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146)ある大学教授の最後の講義

 大学教授の最後の講義を聴くために、仕事を放っぽり出して、自宅より2時間半の時間をかけて、西千葉にある千葉大学の法経学部105号の階段教室に駆けつけた。2004年1月20日のことである。

 それは、千葉大学を停年で退官する丸山英気教授の最後の講義を聴くためであった。

 自分の母校の教官の退官最後の講義には押しかけず、特に教えを受けた訳でもない人の最後の講義を聴くために押しかけるという、やや矛盾した行動を自らしているのである。

 およそ40年前、分厚く長い机のいたる所に、「盛岡中学」とか「鳥取中学」というごとく出身中学の名や、「されど我が人生」のごとくの言葉など、種々の落書きが刻んであった旧制第四高等学校の赤レンガ建物の階段教室で授業を受けて以来、40年ぶりに、違った大学であるが、階段教室という教室で大学教授の講義を聞いた。

 学生は既に前の時間に、授業として丸山教授の最後の講義を聞いていたのか、少なかった。
 最後の講義の聴講生は、大学の関係者、OB、他大学の教授、そしてかって丸山教授の教えを受け、今は社会人になっている人々であろうか、多くの社会人の方も来ていた。
 教授のドイツ留学以来の友人であるドイツ人学者も来ていた。ドイツから駆けつけられたのか定かでないが、これが大学教授最後の講義の重みかと感じた。

 私が初めて丸山英気という学者の名前を知ったのは、私が不動産鑑定士になり、開業して、家屋の賃貸借契約に伴う「礼金」について、疑問を持ち、その法律的性格とはどういうものか知りたくて、多くの不動産関係の本を読んだが、私の疑問について明確に答えてくれる書物はなかった。

 その中で唯一、丸山英気という新進気鋭と思われる若い法律学者が、「礼金」の法律的解釈について言及していた書物を目にした。
 その時に初めて、「丸山英気」という学者の名前を知ったのである。
 私の若い頃であり、かつ丸山教授も若い頃であったのではないかと思う。

 最後の講義内容は、教授の千葉大学20年間、否、学者として、研究した内容を凝縮した中味の濃いものであった。
 1つ1つ研究の内容を簡潔に話された。
 短い言葉の中に研究のエッセンスが込められていた。

 日照権の研究に始まり、欠陥マンション、そしてマンション法へと研究の課題が広がって行く。
 空中権にも早くからとり組まれている。

 マンションの駐車場専用使用権についても、研究されていた。
 その研究項目の話を聞いた時、自分の鑑定の仕事をすぐに思い出した。

 それは分譲マンションの専用駐車場の土地価格の評価であった。
 相当前の話である。
 分譲マンション業者が、マンション敷地を、マンションを建てたのち分譲するまでの間に、建物の建っている部分と建物の建っていない部分に分筆してしまい、建物の建っていない部分の所有権を会社名義に残し、そこを専用駐車場として貸していた。

 分譲マンション購入者は、
 「それはおかしい。専用駐車場の土地は、分譲マンション取得者の共有地である。」
といって、その土地の所有権移転請求と、駐車場収入の共益費算入を要求し、一方分譲会社は所有権を盾にして、双方が争っていた事件であった。

 どういういきさつで鑑定する事になったのか忘れたが、その専用駐車場の土地価格を鑑定することになり、私が行うことになった。
 裁判官に、
 「その専用駐車場はマンション敷地を形成しているものであるから、マンション敷地全体の一部の土地の価格として評価するのか、それとも、単独画地として、それぞれ評価するのか。」
と評価条件の確認を求めたところ、
 「それらを含めて全ての判断は鑑定人にまかす。」
と裁判官はいう。

 つまり裁判官は逃げてしまい、鑑定人に判断を全てまかせてしまったのである。
 「それはないだろう。」
と思ったが、仕方が無く、自分でマンションの駐車場専用使用権について、判例や、文献を調べて評価したことを思い出した。

 鑑定評価で価格をどのようにして求めるか、私が呻吟していた時、法律面においては、丸山英気教授は、学者として研究対象にしていたのである。
 講義を聴いていて、同じ問題について、別の面でとり組んでいたのかと知ったのである。

 教授はドイツに留学していた為か、ドイツを例にして、日本のマンションの管理は、管理組合(理事長)だけが主体であるとすべきでなく、区分所有者の希望があれば、プロの管理者が直接管理できる案もつくっていくべきだという。

 マンション円滑法の成立に関係されたこともあるのか、団地の建て替えにも言及され、順次建替することの難しさを話され、団地の研究は未開拓の分野という。
 それは、日本独特の土地と建物の所有権の分離があることが原因という。

 定期借家権については、その成立に尽力された法学者の一人であるが、定期借家権について、法律学者反対、経済学者賛成の図式の中で、法律学者としてその法案成立に相当苦労されたようである。

 丸山教授が苦労して定期借家権の法律が出来たことにより、不動産の証券化、SPCの設立が可能になり、Jリートがあるのである。これらは定期借家権という法律制度が無ければ実現しなかったものである。

 この他、丸山教授の働きは多岐に渡り、現在はマンション法、不動産法の第一人者の存在になっている。しかし、教授は謙虚にも、
 「素材に近いところにいたことにより、悩んでいる人々の悩みを法律家に伝える役目をしたにすぎない。」
という。

 法律家として法律家に伝える役目どころか、実際を知らないことの多い法律学者に、実際の状況を知らしめ、人々が苦しんでいることを法律面から解決するためには、法律学者はどう行動すべきかを率先して行ったことが、丸山英気教授の素晴らしさである。

 丸山教授は、2004年4月より中央大学の法科大学院(ロースクール)の教授になられるとのことである。
 

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