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2290) まだ、借地権付建物価格を基礎価格にする不動産鑑定士がいる

1.はじめに

 名前は良く知っていたが、お会いしたことが無い著名な弁護士から、ちょつとこの鑑定書おかしいでは無いのか見て欲しいと鑑定書が送られて来た。そして意見書を書いて欲しいと頼まれた。

 継続賃料(継続家賃)の鑑定書であった。裁判所の鑑定人不動産鑑定士作成の鑑定書(以下「A鑑定」と呼ぶ。)であった。

 弁護士がおかしいと云うのも、もっともであった。

 借地権付建物の賃料算定の基礎価格を、借地権付建物価格にしていた。

 更地価格に借地権割合70%を乗じて借地権価格を求め、その借地権価格に建物価格を加算した価格を基礎価格にしていた。

 基礎価格が基本的に間違っている。

2.基礎価格とは

 基礎価格とはどういうものかについて、不動産鑑定評価基準(以下「鑑定基準」と呼ぶ。)は、次のごとく規定する。

 「基礎価格とは、積算賃料を求めるための基礎となる価格をいい」(平成26年改正鑑定基準 国交省版版P32)

と規程する。

 即ち、賃料を求める基礎とする価格をいう。賃料評価において、価格評価には無い「基礎価格」という用語を用いて鑑定基準が特別に規程することはそれだけの意味がある。

3.借地権付建物価格を基礎価格にするのは間違い
 
@ A鑑定の基礎価格

 A鑑定の基礎価格は、
      借地権価格+建物価格=基礎価格
であった。

A 借地権付建物価格を基礎価格にするのは間違い

 借地権付建物価格を基礎価格にするのは間違いであるのは次の要因による。

 イ、賃料の違いは無い

 建物賃借人が支払う賃料は、借地権付建物の賃料の場合も所有権土地建物の賃料の場合も賃料は同じである。

 ロ、借地権付建物の期待利回り

 借地権建物価格を基礎価格にした場合は、基礎価格に乗じる期待利回りは、借地権付建物という類型による期待利回りにしなければならない。

 それは同類型の不動産の期待利回りにしなければならないからである。

 A鑑定の採用している期待利回りは、次のごとく述べる。

 「本件では下記利回りを参考に不動産の地域性、個別性、国債の利回りの数値、国土交通省・地価公示で採用している数値(甲市商業地の土地のみの還元利回り4.7%前後)等を考慮し、償却前の期待利回りを5.0%から5.5%と把握し5.3%と判定した。」

 参考にした「下記利回り」とは、同ページにある郊外型ショッピングセンターの期待利回りである。それは次のごとくのものである。「売場面積20,000u程度。キーテナント:有力な総合量販店(GMS)。賃料体系:定期借家、固定賃料型中心。」

 地価公示が採用している還元利回りは、所有権土地の利回りである。

 参考にした郊外型ショッピングセンターの期待利回りは、借地権上に立つショッピングセンターの期待利回りでは無い。

 即ちA鑑定が採用している期待利回りは、借地権付建物の期待利回りでは無い。類型の異なる所有権土地建物の期待利回りである。

 このことからA鑑定は間違っている。

 ハ、借地権付建物の賃貸事例

 借地権付建物価格を基礎価格にした場合は、比較する賃貸事例は、借地権付建物の賃貸事例で無ければならない。それは同類型の不動産のもので無ければ比較しても論理の一貫性がないからである。

 A鑑定の賃貸事例比較法に採用している事例は、対象地周辺に「所在する店舗の賃貸事例3事例の賃料形成要因の比較を行った」と記す。

 そして具体的に比較している比較計算表を見ると、土地の類型は書かれていないが、周辺に都合良く3件の借地権付建物があるとは思えず、いずれも所有権土地建物の賃料と思われる。

 とするとこれらの賃貸事例の賃料は更地価格を前提に形成されている。家賃評価の店舗土地は借地権であるから、借地権の要因による賃料修正がなされ無ければならない。

 A鑑定は、借地権建物の賃料の賃料修正を行っていない。

 ニ、鑑定書の論理の矛盾

 上記A鑑定の賃料の求め方を見ると、借地権付建物の基礎価格に類型の異なる所有権土地建物の期待利回りを乗じている。

 賃貸事例比較の事例は、類型の異なる所有権土地建物の賃貸事例を採用している。

 借地権付建物を基礎価格にするならば、期待利回り、賃貸事例も借地権付建物の類型の物を使用しなければならない。

 それは現実に不可能であろう。

 まして借地権付建物の賃料と所有権土地建物の賃料とは同じである事から、基礎価格を借地権付建物にする必要性は無く、所有権土地建物の価格で求めれば良い。

 ホ、鑑定基準が何故「基礎価格」という用語を作ったのか

 鑑定基準が「基礎価格」という専門用語を作ったのは、価格と賃料の鑑定とは必ずしも同じでは無い。

 価格評価では借地権付建物の価格であっても、賃料の場合はそれを採用した場合は、借地権価格と所有権土地価格によって賃料差が出現してしまう。

 現実は賃料差が無いにも係わらず賃料差が生じるという論理矛盾が生じてしまうことから、その論理矛盾解決の為に「基礎価格」という専門用語をつくったのである。
 
4.所有土地建物価格を基礎価格とする論文等

 借地権付建物の基礎価格は、所有権土地建物価格とする考えは、拙著『賃料<地代・家賃>評価の実際』(プログレス、2005年)で論じられ、加筆され、拙著『改訂増補 賃料<地代・家賃>評価の実際』P39〜41(プログレス 2017年2月)に考えは引き継がれている。その一部を下記に転載する。

****

 『借地権上貸ビルの基礎価格は、所有権の貸ビルの基礎価格と同じ所有権土地建物価格が基礎価格である。

 借地権付建物の賃料を求める時の基礎価格について、日本不動産鑑定士協会の不動産鑑定士3次試験実務研修のテキストがどの様に変わってきたか、変遷推移を見てみる。

 平成11年(1999年)においては、基礎価格について「借地権付建物」の概念を特別に設けていなく、建物及びその敷地の賃料(家賃)を求める場合に含めて、次の様に記述する。

 「建物及びその敷地の現状に基づく利用を前提として成り立つ当該建物及びその敷地の経済価値に即応した価格」を基礎価格と記述する。(平成11年「積算法・賃貸事例比較法・収益分析法」テキストP3)

 平成15年(2003年)の同じく実務研修のテキストでは、基礎価格を複数の形態に区分する。

     イ、最有効使用が制限されている場合
     ロ、借地権付建物の場合
     ハ、以下省略

 このうち、ロの借地権付建物の場合については、次のごとく記述し、指導している。

 「借地権付建物の場合の基礎価格は、当該建物及び借地権の一体価格である。」と規定する。

 そして、基礎価格を「自用の建物及びその敷地の価格」として差し支えないという考え方もあると紹介しながらも、

 「しかし、理論的には、あくまでも借地権付建物としての基礎価格を求めた上で、これに必要諸経費を加算したものが、当該類型における積算法による試算賃料であると考えられる。」

 そして、2010年の実務修習テキストP315では、借地権付建物の基礎価格について、次の様に記述されている。

 「借地権付建物の基礎価格については、現況どおりに借地権付建物としての価格を基礎価格とする考え方のほかに、当該不動産の自用の建物及びその敷地としての価格を基礎価格とする考え方も実務上存在する。

 自用の建物及びその敷地としての価格を基礎価格とする考え方は、借地権、所有権といった敷地の利用権限の違いは、家賃形成に影響を及ぼすものではなく、家賃はあくまで賃貸部分の需給関係において決まるものであることから、これらを区別する必要はないとすることや、借家人側としては、自用地上の建物を賃借する場合と何ら変わりない効用を享受できるのであるから、基礎価格を「自用の建物及びその敷地」価格として差し支えないとすること等が論拠となっている。

 いずれの考え方に基づいて基礎価格を査定する場合においても、査定根拠について十分な説明責任を果たすことが求められる点に留意しなければならない。」

 2003年と2010年の内容を読み比べれば、扱い方が甚だしく異なっている。

 いつの間にか、「実務上存在する」という文言を入れて、私の理論が取り入れられているようである。だが未だ充分ではない。』
****

 2016年(平成28年)の日本不動産鑑定士協会連合会の実務修習のテキストを見たら、借地権付建物を基礎価格にした賃料評価例は無くなってしまっていた。

 いつ無くなったのかは私には分からないが、借地権付建物価格を基礎価格にすることは間違っていると分かったために実務修習のテキストから削除したのであろう。

5.まとめ
 
 上記検討より、借地権付建物の価格を賃料算出の基礎価格とする鑑定評価は間違っている。

 借地上の建物の賃料と土地建物同一所有者の建物とで、賃料は違うであろうか。違うという賃料現象は現実にあるのか。

 違うというのが理論的に正しければ、それを反映して経済現象は必ず生じる。

 しかし、多くの借地権を権限とする貸ビルの賃料を調べ、見聞きしても賃料が違っている事は無い。同じである。

 借地上の建物の賃料と土地建物同一所有者の建物の賃料は同じである。これが経済現象であり、常識である。

 更地価格に借地権割合70%を乗じて得た借地権価格を基礎価格にするということは、土地建物同一所有者の建物の賃料と異なる事を意味する。

 それは常識とかけ離れた考え方になる。

 日本全国にいるかもしれない借地権付建物価格が基礎価格と思い込んでいる不動産鑑定士、裁判所の鑑定人不動産鑑定士ょ、常識からかけ離れた賃料の求め方など行わないで頂きたい。財産権の侵害を引き起こさないで頂きたい。

 A鑑定が実務修習で受けたテキストが、基礎価格を借地権付建物とする賃料評価例のものであったかどうかは私には分からない。

 しかし、実務修習テキストの例題を手本にして鑑定書を書いていないという保証は無い。

 逆に、むしろ有り得る。

 そうした事を考えると、日本不動産鑑定士協会連合会は、随分と罪な事をしたものである。

 全国の不動産鑑定士に対して、借地権付建物価格を基礎価格にして家賃を求めることは間違いであるということを伝えた方がよいのでは無かろうか。

 むしろ伝えるべきでは無かろうか。

 原因を作ったのは、連合会であり、その為に、裁判官が間違った判断をして判決を書く可能性があり、訴訟当事者の原告、被告は間違った裁判鑑定評価書に対して、安くない鑑定料を支払っているのである。実害が生じているのである。

 連合会は、自分で蒔いた種である。わしゃ知らないょという訳には行かないであろう。それでは無責任過ぎる。

 それとも、借地権付建物価格を基礎価格にすることは適正であるとでもなお言い張るのか。


  鑑定コラム133)
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  鑑定コラム134)「鑑定協会会長の迅速な対応に感謝する」

  鑑定コラム639)「借地権付建物の基礎価格」

  鑑定コラム2430)「ある借地権付建物の賃料評価の鑑定書」

  鑑定コラム2546)「2021年版実務修習テキストの賃料積算法の期待利回りの記述は即刻修正を」


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