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71)差額配分法と私的自治の原則

 最近、差額配分法について仰天すべき不動産鑑定書に出くわした。
 差額配分法とは、賃料のうち継続賃料を求める場合の4つの手法の1つである。
 4つの手法とは、差額配分法、スライド法、利回り法、賃貸事例比較法である。
 4つの手法のうちの1つである差額配分法は、『不動産鑑定評価基準』に次のごとく明記されている。

 「対象不動産の経済価値に即応した適正な実質賃料又は支払賃料と実際実質賃料又は実際支払賃料との間に発生している差額について、契約の内容、契約締結の経緯等を総合的に勘案し、当該差額のうち貸主に帰属する部分を適正に判定して得た額を実際実質賃料又は実際支払賃料に加算して試算賃料を求める手法である。」
 
 「対象不動産の経済価値に即応した適正な実質賃料又は支払賃料」とは、対象不動産の新規契約の実質賃料または新規契約の支払賃料のことである。
 実際支払賃料とは、実際に毎月支払っている支払賃料をいう。
 実際実質賃料とは、実際支払賃料に、授受されている保証金・敷金の運用益、保証金の償却額、礼金の償却額、更新料の償却額、共益費を加えた賃料である。

 求め方は、
  (実質賃料−実際実質賃料)×1/X+実際実質賃料=継続実質差額配分賃料
あるいは、
  (支払賃料−実際支払賃料)×1/X+実際支払賃料=継続支払差額配分賃料
として求める。Xが2の場合は1/2法(折半法)、Xが3の場合は1/3法と呼ばれている。

 賃料改訂時において改訂時前の実際賃料を「従前合意賃料」という。

 私が仰天したのは、次のごとくの考えによって差額配分法賃料が求められているものを目にした時である。  「当該契約されて支払っている賃料、即ち当該従前合意賃料は、その契約時において適正な市場賃料水準からかけ離れて安く決められた賃料であるから適正な賃料でない。それ故当該不適正合意賃料に代わるものとして、当該従前合意時の市場を反映した適正賃料を鑑定評価し、その賃料と現在の適正賃料を1/2して差額配分法の賃料を求める。」という求め方である。

 次の求め方である。
  (新規支払賃料−従前合意時の適正鑑定評価額)×1/2+従前合意時の適正鑑定評価額=差額配分法の継続賃料

 従前合意賃料を全く否定し、無視して継続賃料を求めているのである。
 この鑑定書を見て、私はこの不動産鑑定書は「私的自治の原則」を100%知らなくて書かれている不動産鑑定書と即座に判断した。
 私的自治の原則とは、法律行為自由の原則、契約自由の原則、所有権の絶対、過失責任の原則である。

 一旦賃貸借契約した賃料は、それがどの様に安くても、高くても契約合意したのであるから実行されなければならない。その契約に他人があれこれ口出すことは許されない。
 入居者が暴力団で脅されて恐かった為に安い賃料で契約してしまったと言って、家主が裁判所に周りと同じの適正な賃料に値上げして欲しいと泣きついてくる事件が多いが、契約してしまった以上、その賃料は合意したものとみなされる。その合意賃料を前提にしてその後の物価、賃料の変動等を考慮して価格時点のスライド法賃料が決定される。それが私的自治の原則に基づいた継続賃料の求め方である。契約合意された賃料を前提に継続賃料は考えなければならない。

 それを一不動産鑑定士が従前合意賃料は適正な市場賃料とかけ離れて安いから認められないと判断し、勝手に従前合意時の賃料を鑑定し、その勝手に鑑定評価した額を適正評価額と決めつけ、その評価額と現時点の適正賃料の差額を1/2にして継続賃料を求めている。このことは、我々が生きている契約社会が成り立つよりどころである私的自治の原則という根本原則を全く無視した暴挙である。常識はずれの全く話にならない行為である。
 それは法律的には成り立たない考え方であり、裁判になつたら代理人弁護士から即刻、一発で不当鑑定と言って否定される。加えて、その鑑定書を作成した不動産鑑定士を専門家としての資質を疑うとして、弁護士は懲戒処分の申し立てを行うかもしれない。
 裁判官もその様に求められた賃料を賃料として認めない。

 差額配分法は『不動産鑑定評価基準』に明記されている手法であるから、あたかも不動産鑑定の為に考えられた手法であるごとく思う人がいるかもしれないが、そうではない。差額配分法は家賃・地代のもめ事の解決の手段として争訟・裁判で古くから使われていた手法である。喧嘩両成敗の考えである。裁判では折半法と呼ばれていた。賃借人は賃料の据え置きを主張する。貸し主は幾ばくかの値上げを要求する。結局両者痛み分けで中をとって、即ち1/2づつ譲歩して解決となる。従前合意賃料が存在することが継続賃料を考えるときの大原則である。契約あっての賃料であるから当然である。私的自治の原則を構成する契約自由の原則があるから、裁判所とて従前合意賃料を対象外にして、継続賃料を決めることは出来ない。

 差額配分法は『不動産鑑定評価基準』が出来る前から、存在していた手法で、裁判にも広く使われ、手法として固まっているものである。
 『不動産鑑定評価基準』は裁判で使われている手法を導入したに過ぎない。差額配分法の根本の法理論には、私的自治の原則を形成する契約自由の原則が存在しているのである。
 『不動産鑑定評価基準』はうわべの配分手法のみ、即ちテクニックのみ導入して、差額配分法がよって立つ法理論の私的自治の原則を置き忘れてしまった為に、今回私が仰天した常識はずれな不動産鑑定評価が出現することになる。

 私は『賃料<家賃>評価の実際』P290で、賃料評価にあっては「鑑定を知らない不動産鑑定士と揶揄され相手にされなくなる」場合があると述べているが、これはこれらのことを云っているのである。

 『不動産鑑定評価基準』が実際実質賃料、実際支払賃料と賃料の前に「実際」という言葉を付けているのは、「賃貸借契約されている賃料であること」を言っているのである。賃貸借契約されていない賃料を前提に差額配分法を考えろと言ってはいないのである。
 私が仰天した差額配分法の求め方は、「実際」という言葉が何を意味すのかすら知らない、明らかな『不動産鑑定評価基準』違反のものである。判例を無視した求め方である。そしてより重要なことは、契約社会の原則である私的自治の原則を踏みにじっていることである。

   その賃料評価の報告書を目にした不動産鑑定業界の長老は一言、
 「鑑定以前の問題だ。話にならん。」とバッサリ切り捨てた。
 業界中堅の不動産鑑定士曰く、
 「それって、取引契約されたかどうかわからない過去の不動産鑑定した土地の評価額を使って、比準価格らしきものを求め、適正な土地価格だと言っていることと同じではないですか。そんなこと有りですか」と。

 改めて私は驚く。
 継続賃料評価で、私的自治の原則に全く無頓着で、従前合意賃料を完全に無視して差額配分法を行い、その求められた賃料が正しいと堂々と主張する不動産鑑定評価書が出現するとは、私は夢にも思わなかった。


 本鑑定コラムには賃料に関する多くの記事があります。下記に一部紹介します。

  鑑定コラム226)家賃より地代を求める家賃割合法

  鑑定コラム214)共益費は賃料を形成しないのか

  鑑定コラム231)保証金が100ヶ月とゼロの店舗支払家賃は同じなのか

  鑑定コラム236)従前合意賃料は妥当な賃料だったか

  鑑定コラム219)家賃評価の期待利回りは減価償却後の利回りである

  鑑定コラム68)賃料と改正鑑定基準

  鑑定コラム101)基礎価格の再認識の必要性


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