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278)桐蔭横浜大学の客員教授

 大学の教務課より小さい紙箱を受け取った。
 100枚の名刺が入っていた。

 その名刺には五三の桐の紋章が付いていた。
 五三の桐の紋章を見た時、創始者は旧制の東京高等師範学校(現筑波大学)出身者かその関係者と直感した。

 名刺には次のごとくの文言が並んでいた。

 「桐蔭横浜大学法学部
        客員教授  田原 拓治
        
                〒225-8502 横浜市青葉区鉄町1614番地
                      電話 (045)972-5881(代表)   」

 今年(2006年)4月より、上記のごとく桐蔭横浜大学法学部の客員教授として、不動産鑑定士を志す学生に、不動産鑑定評価及び評価の実務を教える講義を持つことになった。不動産鑑定士を育てる役目を負うことになった。

 大学の法学部に「準司法コース」という教科コースを設け、社会の第一線で活躍している実務専門家を客員教授として迎え、学生に実務を教える実務教育という教育方針を大学は打ち出した。

 司法書士・不動産鑑定士・土地家屋調査士・行政書士・公務員の国家資格を持った専門家を育てると云う、特色ある大学にしようと云うことである。

 法学部であるから司法試験に合格して、弁護士・裁判官・検事という職業につくのが、一応は今迄の法学部の建前としての主とした考え方であった。

 しかし、法学部を出たからといって全ての学生が司法試験に合格出来るものではない。合格できる人はほんのわずかである。

 また法学部に来た学生は、初めから、それら職を志す学生のみではない。それら職を初めから嫌い銀行金融機関、商社、製造会社等の企業、役所に就職する学生の方が圧倒的に多い。
 法学の素養を身につけさせるのも、法学部の目的の一つであるという類のことを、のんびりと言っている時代では無かろう。

 そうした現実を見据えると、実社会で職業として存在し広く知れ渡り、日本経済の中で多く社会貢献している職業で、法律が関係する国家資格を取得させる教育も、法学部にあってもしかるべきであろう。

 桐蔭学園高校は有名な進学校で、又野球、サッカー、ラグビーのスポーツでも全国に名前をとどろかしている。

 その桐蔭学園を一代で築き上げた優れた教育者である鵜川学長の面接を受け、学長より、
 「法学部で客員教授として、不動産鑑定評価の実務教育を担当して欲しい。」
と云われた時には、大変有り難かったが、予想もしていないことであったため、こちらの方が面食らってしまった。

 私に客員教授になる資格、能力があるのかと。

 一代で名のある私立学校を作り上げることなど、並の人が出来るものではない。企業と学校は社会目的が異なるが、例えで云えば社会に存在感のある名のある企業を一代で作り上げることに相当する。

 有名大学に入るのは、名のある企業に就職し、良い給料を得て人生を過ごしたいというのが、多くの学生・親が明言を避けるが心で望んでいることでは無かろうか。もっとも中には自分はこの仕事をしたいからと思い、入ったのがたまたま名のある会社だった。或いは名のある会社にその後になったという人もいるであろう。

 そうした名のある企業を、一代で鵜川学長は作り上げたことに等しい。
 その鵜川学長と面接で話し、学長が模索し、新しい大学教育の方向を見いだして行こうとしている桐蔭横浜大学で、学長が見いだしている方向に向かって自分も汗を流してみようと決意した。

 急遽決まった準司法コースの教育方針が、学生にうまく伝わっていないこともあるのか、或いは学生が不動産鑑定評価とはどういうものなのかを知らないためなのか、講義の受講生はあまり多くない。

 大学に対して少人数では申し訳ないと思い、その旨話したところ、
「その様なことを先生は心配する必要はありません。
 受講に来ている学生は、不動産鑑定士になろうと真剣に思って勉強しょうとして来ているのですから、その学生達にその様に教えて欲しい。教えるには、むしろ少ない方が良いのではないでしょうか。」
と、逆に励まされてしまった。

 人数が少ないために、講義はゼミ形式のごとくになり、あたかも昔の寺小屋授業である。私の無骨な性格がもろに出てしまうことになる。

 大学で不動産鑑定評価を理論から実務まで、まして賃料評価の実務まで教える大学は、日本の多くある大学の中で皆無では無かろうか。
 そもそも、「不動産鑑定評価」という教科を講義に持っている大学が、全国に5つとあるであろうか。

 講義は、不動産鑑定評価論は当然として、評価の3方式の具体的な求め方、統計学の回帰分析、DCF法、家賃の新規賃料、継続賃料、地代の求め方等不動産鑑定評価の私の知っている範囲のことは教えるつもりである。

 週1回で1年間の講義であるが、夏休み・冬休み等を考えると全部を詳しく教えることは事実上困難かもしれない。

 しかし、現在の不動産鑑定評価の水準はどこまで来ているか。ここまでが理論的に分かっている現在の段階で、この先はまだ不明な所であるということは必ず知らせるつもりである。物事を学ぶ人にとって、特に若い人にとって、学ぶ物事の最先端はどこかということを知ることは有意義なことと思う。これは学問に興味を湧かせる最大の要因のものである。

 学生が不動産鑑定評価の面白さ、そして最先端はどの程度かを知れば、勉強せよと云わなくても、自ら勉強することになるであろう。私はそのきっかけを作れればと思う。

 他方、鑑定理論・評価技術の話ばかりでなく、もう一つ大切な忘れてはならない鑑定評価の精神、即ち不動産鑑定士としての倫理がいかに大切かを説き、しっかりした倫理観を身につけさせたい。
 優れた価格分析力と倫理観をしっかりと身につけた不動産鑑定士を育てたいと思う。そうした不動産鑑定士は必ず、社会に通用する。

 私の客員教授就任を知った複数の不動産鑑定士と不動産鑑定士補が、
 「田原さんの講義を受けてみたいが、受けられないのか。」
と問いかけられたことには少々面食らった。

 桐蔭横浜大学は聴講生制度を取っていないだろうし、着任早々の私が、大学にその様なことを申し出ることは憚れることから、
 「ダメです。」
と返答した。


 桐蔭横浜大学の講義に関する鑑定コラムは、下記にもあります。

  鑑定コラム331)「新米客員教授の1年間の講義が終了」

  鑑定コラム356)「2007年度の大学での不動産鑑定講義の開始」

  鑑定コラム405)「ある大学の不動産鑑定の1つのレポート課題」

  鑑定コラム459)「ある大学の不動産鑑定のDCF法のレポート課題」

  鑑定コラム492)「教え育てる事の喜び」

  鑑定コラム469)「ダウ777ドル下落の2008年9月29日のブラックマンデー」

  鑑定コラム2722)「あと1年、桐蔭横浜大学で「不動産鑑定評価」を学生に講義する」

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