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1708)まだ横行している必要諸経費が3つもある鑑定書

1.はじめに

 同じビルで、同一価格時点で必要諸経費が3つもある賃料鑑定書があることについて、以前それはおかしいでは無いのかと云うことを話した。

 最近また同じ様な賃料鑑定書を目にした。

 同一ビルで、同一価格時点にあっては、そのビルの必要諸経費は1つである。3つもある訳がない。3つもあるという不動産鑑定は、いかなる理由を挙げようが、根本的に間違っている。

 同一ビルで、同一価格時点にあって、3つの必要諸経費が存在するのが適正賃料と主張する賃料鑑定(裁判所選任の鑑定人不動産鑑定士による所謂裁判鑑定である。以下「A鑑定」と呼ぶ)について、以下で説明する。

 事案は、駅に近く大通りに面する9階建RC造マンションの1階店舗の店舗賃料の増減額訴訟の鑑定書である。

 以下の論述に賃料の専門用語が出て来ることから、先にそれの説明を簡単にしておく。

 賃料は、新規賃料と継続賃料に分けられる。

 新規賃料は、新しく賃貸借する場合の賃料であり、積算賃料と比準賃料とで求められる。

 継続賃料は、賃貸借契約が継続している場合の賃料で、差額配分法、利回り法、スライド法の賃料とで求められる。

 新規賃料と継続賃料は、

        新規賃料=継続賃料

では無い。

2. 積算賃料(新規賃料)の必要諸経費

 積算賃料は、新規賃料に属する賃料である。

 A鑑定は、鑑定書の中で「積算賃料(後記積算法で求める賃料)をX円」とすると概念規定する。であるから、Xは積算賃料となり、そう解釈して論を進める。

 積算賃料は実質賃料であるから、Xは積算賃料の実質賃料と解する。

 A鑑定は、鑑定書の中で「保守料、清掃費は計上せず、それ以外の賃貸管理業費用として年額積算賃料の3%(0.03X円)を計上する。」とし、これに空室損失相当額を8%(0.08X円)とし、必要諸経費を

                    「4,350,000円 + 0.11X」

とする。

 そして、鑑定書で積算賃料Xを

 
              X=10,390,000円+4,350,000円+0.11X

とし、積算賃料Xを16,562,000円と求める。

 この積算賃料の必要諸経費の金額がどれ程の金額かを、求められたXの金額から求めて見る。

 必要諸経費は、前記したごとく、

                    「4,350,000円 + 0.11X」

であり、Xは16,562,000円と求められたことから積算賃料の必要諸経費は、

          4,350,000円 + 0.11×16,562,000円 = 6,171,820円

6,171,820円と求められる。

 これが、対象店舗が属するビルの新規賃料である積算賃料の必要諸経費である。

A 継続賃料の利回り法の必要諸経費
  
 利回り法の賃料は、継続賃料に属する賃料である。

 A鑑定は、鑑定書の中で、継続賃料の利回り法の賃料を求めるのに、必要諸経費を「4,350,000円+0.11X」とし、次の算式を記す。

      「182,030,000円×0.061 + 4,350,000円+0.11X = X円」

 この算式から、X=17,364,000円とする。

 上記式は、利回り法の賃料を求める算式であるから、それでは、その算式から求められたXより、利回り法の賃料の必要諸経費を求めれば、

          4,350,000円 + 0.11×17,364,000円 = 6,260,040円

利回り法の賃料の必要諸経費は、6,260,040円と求められる。

 前記算式は、

              利回り法の賃料 = X

ということを意味する算式になる。

 利回り法の賃料は継続賃料である。

 A鑑定は鑑定書の中で、Xを「積算賃料」と概念規定している。

 積算賃料は新規賃料である。

 A鑑定の利回り法を求める上記算式は、

            利回り法の賃料(継続賃料)=X(新規賃料)

ということになる。

 しかし、鑑定評価では、

       継続賃料≠新規賃料

である。

 A鑑定の

    
              利回り法の賃料 = X

の求め方の算式は間違っていることになる。

 利回り法の賃料は継続賃料であることから、鑑定評価では、

       利回り法の賃料≠積算賃料

が原則である。

 それにもかかわらず、A鑑定は、

       利回り法の賃料=積算賃料

として求めている。

 A鑑定は、賃料概念が錯綜している。根本的に賃料概念を分かっていない。

 A鑑定が採用する上記算式は、不動産鑑定評価では成立し得ない算式である。

B 継続賃料のスライド法の賃料の必要諸経費
  
 A鑑定は、鑑定書の中で、継続賃料のスライド法の賃料を求めるのに、必要諸経費を「4,350,000円+0.11X」とし、次の算式を記す。

      「11,763,440円×1.029 + 4,350,000円+0.11X = X円」

 この算式から、X=18,488,000円とする。

 上記式は、スライド法の賃料を求める算式であるから、それでは、その算式から求められたXより、スライド法の賃料の必要諸経費を求めれば、

          4,350,000円 + 0.11×18,488,000円 = 6,383,680円

である。

 スライド法の賃料の必要諸経費は、6,383,680円である。

 上記算式は、スライド法賃料を求める算式とA鑑定はしていることから、

             スライド法賃料 = X

ということを意味する算式になる。

 スライド法の賃料は継続賃料である。

 Xは積算賃料とA鑑定は規定する。積算賃料は新規賃料である。

 上記算式は、

            スライド法の賃料(継続賃料)=X(新規賃料)

ということになる。

 しかし、鑑定評価では、

       継続賃料≠新規賃料

である。

 A鑑定の

    
              スライド法の賃料 = X

の求め方の算式は間違っていることになる。

 スライド法の賃料は継続賃料であることから、鑑定評価では、

       スライド法の賃料≠積算賃料

が原則である。

 それにもかかわらず、A鑑定は、

       スライドの賃料=積算賃料

として求めている。

 A鑑定は、利回り法で述べたと同じく、根本的に賃料概念が分かっていない。

 A鑑定が採用する上記算式は、不動産鑑定評価では成立し得ない算式である。

C 3つの必要諸経費

 上記より、同一ビルの同一時点で、3つの必要諸経費が存在することになった。

      イ,新規賃料の必要諸経費          6,171,820円
      ロ,継続賃料の利回り法賃料の必要諸経費      6,260,040円
      ハ,継続賃料のスライド法賃料の必要諸経費    6,383,680円

 賃貸ビル経営で、空いた貸室を募集する場合、その募集する新規賃料の必要諸経費は、当該ビルで継続して貸している継続賃料の必要諸経費と異なっているであろうか。

 その様な賃料決定を貸ビル経営者は行わないし、考えていない。

 当該ビルの現時点の必要諸経費は、新規賃料であろうが、継続賃料であろうが1つの金額であり、変わるものではない。

 A鑑定は、新規賃料と継続賃料、そして継続賃料の中でもスライド法の賃料、利回り法の賃料においても必要諸経費が違うという鑑定評価をしている。

 同一ビルの同一時点の必要諸経費は1つで、どの様な手法分析を採ろうが、必要諸経費の金額は同じである。

 それが賃料の種類、評価手法によって異なるということはあり得ないことである。

 あり得ないことが存在しているごとく評価していることは、その不動産鑑定は根本的に間違っていることである。

 3つの必要諸経費が存在するという不動産鑑定評価など不動産鑑定といえる代物ではない。不当性も甚だしい。

 何故3つの必要諸経費が求められたかといえば、実質賃料をXと置くからである。

 Xとすることは、Xは変数であるから当然数値が変わる。

 数値が変わるということを、信じがたいが、分からずに数式を立てている。

 加えて、A鑑定は、

       利回り法の賃料  =積算賃料
       スライド法の賃料=積算賃料

という等式が成立するという考えで、利回り法の賃料、スライド法の賃料を求めているが、上記等式は鑑定評価上は成立しない等式である。

 3つの求められた必要諸経費の金額の違いは小さいから必ずしも不合理では無いと云って、上記賃料鑑定を適正であると裁判官は盲信して、判決されては甚だ迷惑であり、かつ困る。

 今から7年前の2010年7月5日に、鑑定コラム675) 「同一物件、同一時点で必要諸経費は、新規賃料、継続賃料で変わるのか」を発表した。そのコラム記事の内容は、今回とほぼ同じ問題の記事内容である。

 同一建物、同一価格時点で必要諸経費が複数あるという賃料鑑定書など、もう出てこないであろうと思っていたが、7年後に東京地裁の鑑定人の鑑定書として出現してきた。

 依然として、実質賃料をXとして、必要諸経費を求める不動産鑑定士がいるようである。それも判決次第では、財産権を左右する裁判所の選任鑑定人不動産鑑定士の賃料鑑定書にである。

 管理費等の必要諸経費は、実質賃料という答が分からなければ求められないと云うのか。その考えが、間違っていることが分からないのか。

 一体誰が、実質賃料をXとして、必要諸経費を求める賃料鑑定が適正であると広めたのか。そしてその求め方が適正であると力説しているのか。

 その求め方が適正であるという考えを広めた人は、自分であると名乗り出てくれないか。そしてその適正さを立証する理論を論文として発表してくれないか。

 7年前の案件の時には、間違いを指摘された不動産鑑定士は、反論として、間違いを指摘した私に対して、「田原鑑定士の見解は、独自のゆがんだ見解であり、間違っている」と批判して、自分の鑑定の正当性を主張してきた。

 2+3=5が正しければ、5-3=2にならなければならない。逆も又正なりである。

 5-3=2になるのが論理であるのだが、そうならないから、間違っているょと指摘したら、私の考えは「ゆがんだ見解」であると非難反論するのである。

 いやはや、凄い不動産鑑定士がいるものである。

  (2017年3月28日ホテルニューオータニの小さな部屋で開かれた田原塾の講話テキストに追記、加筆して)


  鑑定コラム675)
「同一物件、同一時点で必要諸経費は、新規賃料、継続賃料で変わるのか」

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  鑑定コラム1659)「帝国ホテル一室料金36,528円」

  鑑定コラム1841)「維持管理費等は実質賃料が分からなければ分からないものなのか」

  鑑定コラム1842)「実務修習テキストの実質賃料をXとする求め方はやめよ」

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