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2774) 賃貸事業分析法の必要諸経費には減価償却費が含まれる東京高裁の判例


1. 東京地裁の借地非訟の決定例

 2024年3月15日に、一般社団法人神奈川県不動産鑑定士協会(会長不動産鑑定士橋芳明氏)の依頼で「賃貸事業分析法と継続地代」の講演を私は行った。

 その時の講演の内容は、鑑定コラム2746)「「賃貸事業分析法と継続地代」神奈川県不動産鑑定士協会講演レジュメ」で記している。

 家賃あっての地代であるから、家賃から地代を求めるのが、適正な地代の求め方と私は思っいる。

 その求め方の賃貸事業分析法を行う時には、当該土地上に賃貸建物を想定し、その建物の純収益を求めるが、必要諸経費には建物の減価償却費を入れて求める様にと話した。

 つまり償却後純収益を求める様にと話した。

 そして、それの裁判事例として、東京地裁の借地非訟の決定例である下記の例を述べた。

 決定事例 増改築許可申立事件(400の45 東京地決平成3年8月5日)
(『借地非訟便覧』3巻P1300-820 新日本法規)

2. 東京高裁判例 浅生判決

 しかし、借地非訟事件の決定例では、判例の効力としては弱いと思われる人もおられるであろう事から、東京高裁の判例を紹介する。

 下記の判例である。

 東京高等裁判所平成12年7月18日判決、事件番号平成11年(ネ)第5198号 (「金融・商事判例」1097-3) 全文は拙著「改訂増補 賃料<地代・家賃>評価の実際」(プログレス 2017年)P578-P587にもあります。

 「金融・商事判例」1097-3とあるから、金融・商事判例の2000年8月15日発売号の3ページに掲載されている判例である。

 3頁というのは、その号のトップ紹介の特報判例と云うことである。

 浅生重機裁判長判決の地代の判決である。

 浅生重機裁判長判決は、新規地代を求めるのに、土地残余法を使用して求めている。つまり家賃から地代を求める賃貸事業分析法による求め方を行っている。

 判決文で、当該土地上に建つ賃貸建物の総収入を2159万5000円とし、必要諸経費を832万5433円とする。

 必要諸経費の中には減価償却費598万3333円が含まれている。

 判決文の当該部分を抜粋転載すれば、下記である。

****


 『そこで、地代の源泉となる建物の賃貸による収益について調べてみると、証拠(乙27)によれば、次の事実が認められる。

 (一) A土地部分の上には、その敷地の目一杯に共同住宅(一ないし四の建物)が建てられ、賃貸に供されている。

 (二) すべての室を賃貸した場合の賃料・敷金権利金等の運用益の総収入は、2159万5000円である。

 (三) これに対して、費用は、次の合計の832万5433円である。
  減価償却費     598万3333円  
   内訳
   本体1億1970万円の30年間の定額法による額     399万円    設備2990万円の15年間の定額法による額      199万3333円 修繕費  総収入の5%               108万円   維持管理費  年額賃料1966万8000円の3%      59万円 建物の公租公課                  63万4100円   損害保険料  建物の残存価格3750万円の1%     3万8000円

 (四) 差引きすると、収益の額は、1326万9567円となる。

 地代とは、結局、この建物賃貸による収益を、土地賃貸人と賃借人に分配した場合に、土地の賃貸人に帰属する分である。この分配は、双方の協議によりすることが望ましいのであるが、それができない場合は、やむをえず裁判所が双方の主張を聞きながら、公平に分配する以外にはない。

 土地の賃貸人にしてみれば、この収益は、利用価値のある土地を提供したことにより挙げられるのであるから、その大部分を土地の賃貸人に分配すべきであるというであろう。しかし、収益は、土地と建物双方が揃い、さらに建物賃貸という営業が加わって初めて挙げられるのである。したがって、公平に考えれば、土地への資本投下、建物への資本投下、そして建物賃貸という営業それぞれに収益を分配すべきもので、土地の資本投下のみ、あるいはことさらそれに厚く分配するのは、公平な分配ではない。

 建物への投下資本の額は、乙27の建物積算価格の試算によれば、当初の投資額が1億4960万円であり、減価償却を全て終えた時点では、ほぼ零である。したがって、全期間の平均的な建物への投下資本額は、当初投資額の約二分の一、約7500万円である。これに対する年5パーセントの配当額は、375万円である。もし、その資金を金融機関より借り入れ、5パーセントより高率の利息を支払うとすれば、投下資本への配分額はこれを上回るべきものとなろう。現在の金利水準は、歴史的に見て異常に低い水準にある。過去の経験を踏まえれば、金融機関からの借入金利は、10パーセント内外であったこともまれではなかった。

 そうすると、例えば金利を7パーセントとすると、年間の額は、525万円になる。

 そして、建物の賃貸営業は、建物の維持管理や賃借人を集め、賃料を収受するという労務としての側面と、賃借人が得られず空室となったり、又は賃料が低下するなどの損失の可能性、即ち事業のリスクを負担するという側面とがあり、賃貸営業に対する報酬は、単なる労務の報酬ではない。高いリスクをとることに対する対価分を含むものというべきである。平均投資額として約7500万円の建築資金を投下し、このような営業のリスクをとり、そして労務も負担とすれば、その報酬(対価)は、見る人により大きな幅があろうが、少なく見ても投下資本の4パーセント、年間300万円(月額25万円)程度を越えるとみても、不自然とはいえないであろう。

 そうすると、土地の賃借人に配分すべき額は、総額では年間825万円となるが、土地賃借人とすれば、これを下限として、賃貸人との交渉に臨み、妥協点を見つけようとするものと考えられる。

 他方で、賃貸人は、土地への投下資本にたいする報酬を要求するであろう。現実の土地の取引額が、土地から挙がる収益を資本還元した金額(収益還元価格)に合致している場合には、土地への資本投下の額は、この取引価額によって算定すれば足りる。バブル経済の崩壊以来、土地の取引価額は、ほぼ毎年低下し、将来、収益還元価格に収斂するのではないかと考えられるが、現在は、未だ移行過程にあるといわざるを得ない。したがって、現在の取引価額を元に投下資本に対する報酬額を算定することはできないのである。ただ、ほかに手がかりがないので、やむを得ず、現在の取引価額を元に算定すると、乙27によれば、A土地部分の取引価額は、約3億3400万円である。これに対する利回りは、従前から土地に資本を投下した場合の利回りが極めて低かった経験に照らして、2パーセントでも多い方であると考えられる。仮に2パーセントであるとすると、年間の報酬は、668万円となる。

 このようにして、総額1326万9567円の収益を、土地の賃貸人と賃借人が分配するに当たり、土地の賃貸人は668万円を超える配分を求め、土地の賃借人は825万円を超える配分を求めることになろうが、中立の機関である裁判所としては、これを右の金額で按分して、賃貸人である控訴人には、593万7087円を、賃借人である被控訴人らには、その残り(733万2480円)を配分するのが相当であると判断する。

 したがって、地代の総額は、年額593万7087円である。(ちなみに、土地の公租公課の額は年間約90万円であるから、この地代の額は、その約6.5倍に相当する。また、坪当たりの月額は、約1793円である。)。そして、被控訴人ら両名でこれを分担するのであるから、その所有建物の一階部分の床面積の面積割り(232.35平方メートル対126.73平方メートル)で、被控訴人会社は、年額384万1712円・月額32万0142円、被控訴人春子は、年額209万5375円・月額17万4614円とするのが相当である。』

****


 上記判決に関与した裁判官は、浅生重機裁判官裁判長、西島幸夫裁判官、江口とし子裁判官である。上記判決を以下「浅生判決」と呼ぶ。

 浅生判決は、下記の場合の地代の額の算定方法を示した。

 @ 相続により土地の賃貸借と賃借人の実質同一性が消滅する場合と地代の額の調整
 A 相続により土地の賃貸人と賃借人間の親密な近親者としての関係が終了する場合の地代の額の調整

 この場合の地代は新規地代であると判断した画期的な判決である。

 そして、その新規地代はどの様にして求めるかということについて、対象地上の賃貸建物家賃から地代を求めるという考え方を初めて示した判決である。

 つまり、浅生判決は、相続により土地の賃貸人と賃借人の親密な近親者としての関係が終了する場合の地代は新規地代となるという判断を示した画期的な判決である。

 そしてもう一つ、「地代は家賃から求めるべきである」という考えを地代判決で示した画期的な判決である。

3.東京高裁浅生判決の効果

 この浅生判決を私は、暫く知らなかった。判決後数年経って、私は知った。

 判決文を読んでいるうちに、「私が東京地裁の裁判所鑑定人として鑑定評価した案件に良く似た内容であるなあ」と思った。

 判決文を読んでいる途中で、発行鑑定書一覧より鑑定書を見つけ出して、事件番号を調べて見た。

 「金融・商事判例」(1097-3 )に掲載されている一審の東京地裁の事件番号と私の手許にある鑑定書控の事件番号を見るとぴったり一致した。

 私が一審で、東京地裁の裁判所鑑定人として、評価地上に建つ賃貸建物の家賃より新規地代を求めて鑑定評価した地代案件であった。

 私が行った世田谷の上用賀の地代の鑑定評価が、判例雑誌に載っていたのかと、その時初めて知った。

 上記東京高裁の判決例がある事から、賃貸事業分析法で、家賃の純収益を償却前純収益で求めて新規地代を求めると、相手側代理人弁護士から、準備書面で上記東京高裁の判決例を証拠提出されて、

「この地代鑑定書は東京高裁の判例違反であるから失当である。」

と指摘主張されて、その地代鑑定書は否定され、地代訴訟は負けることになる。

 現行不動産鑑定評価基準も、早々に賃貸事業分析法の記述個所を付記訂正されたい。

4.新規地代・定期借地権地代と公租公課の倍率

 なお、上記浅生判決の中で、裁判官は「ちなみに」と言って、判決の地代は公租公課の「6.5倍相当」と論述している。

 判決で求めた地代は新規地代である事から、新規地代は、公租公課の6.5倍が相当と云うことになる。

 新規地代は借地権価格が発生していない状態の地代である。

 定期借地権には借地権価格が発生しない。それ故、定期借地権の地代は新規地代の水準と云うことになる。

 この事については、前記拙著のP613の「定期借地権の地代は公租公課の7倍程度」の章で論述している。

 なお、定期借地権の地代と公租公課の倍率については、不動産鑑定士の勝木 雅治氏が、第3回の定期借地権調査の概要を担当記述されており、その中で下記のごとく述べられている。

 「支払い地代利回りの平均は4.79%であった。
 支払地代を4.8%として、この中には、公租公課が0.8%程度含まれるので、純賃料は4%ということになる。」

 支払地代を4.8%として、この中には公租公課が含まれており、その割合は0.8%であると述べられている。

 つまり、この割合から、事業用定期借地権の支払地代と公租公課の関係が導き出される。
       支払地代    4.8%
       公租公課    0.8%
 公租公課に対する支払地代の倍率は、
                      4.8%
                   ───── = 6.0                                
                      0.8%
6.0である。


  鑑定コラム2746)
「「賃貸事業分析法と継続地代」神奈川県不動産鑑定士協会講演レジュメ」

  鑑定コラム2330)「事業用定期借地権の地代の公租公課倍率は6.0倍」

  鑑定コラム1458)「賃貸事業分析法には減価償却費が必要である」


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