またまた継続賃料の鑑定書が私の所に持ち込まれた。
「鑑定書の内容はよく分からない。何だか高すぎる。とても借りている側としては受けいれられる金額ではない。何処がおかしいか素人ではさっぱり分からない。見て欲しい。」
と云って、貸主側が不動産鑑定士に頼んだ賃料の鑑定書を持って来た。
こちらも、暇ではない。
断りたい。
しかし、自分の専門分野のことが原因して、困っている人を見れば、銭金に関係無く、損得抜きで助けて挙げたくなる。自分のいい性格か、悪い性格か。人が良いのか。
これではお金が貯まるはずが無く、金儲け出来ないと分かっているが。
一見すると立派な大変良くできた不動産鑑定書と思われる。
公官庁の発表している多くの調査数字やデータを使い、色刷りのグラフにし見栄えは甚だ良く、どこに間違いがあるのか、間違いなぞ無いのでは無かろうかと思え、まず一般の人には間違いなど分からない。
しかし、鑑定書を書いた人の論理でなく、違った真っ当な論理の尺度を持って読んで行くと、間違いが浮かび上がって、見えてくる。中には、これはひどい鑑定書だと云うことも分かってくる。
しかし他人の不動産鑑定書を読むのは疲れる。とにかくわかりにくい。
書いた本人は、自分は理解して書いているのであろうが、第三者の読む人にとっては、さっぱり論理の展開が分からないものが多い。
最近はエクセルで計算しているものが甚だ多く、採用数値の説明が全くされていなく、数表によるものが甚だ多くなっている。
この数値は一体どこから導き出されているのか、その根拠説明がされていなく、数値のみ記されているから、なおさら理解を困難にさせている。
その為一つの数値が、どこから算出されてきたのかとあちらの頁、こちらの頁を何回もめくって、理解しなければならない。
エクセルの計算のしっぱなしの記載だけでなく、どこからその数値が求められているのか根拠と算式を示してくれないものなのか。
最近続いて見た3件の賃料の鑑定書は、殆ど同じ間違いの賃料(家賃)の鑑定書であった。
「おかしい。
3件もほぼ同じ間違いを犯しているとは。
誰かの書物に求め方が書いてあり、それを手本にして、賃料の鑑定書を書いているのであろうか。」
と思ってしまった。
知り合いの不動産鑑定士に、
「似たような間違いの賃料鑑定書を3件最近見たが、どうしてだろうか。」
と話してみた。
知り合いの不動産鑑定士は、
「 田原さん。ひょつとすると不動産鑑定士の実務研修或いは実務修習のテキストに、その様な求め方が載っているのではないでしょうか。一度調べてみたら?」
とアドバイスをしてくれた。
まさか不動産鑑定士試験の二次試験、三次試験を合格した後の実務修習のテキストに、その様な間違った求め方が書いては無いであろうと思ったが。
しかし知り合いがアドバイスしてくれたこともあり、現在(2010年)に行われている実務修習テキストを見てみることにした。
社団法人日本不動産鑑定協会が発行し、実務修習のテキストに使っているA4版362頁という部厚い書物を、日本不動産鑑定協会から購入した。1万円の頒価である。
宅配便で届いた『第4回実務修習・指導要領テキスト』(2009年11月1日発行)を見て驚いた。
賃料鑑定の評価例が載っている。
私が最近見た3件の間違った鑑定書の求め方が、そっくり記載されている。
「こりゃダメだ。
間違いの家賃鑑定書乱造の原因は、実務修習・指導要領テキストか。」
とつぶやかざるを得なかった。
他の不動産鑑定士に聞けば、去年も同じ内容であり、ここ数年は変わってないのでは無いかという。
何が間違っているのかと云うと、下記の点である。
@ 必要諸経費の中の減価償却費を求める求め方である。
築後10年経っている建物の場合、その減価償却費は築後10年経っている状態の建物価格を基礎にして、その建物価格を残存耐用年数で除して求めるものである。
それを実務修習・指導要領テキストは、築後10年の建物価格を使用せず、再調達原価の価格を採用し、それを全耐用年数40年で除して求めているのである。この考えに従うと築後39年経った建物でも、減価償却費は再調達原価の1/40ということに成り、著しく高い減価償却費が求められる。
その結果必要諸経費が甚だ高い金額になることから、賃料は現実を無視した高い賃料が求められることになる。
A 年額実質賃料をX円として、修繕費を0.05X円、管理費を0.03X円として求める方法を実務修習・指導要領テキストは行っている。
年額実質賃料が分からなければ、修繕費、管理費が求められないという考え方である。
この様な修繕費、管理費の求め方が、賃貸ビルの賃貸借契約の実務上あり得るのか。
当該ビルの修繕費、管理費は、現実に存在し管理されているのであるから、修繕費、管理費はどれ程であるのか賃貸人に聞けば分かるであろう。
また共益費が授受されていれば、その金額より、おおよその金額は推定出来るのでは無かろうか。
ビル管理に関する書物もあり、そこに実例として必要金額が出ていることから、建物面積或いは賃貸面積で除せば、修繕費、管理費は推定出来るであろう。
実質賃料が分からなければ、修繕費、管理費が求められないというような賃料鑑定書を、不動産鑑定士は書くべきものではない。
一級建築士の上野俊秀氏が、『建築プロジェクトの企画設計・事業収支計画と投資採算評価の実務』(プログレス 2007年)という本を出している。
そのP220〜245で、維持管理費、水道光熱費、修繕・更新費について詳しく具体的な数値を述べている。
例えば、9階建(地下2階付)延べ床面積3,444u、賃貸面積1,984uの事務所ビルの維持管理費を、データをまとめて次の金額と計算している。(P223)
@ 設備管理費 7,852,000円 A 保守管理費 5,699,000円 B 警備業務費 1,200,000円 C 清掃業務費 6,263,000円 計 21,014,000円