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1202)不動産ファンド運営会社の戸惑い

 ある不動産鑑定士の紹介で、不動産ファンド運営会社が賃料の評価を依頼して来た。

 評価を引き受ける前に話を聞こうと思い、不動産ファンド運営会社を訪れた。

 不動産ファンド運営会社は、投資家から資金を集め、賃貸不動産を購入し、賃料収入から投資家に利益を配分する会社である。

 購入した多くの賃貸不動産を運営していた。

 賃貸不動産を購入するときには、全て不動産鑑定評価している。

 それ故、不動産ファンド運営会社は、多くの不動産鑑定士、不動産鑑定会社を知っているハズである。

 そういうこともあり、私に鑑定評価の仕事を何故依頼するのか、私には分からなかった。

 そのため、私は敢えて尋ねた。

 「知り合いの不動産鑑定会社があるでしょう。
 複数の不動産鑑定士も知っているでしょう。
 そちらに鑑定を頼まれたらどうでしょうか。」
と。

 不動産ファンド会社の担当者は云う。

 「おっしゃる通りです。
 多くの不動産鑑定士を知っています。
 その人達に今迄も多くの不動産鑑定を依頼して来ました。」
と。

 そして、続ける。
 「それら不動産鑑定士に賃料鑑定を頼んだところ、具合の悪いことが生じてしまったのです。」

 「具合の悪いこと?
 それは何ですか。」

と私は問うた。

 「この鑑定書を見て下さい。」

と云って、不動産ファンド会社の担当者は、座っている前の机の上に2つの不動産鑑定書を置いた。

 2つの不動産鑑定書を手にして、頁をめくってみたが、頁をパラパラめくって目を通しても、鑑定書の内容がすぐ理解出来るものでは無い。

 1つは、価格評価の鑑定書であり、1つはその建物の賃料の鑑定書であった。
 鑑定書の発行鑑定会社は同一であった。

 つまり、同一鑑定会社が発行した同じ賃貸不動産の、価格の鑑定書と賃料の鑑定書であった。

 「同じ賃貸不動産の価格と賃料を評価したものですが、それがどうかしましたか。
 もう既にここに賃料の鑑定書があるのですから、私が改めて賃料鑑定する必要は無いのではないですか。
 余分にお金を掛ける必要はないと思いますが。」
と私は問う。

 「当社も最初は、これで良いと思ったのです。
 賃借人から、賃料減額訴訟を起こされており、その為にこの建物の価格評価をした鑑定会社に賃料鑑定を頼んだのです。
 それがその賃料鑑定書です。
 その賃料鑑定書で良いと思っておりました。
 だが、中を読んで、これはまずいと気づいたのです。」

と不動産ファンド会社の担当者は説明する。

 「まずい個所があれば、その部分を削除するか、修正すれば済むことではないですか。」
と私は問う。

 「それが出来ないのです。
 基本的な事に重要な大きな差異が生じていますので。
 当社もまさかこういうことが生じるとは夢にも思っていませんでした。
 困ってしまいました。
 田原さん、ここを見て下さい。」

と云って、不動産ファンド会社の担当者は、価格の鑑定書の収益価格を求める還元利回りの個所を指で示した。

 そこには、還元利回り3.5%とある。

 「還元利回り3.5%とありますが、それがどうかしましたか。」

 「田原さん、こちらを見て下さい。」
と云って、不動産ファンド会社の担当者は違う鑑定書、つまり賃料の鑑定書の積算賃料の期待利回りの個所を指で示した。

 積算賃料の純賃料を求める期待利回りは、6.8%と記されていた。

 これを見て、不動産ファンド会社の担当者が何を言いたいのか、私にはやっと分かった。

 「同じ不動産鑑定会社が、同じ物件で価格評価の場合の利回りは3.5%、賃料評価の場合は6.8%の利回りを使っていては、これはまずいでしょう。
 裁判所にこれが出されて、もしこれが分かったら確実に100%敗訴でしょう。
 しかし、どうしてこんな事をしますかね。」

と、私は疑問を投げかけた。

 「そうしないと現行賃料の賃料水準のものが出てこないのです。
 現行賃料は決して高い賃料ではなく、適正な水準と把握しています。」

と担当者は云う。

 「とすると、対象不動産の購入価格は、収益価格の低い還元利回りで求められた高い価格であったと云うことですか。」

 「ということになりますか。」

 「賃料は積算価格ベースでとらえますから、積算価格に収益価格を求めるのに使用した3.5%の還元利回りの値を期待利回りに採用すると、現行賃料よりもかなり安い賃料になってしまいます。
 適正賃料水準である現行賃料水準を維持するには、6.8%の期待利回りが必要ということになり、この鑑定会社は、収益価格を求めるのに使用した3.5%では無く、6.8%を使用したということで、自己矛盾に気がつかず、2つの鑑定書を発行してしまい、発注者側が困ってしまったと云うことですか。」

 「そういう事です。」

 「鑑定依頼の目的は分かりました。
 しかし、鑑定評価額は、いくらになるか分かりませんょ。
 現行賃料水準よりも安くなるかもしれませんょ。
 それでもよろしいですね。」

 「良いです。
 田原さんにお任せいたします。
 鑑定を引き受けて頂けますか。」

 還元利回りと期待利回りとは、貨幣の表裏の関係にあり、利回りは同じ値である。
 還元利回りは、

     純賃料÷利回り=不動産価格

上記式の価格を求めるに使用する利回りが、還元利回りである。

 期待利回りは、

   不動産価格×利回り=純賃料

上記式の純賃料を求めるに使用する利回りが期待利回りである。

 同一不動産であれば、同一時点では、純賃料は一つであるから、還元利回りも期待利回りも同じ値で無ければおかしい。

 純賃料を例えば1億円とした場合、還元利回り3.5%の不動産価格は、

      100,000,000円÷0.035≒2,857,000,000円

28.57億円である。

 この価格は、還元利回りで純収益を除して価格を求めていることから収益価格である。

 この価格に0.035を乗ずれば、1億円になるが、28.57億円を賃料の基礎価格には出来ない。
 賃料の基礎価格は、土地価格・建物価格を合算した積算価格である。

 6.8%が期待利回りとすれば、純賃料は、同一建物であれば、1億円で同じであるから、土地価格、建物価格を加算した積算価格は、積算価格をXとすれば、

            X × 0.068=100,000,000

の算式から求められる。

 この算式からXを求めれば、

      X≒1,470,000,000円

となる。

 当該不動産の価格は一つであるのに、28.57億円と14.7億円の2つの価格が存在するような鑑定を、同じ鑑定会社、不動産鑑定士が行うことはおかしいであろう。

 14.7億円が賃料の基礎価格であるから、これに3.5%を乗ずれば、

      1,470,000,000円×0.035=51,450,000円

となる。

 当該賃貸不動産の純賃料は、実際受け取っている賃料から必要諸経費を控除すれば1億円あるのであるから、それを0.5145億円とする訳にはいかないであろう。

 1億円の純賃料にするには、6.8%の期待利回りにせざるを得ず、そうすると、収益価格を求めるのに使用した3.5%とは、全く整合性がとれ無くなるということになる。

 不動産ファンド会社が困ってしまったのは、こうした論理を知ったためであろう。

 私が見た不動産鑑定書は、名のある鑑定会社のものであった。


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