賃料の鑑定評価において、空室損失を経費に計上している不動産鑑定書があとをたたない。
どれだけ私が「空室損失は経費ではない」と著書に書き、講演で話し、また当鑑定コラムに書いて、警告しても一向に無くならない。
馬耳東風というのか我関せずと言うのか、または聞く耳を持たないというのか、いずれの不動産鑑定士も空室損失を経費に計上し、総収入の1/20程度の金額を空室損失として計上し、賃料の必要諸経費とする。
この無神経というのか、不勉強という行為は、私には理解しがたい。
裁判で、準備書面若しくは意見書で、総収入の1/20程度の額の空室損失を経費に計上することは間違いであると指摘しても、空室損失を経費に計上している不動産鑑定士の100%の人は、
「不動産鑑定評価基準の必要諸経費の項目では、空室損失は経費項目に入って居るから、必要諸経費であり、計上するのが正しい。私の鑑定は間違っていない。」
と主張する。
或いはこうも言う。
「地価公示価格の収益還元法では、空室損失は必要諸経費として計上されている。
国土交通省が、空室損失を経費としてはっきりと認めているのである。
田原不動産鑑定士は、それが分からないのか。
田原鑑定士は国交省に楯突くのか。」
と、国交省の名前を使って、半端脅すごとく反論してくる。
これに対して、私が、
「国交省は、新設した鑑定基準の各論3章で、空室損失は収入項目に入れて、経費項目からはずしたのだよ。鑑定評価基準そのものが、自己矛盾を引き起こしているのだよ。それから見ても賃料の評価にあって現行の鑑定評価基準は基準足り得ないのだよ。」
と言っても、鑑定評価基準の必要諸経費の項目に入って居るから、空室損失は経費で計上すべきであると頑なに主張する。
ある不動産鑑定士に至っては、こう反論してきた。
「各論3章は、証券化の鑑定評価についての規定基準である。
証券化の不動産鑑定評価では、空室損失は収入項目で考えるべきであるが、本件は証券化の鑑定評価では無い。よって各論3章の適用外であるから、空室損失は必要諸経費であり、計上するべきである。
計上するべきでないという田原鑑定の主張は間違いである。」
と。
理論・意見の発言の自由を私は認めるが、上記の論理展開にはあきれかえった。
空室損失は、空室率の姿を変えた語句である。
空室損失が経費計上されるとなると、空室率が高くなればなるほど空室損失が大きくなり、それが経費に加算されることから、賃料は高くなることになる。
ホテルの客室稼働率で考えてみよう。
ホテルの客室稼働率の反対は空室率である。
1−客室稼働率 = 空室率
で、この空室率は貸ビルの空室率と同じものである。
東京の主要ホテルの客室稼働率は、2009年1〜6月は約68%である。
空室率は、
1−0.68 = 0.32
32%と言うことになる。
東京の主要ホテルの客室稼働率が68%になって、何が起こったかと言えば、客室料金の競争的下落が始まった。
一室25,000円の部屋が、18,000円、15,000円の金額となり、客室を埋めようとしている。
つまり、客室稼働率の低下は、それは空室率の増加であり、空室率の増加に伴い、客室料金の競争的下落が生じたのである。
空室率が増加したから、客室料金が増額されると言うことは無い。
この経済現象は、貸ビルの賃料の場合でも同じでは無かろうか。
不動産鑑定評価基準の賃料の必要諸経費の中に、空室損失を入れるのは間違いである。
この空室損失について、不動産鑑定士の西田紘一氏が、不動産鑑定の実務理論雑誌の『Evaluation』30号(プログレス 2008年8月15日発行)掲載の論文「判決を歪める不適切な鑑定」P65で、次のごとく述べる。
「空室損に費用性はない。総収入の修正項目である。費用とは収益獲得のための犠牲である。空室を増大させることによって収益が増加する関係にはないので、費用性は否定されている。空室損を費用にしているのは、不動産鑑定士(と地価公示)だけであろう。」
鑑定コラム184)「空室損失は家賃の必要諸経費なのか」
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