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2460) 中央区商業地地価公示価格の鑑定書に見る比準価格と収益価格の関係

1.はじめに

 平成30年より地価公示価格の鑑定書が公開される様になった。公開された地価公示価格の鑑定書より比準価格と収益価格の関係を分析する。

 採用する地価公示価格は、令和4年の中央区の商業地の地価公示価格とする。公示価格鑑定書は同一公示地点を二人の不動産鑑定士が評価していることから、AとB2つの鑑定書があるが、先にあるA鑑定書の比準価格と収益価格とする。

 そして求められている比準価格、収益価格は、不動産鑑定評価の専門家である不動産鑑定士が求めたものであるから、適正な価格であるものとする。

 千代田区商業地の地価公示の比準価格と収益価格との関係を、鑑定コラム2459)で行っている。

 その分析と同じであるため、求め方等の説明は、出来るだけ重複を避けるが、始めて本コラムを読む人もいることもあり、必要な個所は最小限の記述とする。詳細を知りたい時は、鑑定コラム2459)の当該部分を読んでいただきたい。

2.3つの価格の等価性

 不動産鑑定評価は、不動産が具有するそれぞれの面からの分析価格として、コストの面より積算価格、市場性の面より比準価格、収益性の面より収益価格の価格がある。

 そして、3つの価格は理論上は一致すると云われている。

@ 門脇惇説

 3つの価格の等価性については、門脇惇氏は、著書『不動産鑑定評価要説』P120(税務経理協会、昭和46年)で次のごとく述べられている。

  「3試算価格は、それぞれ、効用に見合う面、造る費用を償う面、一般に認められてその価格で取引される面、すなわち価格の三面性に照応するものであり、市場で揉まれ、淘汰されて、一つの正常価格に帰一するものであると解すべきこと。」

A 武田公夫説

 また武田公夫氏は、著書『不動産評価の知識』P133(日本経済新聞社、1993年)で、次のごとく述べられている。

  「各方式の適用によって求められた試算価格または試算賃料は、理論的には一致するはず」

と3価格の理論的一致を認める。

 実際には一致しないが、それは「資料不足など」によるのが原因でありと述べられる。

 既成市街地では、原価法の適用は困難であるため行われない。その為、積算価格は求めなく、比準価格、収益価格が求められる。

 門脇、武田両氏の説に従えば、比準価格、収益価格は、理論上は一致することになる。

3.不動産鑑定士実務修習テキストの比準価格と収益価格

 最新の2022年版第16回実務修習の「実務修習・指導要領テキスト」(編集公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会 2021年11月1日発行)に、土地面積605.75uの更地を例にした更地の鑑定評価書が掲載されている。

 P49に、例題による試算価格が記されている。

     比準価格   495,000円/u
          収益価格   457,000円/u
である。

 収益価格の金額を1.0とすると、比準価格の割合は、
                 495,000円
             ────────= 1.083                               
                 457,000円
1.083である。

 比準価格と収益価格の開差は約8%で、比準価格が収益価格よりも高い。

 不動産鑑定士の専門家集団の団体である日本不動産鑑定士協会連合会が、鑑定評価の見本と発表する実務修習テキストの鑑定例を見れば、収益価格を100とすると、比準価格は108.3である。

 その価格開差より考察すれば、3つの価格は等価になるという考え方は妥当であると判断される。その考えは、不動産鑑定業界において支持されている考え方と判断される。

4.公示価格鑑定書に見る比準価格と収益価格の関係

 令和4年地価公示価格の中央区商業地の鑑定書の中に記されている比準価格と収益価格を抜き出し、比準価格/収益価格の割合を求める。

 例えば中央5-1のA鑑定書の比準価格、収益価格は、下記である。
      比準価格    3,330,000円
      収益価格    2,840,000円
   中央5-1の比準価格/収益価格の割合を求めると、
               3,330,000円
            ────────  = 1.173                              
               2,840,000円
1.173である。

 同様にして中央区商業地公示地55件を分析したのが、下記一覧表である。


番号 所在 比準価格 円/u 収益価格 円/u 比準価格/収益価格
中央5-1 東京都中央区銀座2丁目213番14  3330000 2840000 1.173
中央5-2 東京都中央区銀座6丁目4番13外 29700000 25400000 1.169
中央5-3 東京都中央区京橋1丁目15番 8010000 7050000 1.136
中央5-4 東京都中央区銀座3丁目3番1 16900000 14900000 1.134
中央5-5 東京都中央区京橋1丁目1番1外 23500000 20800000 1.130
中央5-6 東京都中央区日本橋久松町9番2外 2100000 1890000 1.111
中央5-7 東京都中央区八重洲1丁目105番9 8540000 7860000 1.087
中央5-8 東京都中央区日本橋3丁目11番1 8530000 7590000 1.124
中央5-9 東京都中央区日本橋人形町1丁目19番18  3200000 2740000 1.168
中央5-10 東京都中央区築地5丁目2番11外 2750000 2440000 1.127
中央5-11 東京都中央区日本橋兜町133番外 5900000 5170000 1.141
中央5-12 東京都中央区日本橋小伝馬町102番7外 3150000 2740000 1.150
中央5-13 東京都中央区勝どき4丁目201番 2140000 1940000 1.103
中央5-14 東京都中央区新富1丁目5番1 2420000 1990000 1.216
中央5-15 東京都中央区日本橋蛎殻町1丁目16番5外 2420000 2200000 1.100
中央5-16 東京都中央区日本橋本町4丁目15番3 6080000 5250000 1.158
中央5-17 東京都中央区新川1丁目5番14  2510000 2260000 1.111
中央5-18 東京都中央区銀座4丁目103番1外 29500000 27200000 1.085
中央5-19 東京都中央区築地2丁目1204番12  2350000 2030000 1.158
中央5-20 東京都中央区日本橋人形町2丁目21番10  1880000 1720000 1.093
中央5-21 東京都中央区新川2丁目101番10外 2400000 2100000 1.143
中央5-22 東京都中央区銀座4丁目2番4 57600000 46100000 1.249
中央5-23 東京都中央区銀座7丁目1番2外 41500000 36900000 1.125
中央5-24 東京都中央区日本橋茅場町2丁目10番3 2340000 2040000 1.147
中央5-25 東京都中央区日本橋富沢町10番11  1660000 1440000 1.153
中央5-26 東京都中央区八丁堀1丁目105番5 4900000 4140000 1.184
中央5-27 東京都中央区銀座2丁目103番6 6100000 5310000 1.149
中央5-28 東京都中央区八重洲2丁目10番1外 13400000 12400000 1.081
中央5-29 東京都中央区銀座2丁目2番19外 41200000 35400000 1.164
中央5-30 東京都中央区新川1丁目208番4 1170000 993000 1.178
中央5-31 東京都中央区月島3丁目912番 1620000 1290000 1.256
中央5-32 東京都中央区入船3丁目1番1外 2600000 2140000 1.215
中央5-33 東京都中央区京橋1丁目6番1外 18500000 15200000 1.217
中央5-34 東京都中央区日本橋人形町1丁目5番59  1300000 1170000 1.111
中央5-35 東京都中央区日本橋2丁目1番1外 21700000 17300000 1.254
中央5-36 東京都中央区日本橋馬喰町2丁目3番20  1310000 1080000 1.213
中央5-37 東京都中央区日本橋蛎殻町2丁目13番15  1140000 1020000 1.118
中央5-38 東京都中央区八丁堀4丁目6番5 3190000 2860000 1.115
中央5-39 東京都中央区日本橋室町1丁目14番6 3100000 2780000 1.115
中央5-40 東京都中央区日本橋箱崎町20番33外 1280000 1190000 1.076
中央5-41 東京都中央区銀座5丁目103番16  49800000 41400000 1.203
中央5-42 東京都中央区築地4丁目2番1 4200000 3680000 1.141
中央5-43 東京都中央区八重洲1丁目105番53  23500000 20300000 1.158
中央5-44 東京都中央区銀座5丁目201番4外 9900000 8580000 1.154
中央5-45 東京都中央区日本橋室町4丁目3番12  2350000 2130000 1.103
中央5-46 東京都中央区日本橋茅場町3丁目16番5外 3030000 2590000 1.170
中央5-47 東京都中央区築地3丁目1209番6外 1340000 1240000 1.081
中央5-48 東京都中央区入船3丁目15番1外 1580000 1380000 1.145
中央5-49 東京都中央区日本橋本町3丁目7番5外 3100000 2640000 1.174
中央5-50 東京都中央区日本橋3丁目2番3外 5900000 5810000 1.015
中央5-51 東京都中央区日本橋本町4丁目9番5外 7700000 6810000 1.131
中央5-52 東京都中央区晴海2丁目107番 2020000 1770000 1.141
中央5-53 東京都中央区銀座8丁目109番7 14300000 13100000 1.092
中央5-54 東京都中央区銀座7丁目5番2外 7950000 7560000 1.052
中央5-55 東京都中央区日本橋浜町2丁目67番9 865000 699000 1.237
平均       1.144
標準偏差       0.051
変動係数       0.045


 中央区商業地55件の比準価格/収益価格の平均値等の分析結果は、下記である。
                平均値    1.144
                標準偏差     0.051
                変動係数     0.045

5.自然現象、人間の行為がからむ社会現象、経済現象等と正規分布

 自然現象、人間の行為がからむ社会現象、経済現象等の多くの現象は、分析すると、何故か正規分布に従うと統計学者は云う。

 データをとって分析すると事実その分布に多くがなる。何故そうなるのかは、はっきりと分かっていない。

 比準価格、収益価格も人間の行為に拠って求められた数値である。その数値より求められた倍率も人間の行為による現象の一つである事から、正規分布に従っていると判断する。

 正規分布のグラフは、平均値を中心にして、左右対称の釣り鐘の形をしたグラフである。グラフは千代田区商業地の比準価格と収益価格を分析した鑑定コラム2459)に記してあることから省略する。そちらで見て欲しい。

6.Z値1.0の出現率は68.26%

@ Z値

 正規分布のグラフは釣り鐘型の左右対称である。中心より右側のグラフで説明する。

 釣り鐘型のグラフ右側半分の面積に対して、グラフ右端の裾野の黒塗りの面積の占める割合(分布率)が、Z値と呼ばれる面積割合であり、それが出現確率分布率となる。

 データの平均をμ、標準偏差をσ、変数をXとすると、分布率Zは、
                         X−μ
                 Z=──────                                   
                           σ
で求められる。

A Z値1.0の分布率

 Z値1.0とは、正規分布グラフ右側半分では右端の0.1587の分布面積を云う。正規分布は左右対象であるから、左半分も同じくある。

 左右両方合わせて、
                 15.87%+15.87%=31.74%
31.74%以下あるということである。

 このことを逆に考えると、上記正規分布グラフの黒塗りの端でない白い部分の割合は、
         1−0.3174=0.6826
0.6826となる。白い部分の出現率は68.26%、約68%である。

 Z値1.0の値になる比準価格/収益価格の数値を求めるには、Z値を求める算式は、
                         X−μ
                 Z=──────                                   
                           σ
であるから、
             Zσ=X−μ
であり、この算式から、
               X=μ+Zσ
である。

 即ち、平均値+標準偏差×1.0 の算式から、Z値1.0になる数値が求められる。つまり平均値に標準偏差を加えれば求められる。

7.一般的に許容されるZ値の数値は1.96である

 世論調査、アンケート調査で有意水準ありとして統計学上許容されている調査数割合は5%である。片側グラフの分布率では、右端末端部の2.5%と云うことになる。

 上記正規分布表のZ値縦欄1.9の欄を右に向かい、1.96の個所の数値を見れば、0.0250とある。2.5%以上の分布が出るのはZ値1.96の値と云うことになる。

 1.96以内であれば2.5%以下にならない、つまり5%以下にならないことから、統計学上有意水準があるとされ、世論調査結果、アンケート調査結果について信頼性が保てると云うことになる。

 Z値1.96の値になる数値を求めるには、Z値を求める算式は、
                         X−μ
                 Z=──────                                   
                           σ
であるから、
             Zσ=X−μ
であり、この算式から、
               X=μ+Zσ
である。

 即ち、平均値+標準偏差×1.96 の算式から、Z値1.96になる数値が求められる。

8.中央区商業地の地価公示価格の適正な比準価格/収益価格の割合数値

@ 令和4年の東京都中央区の商業地の地価公示の比準価格/収益価格の分析結果

 令和4年の東京都中央区の商業地の地価公示の比準価格/収益価格の分析結果は、前述としたごとく、
                平均値   1.144
                標準偏差  0.051
  である。

A  出現率5%の比準価格/収益価格の価格割合

 比準価格/収益価格の割合の出現率5%を求める算式は、前記より、
             平均値+標準偏差×1.96
である。

 本件の場合、平均値は1.144、標準偏差は0.051であるから、出現率5%になる比準価格/収益価格の割合数値は、
      1.144+0.051×1.96=1.24396≒1.244
である。

 有意水準出現率5%以上の比準価格/収益価格の割合数値は、1.244以下の割合で無ければならないことになる。

 収益価格と比準価格とは理論的には一致すると云われる。一致すると云うことは、
       比準価格
           ──────  =1.0                                      
              収益価格
になることである。

 それゆえ、東京都中央区商業地の地価公示価格の信頼出来る比準価格/収益価格の割合数値は、
      1.0〜1.244
となる。

 (注)更地の価格で、比準価格を越える収益価格があってもよいと私は思うが、中央区商業地地価公示鑑定書においては、比準価格を越える収益価格の例は1件も無いことから、与えられたデータ分析からでは、1.0が最低の価格割合と云うことになる。

B 出現率68.26%の比準価格/収益価格の価格割合

 比準価格/収益価格の割合の出現率68.26%を求める算式は、前記より、
             平均値+標準偏差×1
である。

 本件の場合、平均値は1.144、標準偏差は0.051であるから、出現率68.26%になる比準価格/収益価格の割合数値は、
      1.144+0.051×1=1.195
である。

8.終わりに

@ 出現率5%以下のデータ

 鑑定評価で求める3つの価格は理論上一致すると云われるが、一致するのは理論上で有り、資料不足の要因も有り一致することは難しい。

 しかし、一致しないからと云って、3つの価格がかけ離れて存在しても良いと云うことにはならない。理論上一致すると云う原則からすれば、価格開差の程度には、合理的な限界があるハズである。

 その限界が、統計学の有意水準の5%であり、比準価格/収益価格の価格割合では、東京都中央区商業地では1.244以下である。

 上記中央区商業地地価公示価格55件のうち、比準価格/収益価格の価格割合が有意水準の出現率5%を切る公示地(比準価格/収益価格の価格割合では1.244を越える公示地)が、残念ながら3件ある。

 出現率5%以上あれば統計学上は有意水準があるとみなされる。そのデータは有効と判断される。それ以下の出現率のデータは否定される。

 土地価格評価の専門家で、統計学上否定される価格であるというごとくの土地価格を求めるべきでは無かろう。

A 出現率31.74%以下のデータ

 土地価格評価の専門家であるならば、有意水準5%以上の出現率で無く、出現率31.74%を切らない、逆に云えば
              100%−31.74%=68.26%
68.26%を越える出現率の土地価格を求めるべきであろう。その土地価格とは、10人中7人以上の不動産鑑定士が求める土地価格である。

 それは平均値に標準偏差を加えた数値であり、上記で比準価格/収益価格の価格割合では、1.195と分析されている。

 上記中央区商業地地価公示価格55件のうち、比準価格/収益価格の価格割合1.195〜1.244の公示価格が、残念であるが6件ある。

B 分析結果の重要性の認識を

 中央区の公示商業地価格鑑定書の比準価格/収益価格の価格割合の出現件数を、0.01台区分で示すと、下記である。

割合 件数
1.00 0
1.01 1
1.02 0
1.03 0
1.04 0
1.05 1
1.06 0
1.07 1
1.08 4
1.09 2
1.10 3
1.11 6
1.12 3
1.13 4
1.14 7
1.15 6
1.16 3
1.17 4
1.18 1
1.19 0
1.20 1
1.21 4
1.22 0
1.23 1
1.24 1
1.25 2
1.26 0
55


 縦軸に件数、横軸に割合を取って、グラフにすると、下図である。





中央区公示商業地割合と件数



 比準価格/収益価格の価格割合1.244或いは1.195を越える評価がなされるのは、価格の求め方に間違いがあるということを示している。

 比準価格で云えば、事例の選択に間違いがあるか、地域格差の比較に間違いがあると思われる。収益価格にあっては、想定賃料が低すぎるか、土地残余収益が少なすぎるか、還元利回りが高すぎることに原因していると思われる。

 比準価格と収益価格を求めるのは、求められた互いの価格の適正さを担保するためであり、かつ、決定価格である鑑定評価額の妥当性を担保するためである。

 比準価格と収益価格との間に大きな価格の開きが有っては、適正さを担保することが出来ず、何の為に2つの価格を求めているのか意味をなさなくなる。

上記価格割合は、商業地の比準価格/収益価格の価格割合であり、住宅地の場合には違った割合になる。

 住宅地の割合については、いずれ分析して発表したい。

 今迄、3つの価格は理論的には一致すると云うだけで、各価格の間の価格関係についての研究・調査が全くなされていなかった。

 3価格が一致しなくとも、開差の合理的水準はあるハズであるが、そのことが全く考えられず、検討されずに、長い間放置されて来た。

 資料としての信頼性が高いと判断される地価公示価格の鑑定書が公開されたことによって、3つの価格は理論的に一致しなくても、合理的開差の範囲は何処かの研究分析を行うことが出来るようになった。


**追記 2022年11月11日 割合件数一覧表及びグラフ



  鑑定コラム2419)「新規賃料の積算賃料と比準賃料の賃料額の関係について」

  鑑定コラム2459)「千代田区商業地地価公示価格の鑑定書に見る比準価格/収益価格の関係」

  鑑定コラム2461)「港区商業地地価公示価格の鑑定書に見る比準価格と収益価格の関係」

  鑑定コラム2467)「都心5区公示商業地の比準価格と収益価格の関係分析を終えて」

  鑑定コラム2469)「千代田・中央・港区住宅地地価公示価格の鑑定書に見る比準価格と収益価格の関係」

  鑑定コラム2529) 地価公示価格評価担当の不動産鑑定士に2つのお願い


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