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1688)涙をこらえて三男が唄う「星のフラメンコ」

 NHKの朝の連続テレビ小説『ひよっこ』(岡田恵和作・脚本) が良い。朝の連続テレビ小説として傑作の部類に入る作品である。

 昭和40年、41年頃の東京を舞台にして、北茨城の農家に生まれ育ち、地元高校を卒業して上京して来た3人の同級生(女2人、男1人)が、社会人の大人になっていく姿を描いているドラマである。

 主人公は、谷田部みね子(有村架純)である。女友達が時子(佐久間由衣) 、男友達が三男(泉澤裕希) である。

 三男は、俳優志望の時子にほのかな恋心を持っていた。

 その時子が、当時日本で突然はやった英国のモデルツイッギーフアッションの「ツイッギーそっくりコンテスト」に挑戦することになった。

 その様なコンテストがあったかどうかは、私は知らないが、そのコンテストに時子は出て、優勝してしまった。

 俳優になることが夢であった時子が「ツイッギーそっくりコンテスト」に優勝したと云うことは、それは、時子はフアッションモデル及び大女優への道を確実に登りはじめたということである。

 三男にとっては、時子は、自分の手の届かぬ世界に行ってしまうことになる。

 三男は、コンテスト会場で時子のコンテスト優勝を見届け、時子の優勝を祝福しつつも、自分の恋がはかなく消えていく思いを引きづりながら帰路につく。

 そして、時子が自分から遠く離れて行ってしまう寂しさに涙をこらえながら、唄い出す。

  ♪♪
    好きなんだけど 離れてるのさ
    遠くで星を みるように
        ・・・・・・・
       ・・・・・・・
    君は僕の心の星 君は僕の宝
        こわしたくない なくしたくない だから
        好きなんだけど 離れてるのさ
      ・・・・・

 西郷輝彦が唄った「星のフラメンコ」という曲である。

 作詞・作曲は、「ハマクラ」の愛称で親しまれた浜口庫之助氏である。

 昭和41年(1966年)に大ヒットした曲である。

 三男が「星のフラメンコ」の歌を唄いだした時には、私はびっくりした。

 確かに昭和41年頃に、鼻にかかった声で西郷輝彦が歌っていた。

 「星のフラメンコ」の歌詞をなぞってみると、三男の気持ちを、まさに代弁する歌詞である。

 三男の気持ちを代弁する如くの歌詞の歌を、ここで三男に歌わせるという岡田恵和氏の脚本の見事さに驚き、かつ脚本とはこうして作りあげるものなのかと脚本の作り方に敬服する。

 連続テレビ小説『ひよっこ』は、涙をこらえて「星のフラメンコ」を唄いあげる三男のシーンで傑作の域に達した。

 岡田恵和氏は優れた脚本家だ。

 フラメンコ調の当時にとっては珍しい音曲であり、メロディと歌詞を今でもはっきりと覚えている。

 一つのフレーズが終わる度に、チャチャチャとつぶやき、小さく手拍子を耳の上で取りたくなる曲である。

 その歌が流行った昭和41年私は何をしていたのか。

 私が大学卒業して初めて、日本の首都、東京に出て来た年である。

 右も左も分からないと云うが如く、東京の丸の内側と八重洲側が分からなかった。

 そして、「秋葉原」を「あきばはら」と読んで笑われたことを思い出す。

 四谷駅で降りて、未だ木造2階建の建物が多かった麹町の大通りを歩き、江戸城(現皇居)の半蔵門を初めて見た時は、これが服部半蔵が門番をしていた処かと感慨にふけった。半蔵門を見上げ、しばらく半蔵門の前に佇んでいたことを思い出す。

 歌は世につれ、世は歌につれてであろうか。

 昭和41年(1966年)とは、どういう年であったか。 ネットのウイキペディア等で調べて見た。

 出来事では、下記である。

 ・全日空機が羽田沖で墜落し、133人全員が死亡した。

 ・新国際空港建設地を千葉県成田市三里塚に決定した。これから長い成田空港闘争が始まる。成田空港は開港したが、今なお闘争は続いている。何故成田などと東京から遠い所に国際空港を開設したのか。東京ディズニーランドの場所にすれば良いものを。

 ・ビートルズがやって来た。「レット イッツ ビー」、「イエスタディ」の曲が脳裏をかすめる。

 ・日本でメートル法が完全施行される。尺貫法の使用が禁止されたのである。

 流行った歌は、私が今でも口ずさむ歌がある。

 先ずテレビドラマ『若者たち』の主題歌であった「若者たち」(ザ・ブロード・サイド・フォー)である。

 次いで、「星影のワルツ」(千昌夫)、「星のフラメンコ」(西郷輝彦)、「霧の摩周湖」(布施明)、「柳ヶ瀬ブルース」(美川憲一)、「恍惚のブルース」(青江三奈)、「夢は夜ひらく」(園まり)、「バラが咲いた」(マイク真木)等がある。

 沢山の歌謡曲がヒットした年であった様だ。


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