなされた。
事件の概要は、次のごとくである。
独立行政法人都市再生機構(通称UR)が、その所有する東京都日野市程久保にあるRC造11階建の賃貸共同住宅(204戸)の耐震化に伴い、当初は耐震化として耐震改修工事を考えていたが、その改修工事費の金額を算出したところ、75000万円の費用がかかることが分かった。
そしてその工事をすることによって賃貸住宅、賃貸施設の機能や使用価値が大きく損なわれる事が分かった。
そうしたことが分かったため、改修工事を止め、解体撤去した方が良いと判断した。
入居者に身の危険が及ぶ賃貸建物を除却するため、賃貸入居者に退去を求めた裁判である。
建物は、昭和45年築のRC造11階建、賃貸住宅204戸の建物である。築後43年経過している。
耐震化が必要かどうかの判断するのは、一級建築士の構造計算の耐震診断を経て、その結果によって行われる。
その耐震診断で最も大きなウエイトを持っているのが、Is値と呼ばれる数値である。
Is値とは、構造耐震指標の数値をいう。
Is値と建物倒壊の危険性の関係は、次のとおりである。
震度6〜7程度の地震に対してIs値は、次のごとくの状態をいう。
Is値が0.3未満 倒壊又は崩壊する危険性が高い
Is値が0.3以上0.6未満 倒壊又は崩壊する危険性がある
Is値が0.6以上 倒壊又は崩壊する危険性が低い
判決によれば、本件共同住宅(「当該建物」と呼ぶ)の建物のIs値の最小値は0.26である。
つまり当該建物は、「倒壊又は崩壊する危険性が高い」建物と診断されたのである。
震度6〜7の地震が来た場合、当該建物は倒壊すると認定されたのである。
建物が倒壊すれば、そこに居住している人々は、生命の危険にさらされることになるということである。
そうした状態の当該建物を放置することは、裁判官として見逃すことは出来ないと判断し、画期的な判決を下した。
判決は次のごとく述べて、耐震工事による建物明渡立退の正当事由を認めた。
「原告のした除却の判断について、耐震改修をしない限り耐震性に問題があるところ、かかる場合に、どの様な方法で耐震改修を行うべきかは,基本的に建物の所有者である賃貸人が決定すべき事項であり、その結果、耐震改修が経済合理性に反するとの結論に至り、耐震改修を断念したとしても、その判断過程に著しい誤びゅうや裁量の逸脱がなく、賃借人に対する相応の代償措置が取られている限りは、賃貸人の判断が尊重されてしかるべきである。」
本判決が画期的な判決であることは、耐震化工事が必要な建物に対して、明渡立退の正当事由を認めたことである。
その正当事由の成立する要件は、次の4つが挙げられている。
イ 耐震改修しない限り耐震性の問題があること。
ロ 耐震改修を行うべきか否かは、所有者である賃貸人の決定事項である。
ハ 耐震改修工事が経済合理性に反するとして耐震改修工事を止めて、除却工事をすることになったとしても、その判断過程に著しい誤謬や裁量の逸脱が無ければ、賃貸人の判断は尊重されるべきものである。
ニ その際には、賃借人に相応の代償措置が取られていること。
上記条件が充たされておれば、建物耐震化工事に伴う明渡立退要求に正当性があることになる。
判決は代償措置について、次のごとく云う。
「除却という判断は、居住者に対し必然的に本件号棟からの立ち退きを余儀なくするものであるから、相応の代償措置を講じることによって、更新拒絶による明渡請求についての正当理由が補完されるものといえる」
(その方法)
イ 類似物件の移転先斡旋
ロ 移転費用の補填
ハ 移転先の家賃の補助
URが高幡台団地の当該建物住人に対して行った移転補償費は、判決文の中で明らかにされており、下記のとおりである。
URが管理する賃貸建物以外へ住み替える場合の金額である。
イ 移転補填額 1,000,000円・・・・・借家権価格相当
ロ 移転費 789,000円・・・・・移転費用
計 1,789,000円
明渡立退料=借家権価格+移転費用
明渡立退料は、借家権価格イコールでは無く、借家権価格のほかに移転費用も含むものであると云うことが、URの明渡立退料の構成を見ればわかる。
本判決は、訴訟当事者の建物賃貸人には金銭の給付を判示していない。
判決主文は、次のごとくである。
「(1) 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。
(2) 被告は、原告に対し、*年*月*月から、上記明渡し済みまで、1ヶ月*円の割合による金額を支払え。」
原告は、賃貸人であるURである。
被告は、高幡台団地の当該建物に入居している賃借人である。
判決主文のうち、判決主文(1)は、明渡立退料の支払い不必要の明渡立退判決である。
つまり賃借人側完敗の判決である。
判決主文(2)は、賃貸借契約終了日の翌日から建物明渡日まで毎月賃料の1.5倍の損害金を賃借人は支払えという文言のものである。
そしてこの判決には、仮執行文がついているのである。
賃借人には甚だ厳しい内容の判決である。
訴えたのが政府系URであるからそうした判決が出されたという人がいるかもしれないが、「法の前の平等」にあっては、その主張は通らないであろう。
この判決は、過大な借家権価格の評価に抑制を掛けている判決とも受け取れる。
賃借人は、不随意による立ち退きであるといって、賃貸人に過大な借家権価格を要求することは認められなくなろう。
賃貸人も不随意の建替をする責務を負わされつつある。
賃借人も耐震化建物促進の責務の1/2程度の協力をしても良いと私は思う。
阪神大震災、東日本大震災の教訓から、政府、地方自治体が震災対策の緊急性が必要と考え、法改正、条例を作り、耐震化を進めている。
今迄とは耐震化に対する考えが大きく変わりつつある。
東京都は、平成17年に改正された「建築物の耐震改修に関する法律」(「耐震法」)のほかに、地震が生じた時の主要都道沿の建物が倒壊し、その倒壊建物によって都道の通行が妨げられることを防ぐ為に、「東京都における緊急輸送道路沿道建築物の耐震化を推進する条例」(「緊急輸送道路耐震化条例」)に従って、耐震化を行おうとしている。
都道沿の建物の耐震化工事が急速に進められている。
ビルの耐震化を進める上で、ネックになって居るのが、賃借人への明渡立退料の問題である。
ビル入居者の賃借人が明渡立退になかなか応じてくれないので、賃貸人所有ビルの耐震化工事が行うことが出来ないという状態が見うけられる。
不動産鑑定士は、積極的にその問題解決に協力すべきであろう。
地価公示価格や固定資産税土地評価にばかり目が行き、それに安住し、満足していてはダメである。
明渡立退料の不動産鑑定の需要が目の前にあるのである。
誰も明渡立退料の評価の仕方を自分に教えてくれないと云っていては、ダメである。
と言って、我流で評価して、とんでもない明渡立退料を鑑定して、紛争をこじらせてもらっても困る。
説明した画期的なUR日野高幡台団地明渡立退料判決を、裁判長の名前を取って「明渡立退の三村判決」と呼んでおこうか。
(2014年3月13日の田原塾の講話のテキストに一部手を加えて)
鑑定コラム1124)「利回り法賃料の講話」
鑑定コラム1119)「賃料の変動率に優るスライド法の変動率は無い」
鑑定コラム859)「明渡し立退料の鑑定」
鑑定コラム1231)「立退料考1」
鑑定コラム1264)「立退料考2」
鑑定コラム1384)「住宅生産団体連合会の戸建住宅の平均建築費はu当り25.6万円」
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