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2124)差額賃料の3年分は借家権価格ではない

1.はじめに

 借家権価格は市場で取引される事は殆ど無く、市場性が無いから価格など無いという考え方がある。

 一方、借家権価格はあるとしても、損失補償基準細則が決めている差額賃料の2〜3ヶ年分が借家権価格であると云う不動産鑑定士もいる。

 借家権価格は殆ど市場で売買される事は無い。しかしだからと云って借家権価格などないというものでは無いと私は思っている。

 借家権価格は表にでてこないために分からないだけであって、価格は存在し、明渡立退になってその価格が顕彰してくるのである。

 又、損失補償基準細則の差額賃料の2〜3年分が借家権価格であると云うことなど無い。

 不動産鑑定評価基準が借家権価格の求め方の1つであると述べている、

 「借家権の価格といわれているものには、賃貸人から建物の明渡しの要求を受け、借家人が不随意の立退きに伴い事実上喪失することとなる経済的利益等、賃貸人との関係において個別的な形をとって具体に現れるものがある。  この場合における借家権の鑑定評価額は、当該建物及びその敷地と同程度の代替建物等の賃借の際に必要とされる新規の実際支払賃料と現在の実際支払賃料との差額の一定期間に相当する額に賃料の前払的性格を有する一時金の額等を加えた額」

のなかの「差額の一定期間」について考えて見たい。
 

2.借家権価格とは

 借家権価格とは、建物賃貸借に伴って生じる借家人の持つ経済価値の総和である。

 借家権価格は、不動産取引市場で価格形成される訳では無い。

 明渡立退の際に、初めて姿を現して来る借家人の権利価格である。それまでは全く目には見えない存在である。


3.借家権価格の発生

 借家権価格の発生には3つの場合がある。

 1つは長い賃借期間によって、新規賃料と支払賃料の開差によって発生してくる。

 長期間の賃借期間によって、賃借人は賃料を支払うことによって、賃貸人の資産の形成に寄与していることになる。

 10年間入居している賃借人の賃料が、新しく入居した人の賃料と同じであった場合、古い賃借人は賃貸人に苦情を云うであろう。「10年間賃料を支払っていて賃貸人の財産の形成に寄与しているのに、新しい人は全く財産に寄与していない。その人と同額の賃料はおかしいではないか。」等と。

 こうした継続賃料の特有の事情が積み重なり、新規賃料に比較して継続賃料は安く押さえられる傾向にある。

 この賃料差が借家権価格の発生となる。

 2つ目は、入居時に保証金として巨額な一時金を支払った場合である。

 利子のつく借入金でなく、無利子の巨額の保証金の入手は、賃貸人にとって銀行借入金相当の利益を得ることになる。高い貸出金利の時代に建てられた建物の場合には、この貸出金利相当の利益は甚だ大きい。

 保証金を差入れした賃借人側には、反対権利対価として借家権価格が発生する。

 3つ目は、長い期間の賃借期間の賃借人の賃料の支払によって、賃貸人は財産形成がなされた。賃借人は賃料支払によって、賃貸人の財産形成に貢献した。

 借家権価格は、その賃貸人の財産形成に寄与したことに対する幾ばくかの御礼の対価という要因があると私は考えている。

 借家権価格は賃貸人と賃借人との間の建物賃貸借が長い間続いていることよって賃料差額、或いは賃貸人の財産形成が生じ、それに伴って借家権価格という権利価格が発生するのである。

 それ故、賃貸借関係が長期間続いているという現象があると云うことが大前提である。


4.差額賃料とは

 借家権の権利価格分として最も顕著に現れるのは、新規支払賃料と継続支払賃料の差にそれが現れる。長い間に継続支払賃料が新規支払賃料より低くなり、その差が大きくなることである。

 この新規支払賃料と継続支払賃料の開差を差額賃料という。

 例えば、新規賃料がu当り15,000円で、現行支払っている支払賃料がu当り10,000円であったすれば、差額賃料は、

                15,000円−10,000円=5,000円
5,000円/uということである。


5.借家権価格の代表的な求める手法

 差額賃料に借家権の権利価格が最も顕著に現れることから、その現象を捉えて求める手法が、差額賃料等より求める手法である。

 その求め方は、はしがきに述べた求め方で、再記すると、以下である。

 「当該建物及びその敷地と同程度の代替建物等の賃借の際に必要とされる新規の実際支払賃料と現在の実際支払賃料との差額の一定期間に相当する額に賃料の前払的性格を有する一時金の額等を加えた額」

 ここで鑑定基準は「当該建物及びその敷地と同程度の代替建物等の賃借の際に必要とされる新規の実際支払賃料」と云うが、立退の代替建物が決まっている場合など殆ど無く、代替先が分からなくてその代替先の新規支払賃料を決めることは出来ない。

 それ故、「同程度の代替建物」とは、対象建物を第3者に新規に賃貸借すると想定し、その場合の新規支払賃料を求めることになる。

 但し、居住建物が築40年程度経っている木造居宅の場合は、その居宅建物そのものが経済的耐用年数を過ぎて、賃貸市場に出しても賃借を希望する人がいない建物の場合もある。賃貸市場性の無い建物である。

 そうした場合は、代替として、周辺に所在する賃貸市場で市場性のある中古居宅の新規支払賃料ということになる。


6.借家権価格の顕彰

 公共事業の施行或いは建物が古くなり、耐震性に問題があって賃貸人が建物を建替えようとする時に、賃貸人が長年建物を賃貸借していた賃借人に、賃貸借物の明渡立退を要求してくることになる。

 賃借人は、引き続き現行建物で営業、生活していたいと云っても、上記事由によって不随意に立退明渡を迫られる時がある。

 この時に、目に見えなく潜んでいた借家権価格と云うのが顕彰してくる。

 今迄の経済活動で、借家権価格が取りざたされることも無く、不動産市場で取引される事など無く、存在自体知られていない借家権という権利価格が、突如賃貸人、賃借人の間に姿を現す。その権利価格は、不動性の性格を有する不動産の流通をより困難なものに変更させる。

 借家権価格の対応を誤ると、それは訴訟に発展し、1年、2年の時間と訴訟費用を費やすことになる。最後は最高裁判所への訴えということも有りうる。


7.一定期間とは

 賃料差額によって、目に見えなく長い賃貸借期間によって形成された借家権価格であるとすれば、形成されてから現在までの賃料差額を計算すれば借家権価格を求めることはできるのでは無いかと云う考え方も出て来る。

 賃借期間が30年間とすれば、賃借した最初の1年から、現在時点までの新規賃料を調べ上げ、支払賃料との差額を求め、その差額賃料を合計すれば借家権価格は求められる理屈も成り立つ。

 しかし、過去の当該建物の新規賃料を、各年全て求めることは大変な労力を必要とし困難に近い。

 過去の賃料経緯によって、現在の賃料差額が発生したのである。

 とすれば現在発生している賃料差額は、建物賃借人が賃貸借を続ける限り続くであろうと考えることもできる。

 その継続する賃借期間は、建物の経済的残存耐用年数、或いは賃借人の年齢とも関係してくる。しかし賃借人の死期を予測することはするべきものでは無い。

 30年前の建物新築時状態のときから、賃借して営業して来たとすれば、その場所の営業の地盤も出来、経営は安定していると充分みなされる事から、過去の営業時間と同じ営業時間を継続することが充分云える。今後30年の賃借は可能ということになる。

 30年営業して来て建物の経済的残存耐用年数が25年であれば、今後25年の営業の継続は可能と考えられるであろう。

 明渡立退を要求されたとしても、もしその要求が無ければ、その建物での営業・生活はどこまで続けられていたであろうかと考える。

 その建物での営業・生活はどこまで続けられていたかと云う期間が、一定の期間である。

 以下の鑑定例からでは、一定の期間は10年〜30年の期間である。

 その期間の間は、賃料差額が続くということになり、借家権価格が導き出される。

 発表されている不動産鑑定評価例等で、実際にどれ程の期間が一定の期間として採用されているか、下記に例等を記す。


8.損失補償基準細則の借家権の期間

 「公共用地の取得に伴う損失補償基準細則」第18は、賃借期間について次のごとく云う。

 「従前の賃借建物において賃借りを継続したであろうと認められる期間であって、10年を標準とする。」

 「従前の賃借建物において賃借りを継続したであろう」ということは、借家人が借り続けるということである。その期間は10年と損失補償基準細則は認めている。

 借家権の存続期間は、10年は最低必要であると認めている。


9.東京都不動産鑑定士協会の例題の期間

 社団法人東京都不動産鑑定士協会が『借家権と立退料』という研究報告書を出している。

 そのP86に、複利年金現価率の計算期間として、次のごとく記している。

 「対象借家権の建物賃借契約は依頼者から聴取したところ当初は12年前とのことである。周辺の立退きにおいては、当初賃貸借からの期間を補償することが多いため、この期間と同様な期間を採用した。」

 借家権価格とは、経年と共に育成されると云うことを示している。そして、経過年数程度は今後も賃貸借が続くであろうと考え、借家権の継続期間を過去の経過期間と同じとしている。


10.残存耐用年数の30年間とする鑑定例

 不動産鑑定士の鵜野和夫先生は、その著『例解不動産鑑定書の読み方』P365(清文社)で、次のごとく記述されている。

 「(c)賃料差額

   対象建物は建築後10年経過し、その経済的残存耐用年数は30年と推定される。よって、上記によって求められた賃料差額については、年利5.5%、期間30年の年金現価を求める」と。

 鵜野和夫先生は、賃借している建物の経済的残存耐用年数30年を借家権価格の計算期間とする。


11.借家権期間10年とする鑑定例

 社団法人日本不動産鑑定協会東京会(現在の公益社団法人東京都不動産鑑定士協会)が、『鑑定実務Q&A(第4集)』を出している。その27頁に立退料についての鑑定例が掲載されている。

 それによれば借家権の価格を差額賃料より求めているが、その年金現価率の期間は、

               「年8%の10年間」
と10年とする。


12. 異説・損失補償基準細則の流用

@ 損失補償基準細則

 公共事業の用地買収を円滑に行うために「公共用地の取得に伴う損失補償基準細則」がある。この第18に次のことが規定されている。

 「第18 基準第34条(借家人に対する補償)は、次により処理する。

3 本条第2項の補償額は、次式により算定する。

(標準家賃(月額)−現在家賃(月額))×12×補償年数

 標準家賃  従前の賃借建物に照応する建物の当該地域における新規賃借事例において標準的と認められる月額賃借料とする。

 補償年数  別表第5(家賃差補償年数表)の区分による範囲内で定めるものとする。」

 「別表第5 家賃差補償年数表(第18関係)

       従前の建物との家賃差年数
       3.0倍超  4年
       2.0倍超3.0倍以下  3年
       2.0倍以下  2年」

A 基準細則によって求められた金額が借家権価格と主張する不動産鑑定士

 上記基準細則を使用して求められた3年間或いは2年間の金額が借家権価格であると断言する鑑定書が提出されることがある。

 その求め方も損失補償基準細則の標準賃料の決め方が甚だ杜撰であるために、標準賃料を、例えば次のごとく決めている。

 1階にある対象店舗の適正な新規支払賃料は、鑑定基準に従って、周辺の新規支払賃貸事例を事情補正、時点修正、地域格差、個別格差比較を行ってu当り15,000円であるとする。

 一方、損失補償基準細則に従う不動産鑑定書は、対象店舗周辺の賃料水準u5,000円〜9,000円の賃貸事例を5、6件例示する。

 その賃貸事例は1階もあれば3階、6階の賃貸事例もある。賃貸時期も1年前もあれば5年前、3年前もある。それらとの地域格差比較・個別格差比較の検討は全くせず、周辺の仲介業者が坪あたり2.3万円と云っている事から対象店舗の新規支払賃料はu当り7,000円と決定すると記す。

 頁数にして1頁にも満たない分析記述である。

 鑑定基準の規定する賃貸事例比較法の手順及び求め方を全く行わずに新規賃料を求める。

 現行支払賃料は、例えばu当り3,600円であったとする。

 賃料差額は、
       7,000円−3,600円=3,400円
である。

 期間は、
             7,000円÷3,600円=1.94
であるから、規定により2年間とするとして、借家権価格を、
            3,400×12×2=81,600円/u
と求める。

 そしてこれが、不動産鑑定評価の借家権価格であると主張する。

 損失補償基準細則の決める標準家賃と期間を金科玉乗のごとく考えている。

 損失補償基準細則の決める標準家賃は、「従前の賃借建物に照応する建物の当該地域における新規賃借事例」であるが、この求め方は甚だ杜撰な求め方の規定である。この規定は適正な求め方に変えられるべきものであろう。

 その求め方に従って求められた賃料が適正であると主張などとても出来ない。

 4階の賃料も1階の賃料も同じである。

 駅に近い賃料も遠い賃料も同じである。

 30メートル道路に面する賃料も4メートルの道路に面する賃料も同じである。

 損失補償基準細則の2年間或いは3年間の差額賃料等で求められた金額のものを借家権価格と主張する不動産鑑定書に対して、以下のごとくの強い批判がなされている。


13.補償基準は家賃の負担を一定期間補償するだけ

 鵜野和夫先生は前書『例解・不動産鑑定評価書の読み方』P380(清文社)で、補償基準の差額賃料2年分の求め方は、「鑑定評価基準の賃料差額還元法(注、筆者)に似ている」と云って、次のごとく述べられている。

 (注、筆者、鵜野和夫先生がここで使用されている「賃料差額還元法」は「賃料差額等に基づく手法」と思われる。)

 「しかし、賃料差額還元法では、現在家賃が低いことによって生じている経済的利益が、予想される借家期間中は継続するものとして、その期間中の毎年の経済的利益の現在価値(現価)を合計して求めるという考え方をしている。

 これに対して、補償基準では、転居によって生じる家賃の負担増を一定期間(通常24ヶ月)だけ補償しようという考え方である。

 要するに、前者は権利の価格を求めようとするものであり、後者は費用の補填をしようとするもので、算式は似ているが、考え方の基礎は異なっているのである。」


14.補償基準の曲解(あるブログより)

 「Y.A.P」という不動産鑑定士が主宰するブログ(http://yamatokantei.blog54.fc2.com/blog-entry-56.html)が、「立退料と借家権価格」の表題で論じている。

 「Y.A.P」ブログ氏(以下「ブログ氏」と呼ぶ)は、不動産鑑定評価で求める借家権価格というものはどういうものか下記のごとく述べられる。
 
 「旧借家法又は借地借家法により保護されていることにより生ずる法的保護利益、建物の維持、地域の発展、元本価値の上昇等に対する借家人の寄与・貢献分の配分利益からなる借家人に帰属すべき経済的利益を貨幣額をもって表示したものなのである。

 したがって、借家権価格は、借家権という権利の消失対価と位置づけられるものである。」

 借家権価格は、「借家権という権利の消失対価」と述べられる。

 そして、損失補償基準細則の借家人補償は、

 「借家権という権利の消失対価を意味するものではなく、「借家人に対する移転補償」と位置づけられるものである。」

と述べられる。

 不動産鑑定評価の借家権価格と損失補償基準細則の借家人補償とは、本質が異なるものと説明する。

 そして次のごとくの例え話を述べられる。

 「例えば、建物の新築当初より賃貸借を30年以上も継続して現在に至っている借家人の場合で、当該店舗がテナントの入替わりの激しい商店街にあって、看板を守ってきた老舗店舗のひとつだとしたらどうだろうか。

 このような場合にまで、「損失補償基準細則」に従って、2年〜4年(最長で5年)ということでいいものだろうか。これではあまりにも公平乃至衡平に欠けるのではないかと考える。

 このような場合、借家人の意思を合理的に解釈すれば、対象建物が使用可能な限り(必ずしも「対象建物の経済的残存耐用年数」にとどまらず、「物理的残存耐用年数」までということもあり得る)は、当該店舗で営業を継続したいと考えるということではないだろうか。」

 そして損失補償基準細則の借家人補償額が借家権価格であるとして鑑定評価する不動産鑑定士に対して、

 「これをそのまま適用する鑑定士がいるのには驚かされる。

 両者の本質的な違いを無視して、「お上」の決めたことだから妥当なのだ!という態度で・・・・。

 ただ「お上」も権利の消失対価と考えて定めているわけではないので、曲解?している方が問題なのだが・・・・。」

と痛烈に批判する。

 そして最後にまとめて次の様に述べられる。

 「既述のとおり、「損失補償基準」の「借家人補償」と不動産鑑定評価で求める「借家権価格」ではその本質が異なるわけであるから、その点を十分踏まえた上で「損失補償基準」及び「損失補償基準細則」の数値を参考にすべきなのである。

 繰り返しになるが、これを金科玉条のごとく採用して鑑定評価を行うことは、極めて妥当性に欠ける結論を招く場合があるということである。

 さる高名な鑑定士でさえ、さもそれが当たり前の如く鑑定を行っていることに接し、閉口した次第です。」

 「Y.A.P」のブログは、東京の中堅の不動産鑑定士4人のグループのブログである。4人の不動産鑑定士の名前は、
          太田謁八

          田村直之

          進藤俊二

          小石秀幸
の方々である。

 ブログ氏によれば、差額賃料の2年分或いは3年分が借家権価格であるというごとくの不動産鑑定書を書いたら、こっぴどく批判されることになろう。


15.まとめ

 借家権価格は、賃貸借関係が長期に継続した場合に発生する権利価格であり、それは明渡立退の場合に、突如姿を現して来る。そしてその価格出現によって今迄の良好な賃貸借関係が崩れ、権利価格の争いになる場合がある。

 借家権価格は市場性が無いから、価格として認められないとか、認めたとしても低額であるという考え方があるが、それらは間違っている。

 借家権価格は、借家人が持つ経済価値としての権利価格である。

 権利価格と費用とは異なる。

 損失補償基準細則の差額賃料の2〜3ヶ年分は、明渡立退料の賃料経費の補填であり、それは費用の性格をもつものである。費用と権利とは根本的に性質、論理構成するものが異なっている。

 費用は権利価格にはなり得ない。

 このことから、差額賃料の2〜3ヶ年分が借家権価格になる事は無い。




***追記 2022年4月3日  鑑定コラム2370) 「利回り法の利回りから浮かび上がる借家権価格の存在」

 ここ1ヶ月半の間、立て続けに4件の借家権価格がからむ賃料評価と裁判所の鑑定人不動産鑑定士が書いた鑑定書の意見書の作成に忙殺され、鑑定コラムのコラムアップも途絶えがちになっていた。鑑定コラムを訪れた方々には申し分け無い。

 忙殺された賃料の案件は、1つは、賃借して約40年、その間家主は建物の維持管理、修繕は全くせず、雨漏りの修理、ペンキの塗り替え等は賃借人が全て行った来た。その土地建物を最近第3者が購入し、倍を超える家賃の請求を不動産鑑定書をつけて請求して来た。

 2つは、30年余のサブリース事業で、家賃は近隣地域並の水準を支払っているにも係わらず、建物所有者は転貸先の賃料が高いことを知り、なお高額な家賃の請求を、新規賃料の鑑定書をつけて請求して来た。

 3つは、賃借して45年程度経つ地下街の店舗家賃で、入居時に支払賃料の100倍を超える保証金等の一時金を支払っていた家賃の値上げである。

 4つは、賃借して30年になろうとする。前建物所有者との間で決めていた家賃は、それだけの理由があって安かった。新しく建物購入した賃貸人が賃料は安すぎると云って、不動産鑑定書をつけて倍を超える賃料増額請求をして来た。

 いずれの家賃も新規賃料と比較すればかなり安い。安い賃料であるが、安い賃料には、それなりの理由がある。

 長期の賃貸借に伴い借家権価格が自然発生して、それによる低額家賃の場合もある。

 4つの内、2件は裁判所の鑑定人不動産鑑定士作成の鑑定書への意見書の作成である。
 
 裁判所の鑑定人不動産鑑定士に云いたい。もっとしっかりした鑑定書を書いてくれないか。裁判官は専門家である不動産鑑定士が書いた鑑定書は適正であると盲目的に信用して鑑定書の通りの判決を書いてしまう。

 借家権とはどういうものなのか。

 鑑定評価基準は、借家権とは借地借家法が適用される建物の賃借権を云うと定義する。

 そして借家権の価格については、「賃貸人から建物の明渡しの要求を受け、借家人が不随意の立退きに伴い事実上喪失することとなる経済的利益等、賃貸人との関係において個別的な形をとって具体に現れる」と述べる。(平成26年改正鑑定基準 国交省版P50)

 この記述からすると、借家権価格は、賃貸人からの建物明渡請求を受け、賃借人が不随意な立退要求に応じる場合にしか発生しないごとくと思われてしまう。

 明渡要求の場合にしか借家権は発生しないのかということは無い。

 借家権価格というものは、借家人が賃貸借していることによって有する経済的価値であるから、明渡請求を受けないと借家権価格発生しないものでは無い。

 明渡請求を受けなくとも、長期の賃貸借契約によって自然発生的に生ずるものもあり、過大な一時金の授受によって、賃貸人が賃料以外に利益を得た場合に権利価格は発生する。

 借家権価格が発生していると云っても、その権利価格は具体的に目に見えるものでは無い。それ故に、借家権価格の存在を否定する人も多い。

 しかし、借家権価格の存在が目に見えてくる場合がある。

 それは、継続賃料を求める手法の1つの利回り法を行う過程に借家権価格の存在が目に見えてくる。

 継続賃料を求める手法の1つである利回り法とは、

      価格時点の基礎価格×価格時点の継続賃料利回り+価格時点の必要諸経費

の算式で求められる継続賃料である。

 利回り法は、土地建物の基礎価格より得られる利回りの利益から賃料を考える手法である。

 利益を一定とすれば、基礎価格が2倍に上昇すれば、利回りは1/2になる。基礎価格が1/2になれば、利回りは2倍になる。これは市場経済の原理である。

 賃貸人は地価の変動によって収益が増減するのでなく、地価変動に関係なく、従前得られた利益は賃料改訂後にあっても得たいと思う。ただし周辺の賃料が上昇しているのであれば、それは手にしたい。

 下記算式は、そうした要因を反映して、従前賃料合意時に得られた賃料利益の利回りを、賃料改訂後にも確保出来る利回りに変換することが出来る算式である。

                                         賃料変動率
    直近合意時点の継続賃料利回り×  ───────────          
                                         不動産価格変動率

               =価格時点の継続賃料利回り

 価格時点の継続賃料利回りは、従前賃料合意時点(直近合意時点)の純賃料とその時点の土地建物価格より求められる「直近合意時の継続賃料利回り」が分からなければ求めることが出来ないということが、上記算式より分かる。

 平成26年に鑑定基準は改正されたが、それ以前の利回り法は、従前賃料合意時点の継続賃料利回りを、価格時点の継続賃料利回りとして利回り法賃料が求められていた。
 
 それによってどういうことが生じたかと云えば、継続賃料利回りが従前賃料合意時点の利回りであるため、土地価格が2倍になれば、利回り法賃料は2倍程度になり、土地価格が1/2になれば、利回り法賃料は1/2程度になると云う現象が生じた。土地価格の変動に振り回されて求められていた。

 その様な現象が生じる利回り法の鑑定基準の規定は間違っていると私は主張したが、なかなか主張は受入れられなかった。

 裁判での法廷の証人喚問や代理人弁護士作成の準備書面、不動産鑑定士作成の意見書において、田原鑑定士の独善的な主張であるとか、国土交通省が決めている鑑定評価基準が間違っていると主張するとんでもない不動産鑑定士であると云う批判を多く受けた。

 平成26年に鑑定基準は改正され、その時、継続賃料の利回り法も改正された。

 従前賃料合意時点が「直近合意時点」の用語に変更され、その時点の継続賃料利回りを「標準とし」というのが、「踏まえ」に変わり、「継続賃料固有の価格形成要因に留意し」という文言が加わった。

 そして考量事項の筆頭に「期待利回り」が新しく入った。

 継続賃料の「継続賃料利回り」と新規賃料の「期待利回り」とは無関係では無いと改正鑑定基準は認めたのである。
 
 直近合意時点の継続賃料利回りを価格時点の継続賃料利回りに換算する算式は、上記に記した。

 借家権価格の存在が浮かび上がり、目に見えるようになることを、具体例を出して説明する。

 15年前に賃貸人と賃借人の間で、賃借人から賃貸人に好意的なある事件があり、それ以後賃料の変更が無く、15年前の土地建物価格(直近合意時の基礎価格)に対する継続賃料利回りは1.5%であったとする。

 直近合意時点から価格時点までの間に基礎価格は16%上昇し、賃料は35%上昇したとする。

 新規賃料の期待利回りは4.0%とする。

 15年前の直近合意時点の継続賃料利回りから価格時点の継続賃料利回りを求めるには、前記の算式を使用すれば良い。
                     1.35
           1.5%×────  = 1.745% ≒ 1.75%                   
                     1.16
 価格時点の利回り法の継続賃料利回りは1.75%である。

 上記算出の式を説明すると、15年前から価格時点まで不動産価格の変動もなく、賃料変動もなければ、継続賃料利回りは1.5%である。

 賃料変動がなく、不動産の価格変動のみあったとすると、
                                 1                
                       1.5% ×─── = 1.2931%                    
                                1.16
の利回りになる。

 しかし、賃料変動が1.35あったため、
                     1.2931%×1.35=1.754%≒1.75%
の利回りになるということである。

 新規賃料の期待利回りは、4.0%であった。両者を並べると、
      期待利回り   4.0%
            継続賃料利回り  1.75%
である。

 同じ建物の賃貸借の同じ時点の賃料で有りながら、両利回りに大きな開差が生じた。この開差を縮めようとして足して2で割って、安易に継続賃料利回りを求めてはいけない。

 何故、この様な大きな利回りの差が生じたのかと考えるべきである。

 この利回りの差こそが、当該賃貸借契約に借家権価格が発生しているという証しである。

 4.0%と1.75%の開差が借家権価格の存在を、数値として見せてくれているのである。借家権価格が存在することが目に見えたのである。

 新規支払賃料と現行支払賃料の差額を求め、一定期間の差額の現在価値を求めれば、借家権価格が現実化し、その借家権価格を価格時点の基礎価格で除せば、借家権割合が求められる。

 利回り法の期待利回りと継続賃料利回りの数値が、借家権の存在を教えてくれ、借家権価格と云う目に見えない存在が目にみえる存在にしてくれるのである。

 賃料が著しく安い水準にある時、スライド法賃料と差額配分法賃料とに大きな開差が生じた時も、借家権価格が発生している可能性は高い。

 借家権価格は、建物賃貸借契約に伴い発生存在するものであり、その存在は利回り法の期待利回りと継続賃料利回りの数値によってわかり、目に見えてくる。

 こうしたことから、鑑定基準が云う「賃貸人から建物の明渡しの要求を受け、借家人が不随意の立退き」によってのみ借家権価格が発生するというごとく錯覚させる考え方は、借家権価格の存在を可視化することができる事を知らなかった古い時代の考え方である。

 借家権価格は建物賃貸借契約に伴い常に存在する可能性が高く、その存在が可視化出来るのであることから、鑑定基準のこの文言は削除するべきものである。次の鑑定基準の改正には、削除見直して欲しい。
 
 「鑑定基準のこの文言は削除すべきものである」と云うことは、鑑定基準は間違っていると指摘することと同じと捉え、借家権価格が存在していると裁判官に判断されると不利になる相手側代理人弁護士から準備書面にて、再び、田原不動産鑑定士の独善的な考え方であると強い口調で否定的に批判されるとか、鑑定書が間違っていると指摘された相手側の不動産鑑定士が反論意見書で、田原不動産鑑定士は、国交省が決めている鑑定基準に従わず、逆に鑑定基準が間違っていると主張するとんでもない不動産鑑定士であると、自分達の損得の物差しでの判断で、再び、批判・非難を浴びることになるのであろうか。
 
 出る杭は打つ、打たれるという日本人が持っている打算が後に隠されている同調性的特有の悪い癖は直さなければ、物事の進歩はないと私は思っているが。



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