142)固定資産税建物基準で求められた建物価格は本当の適正な時価か
バブル経済時に建てた中古事務所ビルを購入した人が、取得した建物の固定資産評価額をみて、あまりの高さに驚いてしまった。
購入した事務所ビルの売買価格から、土地価格を控除した金額を建物の市場価格とすれば、その市場価格である建物価格と比較すると、当該建物の固定資産税評価額は著しく高いのである。
1割、2割程度の高さではない。
「こんなに高い価格を前提にして、建物の固定資産税を支払わなければならないことはとても納得出来ない。建物の市場価値に見合った適正な時価に対する課税ならば納得する。裁判で建物の適正な価格を争いたいが、田原さん、建物の鑑定評価してくれるか」
という相談を受けた。
現在の推定再調達原価及び売買契約書と建物課税評価額を見比べて検討すると、確かに建物の課税評価額は甚だ高すぎる。
依頼者は既に弁護士と相談して来ていたが、依頼者に、
「税金徴収者を相手に裁判することは、大変な時間と労力そして費用がかかるが、その点は大丈夫か。
もし鑑定評価するとすれば最善の努力はするが、結果は自分に有利な判決が出されるか分からない。
徴税権は、軍事力、警察力と並ぶ国家権力そのものである。
一つの課税がおかしいと言うことになると、それは全国的に影響が及ぶことから、課税側は課税の正当性を猛然と主張してくる。
加えて、日本の裁判官の中には、全部とは云わないが、時として、行政性善説で、行政は悪いことをしないという予断を持っている裁判官もいるから、なかなか勝訴する事は難しい。
課税が国家権力であるが故に負ける訳にはいけないという裏の理由があることか知らないが、不可思議にも、裁判所から研修と称してか定かでないが、裁判官の職にあった人が臨時に課税側に出向して課税側の代理人になって論陣を張って来る場合もある。
それらを相手に行政裁判を起こすことになるから、もう一度弁護士とよく相談したら」
と依頼者に説明した。
裁判は喧嘩である。
喧嘩には負けたくないから、勝つためにはどういう方策を取って不動産鑑定したら良いのか、かつ、鑑定を引き受けるべきか否か迷っていた。
そうして悩んでいる最中に、最高裁判所の建物固定資産税の判決が飛び込んできた。
その判決を読んで、私は頭を抱え込んでしまった。
固定資産税の建物価格は、総務省の建物評価基準による家屋の再評価建築評点数に、減点補正率を用いて、所要の評点当り価格を乗じた価格を、建物価格とする。
この建物価格に、固定資産税率を乗じて建物の固定資産税を決定している。
平成15年7月18日最高裁判所第二小法廷(北川弘治裁判官裁判長 平成11年(行ヒ)第182号審査決定取消請求事件)は、固定資産評価基準に従って決定された家屋の価格は、特別の事情によって適切に判定することが出来ない事情がない限り、違法性はないという判断を示して原判決を破棄し、原審(札幌高裁平成10年(行コ)第21号)に再度審議をせよと差し戻してしまった。
原審に差し戻したということは、最高裁の考え方と原審の考えは違っており、最高裁の考えに従えということと同じである。
案件は、北海道の伊達市の建物の固定資産税評価額3008万円余は高く適正価格でない。それによって求められた固定資産税は不当であるといって、税金支払側の人が、課税者の伊達市を訴えた事件である。訴えた申立人側は、適正時価はB不動産鑑定士による評価額2606万円余が適正な時価であると主張した。
原審札幌高裁は、B不動産鑑定士の評価額が適正時価であると認定した。
これに対し、課税側の伊達市は上告し、前記のごとく、最高裁の判決が出されたのである。
最高裁の判決は次のごとくいう。
「伊達市長が本件建物について評価基準に従って決定した前記価格は、評価基準が定める評価の方法によっては再建築費を適切に算定することができない特別の事情又は評点基準が定める減点を超える減価を要する特別の事情の存しない限り、その適正な時価であると推認するのが相当である」という。
「B鑑定を採用した評価方法からは、本件建物には特別の事情があるとは認めることが出来ず、原審も特別の事情について首肯するに足りる認定説示をしていないから、法令違反であり、原審の判断を認めることは出来ない」と判示するのである。
つまり、総務省の建物の評価基準のうち、
@ 再建築費を適切に算定することができない特別な事情
A 評価基準が定める減点補正を超える減価を要する特別の事情
がない限り、総務省の評価基準によって求めた建物価格は適正な価格であり、それが適正な時価であると最高裁は判示するのである。
しかし、最高裁は、この総務省の建物の固定資産評価基準で求められた建物価格を、建物の適正な時価だと云うが、果たして、総務省の建物の固定資産評価基準で求められた建物価格を、適正な時価と断定してよいのであろうか。
総務省の基準によって求めた再調達原価が、真に、その賦課時点で建物を再建築する場合の建築費にイコールであるのか。
特に問題となるのが、バブル経済時に建てた建物の課税評価額である。
建築費はバブル崩壊後、不動産不況、建設不況を反映して急激に低下している。1年前の建築費と1年後の建築費ですら少なからずの開きがある。
その建築費の変動が、正しく、総務省の評価基準の再調達原価の求め方に反映されているものかどうか。
減価修正にしても設備の技術向上はめざましく、それに伴う、建物の機能的な陳腐化も早く、60年の耐用年数の建物も、実際には40年で建替えざるを得ないのが現実である。そうした現実を反映して、建物の価格が求められているのであるのか。
右肩上がりの建築費を前提にして造られていると思われる現在の総務省の建物固定資産評価基準で求められた建物価格が、建物の適正な価格であり、右肩下がりの建築費の現状を全く無視して、特別な事情の場合以外には認めない、というごとくの判断を最高裁に示されてしまっては、建物の固定資産税の「適正な時価」については、もはや課税側に対して不服申立が出来なくなってしまう。
「特別な事情」があるから、不服申立が出来るのでは無いかという反論は当然有ろうが、それは言葉の綾であって、「特別な事情」であると言って認められるものは、まず無いと考えるのが常識であろう。
当該案件は「特別な事情」に該当しませんと云われれば、それでおしまいである。
下級裁判所の判断は、最高裁の判断に従うことが裁判の大原則であることから、下級裁判所に建物の「適正な時価」の不当性を申し立てても、この最高裁の判例によって、全て敗訴となってしまう。
「国の決めたのが正しく、文句いうな」というがごとくである。
本件申立人側の建物の評価内容がどういうものであったかわからないが、賦課期日時点における当該建物の再調達原価を求めるのに際し、一級建築士に設計図書を再現作成してもらい、それに基づいて建築積算士が積算した金額を再調達原価とし、実際の建築時以後の経年減価、機能性減価、観察減価を適正に行って求めた建物価格を1つの価格とし、他方、その建物から得られる賃料による収益還元法から、建物に属する利益を資本還元して建物価格を求め、加えて、類似の土地・建物の取引事例と比較し、土地価格、建物価格と配分して得た建物価格を求める。
これら3つの手法から求められた建物価格を調整して、求められた建物価格こそが「適正な時価」を示す建物価格ではなかろうかと私は思う。
最高裁の差し戻し判示は、上記のごとく求められた建物の価格をも否定するものであろうか。
もしそうであれば、建物の「適正な時価」というものは、総務省の建物評価基準絶対と言うことになってしまう。
課税建物評価額が、市場が形成する「適正な時価」の2倍、3倍と高くても、それが建物の「適正な時価」であり、その評価額で建物の固定資産税を支払うのが「合法的」であり、国民の納税義務であるということになってしまう。
具体例で説明すれば、バブル経済の12年前頃に、5億円の金額で建てた建物の現在の建物固定資産課税評価額が、4億円であったとする。
その建物を現在建てるとすると、3億円の金額で、充分建てることが出来るとする。
12年経過した中古の建物の課税評価額が、新築建物の価格よりはるかに高いのである。
この新築価格より高い4億円が建物の固定資産税の評価額となり、これで税金が計算され、課税されるのである。
不動産の価格現象として、建物価格にあっては、新築の状態が最高の価格であり、経年に従い建物価格は安くなる。中古建物価格が新築建物価格をオーバーする事はあり得ない。
建物固定資産評価額では、この不動産経済原則が否定され逆転現象を起こしても、課税評価理論として正しいと主張するのである。現実の市場経済が作り出す価格形成現象を無視して、課税理論が存在することになる。
上の例で云えば最高3億円、現実は2億円に近い価格であるのにも係わらず、4億円が適正であり、その価格に対して課税する事に対して文句云うなと云うごとくである。
この様な理論構成が罷り通って良いものかどうか。
不動産取引価格の公開制度の実現化によって、建物の市場価格の姿が多くの人々に知れ渡ることになる。
その時、建物の課税評価額は、取引価格の公開によって、明確な証拠を突きつけられ、無言の反撃を受けることになるのでは無かろうか。
私は、建物の評価の依頼を受けるべきか否か、頭を抱えてしまったのである。
(追記) 平成25年10月6日 アクセスから見る固定税への不信
アクセス記事の殆どが過去数年前の記事であるが、最近の記事でアクセスが多いのは、固定資産税に関するもので、「車返団地事件」と、「需給事情」に関する記事であった。鑑定コラム1101)、1103)、933)である。
「需給事情」の関心に伴ったのか9年前の2004年1月に発表した建物価格の課税価格に関する鑑定コラム142)と、ゴルフ場の固定資産税に関する鑑定コラム174)のアクセスも目立った。
固定資産税納税者は勿論のこと、課税する側の各市町村の固定資産税税務課も興味を持ったことからアクセスが増えたのか。
これら固定資産税に関する記事へのアクセス傾向から判断すると、人々の固定資産税への厳しい目が、課税する役所側に注がれつつあるのではなかろうかと思われる。
固定資産税に関する訴訟を2件税務課が抱えたら、税務課はまず間違い無くパンクし、税務の事務は確実に滞り、税務課員の増員が必ず必要になる。
裁判関係の為の訴訟の書類造りは、半端な仕事ではない。
課員からは、何のためにこんな仕事に時間を割かなければならないのかという不満が必ず発生する。
増員の課員の給料はどこから?
代理人弁護士の費用はどこから?
訴訟関係の出費は大変な金額になる。
それが3〜4年続く。
それらの費用は、全部税金である。市民、町民は怒るであろう。
「車返団地事件」については、不動産鑑定士の責任は重く、深く反省し、不動産鑑定士は専門家として襟をただす必要があろう。
俺には関係ないょとせせら笑っていると、納税者住民から不当鑑定で国交省に措置請求されることになりかねないょ。
( 鑑定コラム1125)から一部転載)