お会いするするのは初めての弁護士が、
「この不動産鑑定書の店舗明渡し立退料の金額はおかしいと思うが、見て頂けませんか。」
と不動産鑑定書を私に手渡した。
飲食店舗の明渡し立退料の不動産鑑定書であった。
貸主が建物の建替を想定しており、その際の借家人の不随意による明渡し立退料の鑑定であった。
私は裁判でも少なくない明渡し立退料の鑑定評価を行ってきたが、鑑定書を見てくれと差し出された案件は、明渡し立退料の鑑定評価としては、典型的な案件の部類に入るものであった。
借家権価格と移転費用がそれぞれ求められており、その総額を明渡し立退料としていた。
この考え方は、考え方の方向としては間違っていない。
対象店舗は40年程度の期間営業している。
その借家権の価格が、差額賃料の2年分程度の金額である。
この程度の金額では、賃借人はまず100%立ち退かないであろう。
移転費用については、動産の移転費用を計上していたが、その他の移転費用の計上はされていなかった。
特に移転先の店舗の造作費は全く考えられていなかった。
店舗の賃貸借契約は、スケルトン状態での賃貸借である。
移転先が見つかり、そこで飲食店を引き続き行うには、新しく造作工事(厨房設備を含む。以下同じ)を行わなければならない。
その費用は安く無い。
飲食店舗の造作費は、建物本体工事費を遙かに超える坪単価を要することは珍しくない。
当該案件の場合、鑑定評価額の明渡し立退料の金額では、現店舗と同程度の内容の造作を、移転先店舗で造作工事を行うと鑑定評価額の金額を遙かに超える金額が必要となる状態であった。
これでは賃借人は立ち退くことは経済的に困難である。
賃借人は、自己の金を出してまでして立ち退き、大家の建物の建替に協力する義務は無い。
大家からの明渡し立退料が少なく、造作費が足らないと云って、足らない部分を銀行から借り入れして、賃貸人の明渡し立ち退き要求に賃借人は協力するであろうか。
そんなお人好しの賃借人はいないであろう。
明渡し立退料が少なすぎると云って、賃借人側の代理人弁護士が怒るのは当然である。
飲食店の明渡し立退料の鑑定をした不動産鑑定士が、移転先店舗の造作費を考えないとは、不動産鑑定士も罪なことをするものである。
鑑定コラム851)「飲食店舗の造作費は坪当り66万円」
鑑定コラム859)「明渡し立退料の鑑定」
鑑定コラム1852)「判例に見る店舗明渡立退料」
鑑定コラム1853)「鑑定基準の云う不随意の立退要求より生じる借家権価格」
鑑定コラム2124)「差額賃料の3年分は借家権価格ではない」
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