あるテレビドラマを途中から見た。
主人公の名前は「田原一平」という。そして「坂下」という名前の割烹料亭が、ドラマの舞台である。
「何だこれは。
田原、坂下と妙に私と関係のある名称が出てくるドラマだ。」
田原は私の苗字である。坂下は私の故郷の地名である。
そしてドラマの主人公を演じるのは、映画『硫黄島からの手紙』で、私が演技者としてキラリと光るものを感じた一兵卒の西郷の役を演じた二宮和也ではないのか。今度は二宮和也がどういう演技をするのか。
これだけ条件が重なれば、これは見なくてはならないドラマだと思い、連続ドラマの途中から見ることにした。
神楽坂芸者の子として生まれ、現在は神楽坂の割烹料亭で、板前修行中の田原一平という青年を描くドラマである。
自分の父親が誰であるのか、今は「雪乃」というバーを開いている元神楽坂芸者だった母親は、決して父親が誰であるのかを息子に教えてくれない。
そして、息子にお母さんと呼ばせないのである。元の芸者名に「ちゃん」をつけて「雪乃ちゃん」と呼ばせて楽しんでいるのである。
自分の父親が誰であるのかをさがし、推測して悩む。好きになった女性が異母兄弟では無いかと思い、ひどく落ち込んで行く。この心の葛藤がゆっくりした映像の流れで描かれてゆく。
ゆっくりした映像の流れと主人公が画像の後ろでつぶやき、物語を進めてゆく手法は、以前見た『北の国から』の手法と同じである。
これは、ひょっとすると倉本聰のドラマでは無いのかと思ったら、エンディングのキャスト一覧で「脚本 倉本聰」の名前があった。やはり倉本聰のドラマであった。
そのドラマは、『拝啓、父上様』(フジテレビ制作)という名のドラマであった。
役者の演技にこだわる倉本聰が、二宮和也という青年を主人公に抜擢したことは、二宮和也の俳優としての演技力を認めたと言うことであろう。
一人前の板前になりたい仕事への情熱と恋人への想いを織り交ぜて、神楽坂の狭い路地裏の坂道を、走り急ぐ二宮和也演じる一平の姿が印象に残る。
神楽坂は田中角栄首相が、こよなく愛した町でもある。
そして泉鏡花の「婦系図」のお蔦のモデルは、神楽坂芸者の女性である。
政治家と多くの文豪が愛した神楽坂の町の歴史と雰囲気を、料亭の板前修業の青年を主人公にした現代版の題材を使って、倉本聰はそれを見事に描いた。
ドラマの最後で、牛込見附の外堀に浮かぶ水上レストランで、筆談で話す一平とナオミのラストシーンは、若い恋人同士のほのぼのとした心の通う暖かさが感じられた。
このラストシーンとなった水上レストランの「キャナル・コーヒー」(CANAL CAFE)は、飯田橋駅西口の近くにあり、JR中央線・総武線の列車内の窓から見られるが、これからは訪れる人々が多くなる場所となるであろう。
外堀の水のさざ波を足元に聞き、コーヒーを飲みながら、対岸を行き交う赤い中央線、黄色の総武線の列車をぼんやりと見て、しばしの一時を過ごすのも都会生活の心のオアシスかもしれない。
『拝啓、父上様』というテレビドラマは、2007年3月22日で終わったが、『北の国から』と同じく、一平のその後の人生が描かれる長期ドラマになるのでは無かろうか。
そう期待されるテレビドラマであった。
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