悲しむ訃報の知らせの電話が、岐阜市在住の不動産鑑定士の友人から入った。
久しぶりの電話であり、東京にでて来るから会おうという電話かなと思った。
その私の勝手な思いとは全く異なる悲しい電話だった。電話で聞いて絶句した。
岐阜の不動産鑑定士の友人である森島信夫氏の訃報の電話だった。
東京の田原塾に呼び、短い時間であったが、塾で話をしてもらった。夜は新橋の小さいバーで遅くまで語り合った。
森島氏が森島塾を開いたときに、真っ先に私を講師に呼び講演する機会を与えてくれた。
「田原、折角岐阜市まで来るのであるから、何か要望があるか。」
と電話で尋ねて来たので、「鵜飼いを見たい」と話した。
「綺麗どころを二人付けるから」と電話で云う。
それは冗談であろうと思っていた。
講演が終わったら、長良川の鵜飼い見物を私の希望通りすると云う。
長良川の鵜飼い舟着き場に行き、私の講義を聞きに来ていた不動産鑑定士10人程度と一緒に一艘の舟に乗った。
舟には芸者さん一人と三味線引きの綺麗どころの二人がいる。そして鵜飼い舟一艘を貸し切ったと云う。
電話では冗談だと思っていたが、まさか本当に一艘貸し切りで、芸者さんと三味線の綺麗どころを2人付けて、豪勢な鵜飼い見物になるとは思ってもいなかった事から、これには驚いた。
最高裁の池沼の固定資産税の判決が出されたので、森島氏が河川敷の土地の評価についてブログに書いていたことを思いだし、私の鑑定コラムにデータ等を引用してよいですかと許諾を求めたところ、快く許諾を与えてくれた。
それは鑑定コラム1908)に掲載されている。これがせめてもの私の森島氏への「たむけ」になってしまった。
しかし、悲しい。
盃を交わしながら、「・・・と思うが。」、「それは違う・・・。」と互いに言いあう機会がもうなくなった。
ブログ『鄙からの発信・残日録』(http://bouen.morishima.com/)に、息子様が父森島信夫氏の訃報を伝える。2020年10月2日に亡くなられたと記す。
鑑定コラム1908)「調整池の固定資産税についての最高裁判決」
鑑定コラム452)「明日は長良川の鵜飼い見物 晴れてくれ」
鑑定コラム453)「かがり火に古をしのぶ長良川の鵜飼い」
鑑定コラム2787)「木造住宅の経済的平均耐用年数は38.7年 2023年住団連調査」
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