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236)従前合意賃料は妥当な賃料だったか

 店舗の従前合意賃料が月額支払賃料30万円であったとする。

 店舗賃料は、東京において平成15年頃より一部高度商業地では値上がり傾向にあるが、普通商業地では下落或いは横ばい状況である。当該地の商業地域の店舗賃料も横ばいとする。

 とすると、スライド法による支払賃料は、
          30万円×1.0=30万円
となる。

 従前合意賃料時の必要諸経費を分析すると月額17万円であるとする。
 純賃料は、
          30万円−17万円=13万円
である。

 従前合意賃料時の当該不動産の価格は3,600万円とする。
 従前合意賃料の継続賃料利回りは、

                    13万円×12
                  ────── = 0.043                             
                     3,600万円
4.3%である。

 その後価格時点まで、不動産の下落は10%あり、価格時点の当該不動産の価格は、
          3,600万円×(1-0.1)=3,240万円
とする。

 価格時点の継続賃料利回りは、

                            1.0(賃料変動率)
          4.3%×───────── ≒4.8%                
                            0.9(不動産変動率)
である。

 価格時点の必要諸経費は月額16万円とする。

 利回り法賃料は、
        3,240万円×0.048÷12+16万円≒29.0万円
と求められる。

 一方、当該地域の周辺の類似の不動産の賃料より比較すると、当該建物の新規支払賃料は月額40万円程度であるとする。

 純賃料は、
          40万円−16万円=24万円
である。

 期待利回りは、

                    24万円×12
                   ─────  = 0.089                             
                     3,240万円
8.9%である。

 計算の説明上、実質賃料で考えず、支払賃料で差額配分法を考えると、
          40万円−30万円=10万円
 1/2法を採用すると、
          10万円×1/2=5万円
          30万円+5万円=35万円
 差額配分法の価格は35万円と求められる。

 以上より、
          スライド法     30万円
          利回り法      29万円
          差額配分法     35万円
と求め、3つの賃料の平均で適正賃料を、

          30万円+29万円+35万円
                   ─────────── =31.3万円                
                               3
と決定したとする。

 求め方は一見最もらしく見える。
 『鑑定評価基準』の求め方に特に反することもなく、得られた31.3万円の賃料は適正な鑑定評価額という印象を与える。
 評価を行った不動産鑑定士は求めた継続賃料は適正で妥当な賃料というであろう。
 賃料改訂訴訟中であって、裁判所指定の鑑定人不動産鑑定士が上記の鑑定評価を行った場合、担当裁判官は専門家の鑑定評価基準に従った適正な鑑定評価として、この鑑定結果を踏まえて判決を書くことにほぼなるであろう。

 しかし、この鑑定結果に大きな疑問点が投げかけられる。
 それは何か。
 従前合意賃料が妥当な水準であったか否かの疑問点である。

 それは新規賃料が40万円と求められるのに、従前賃料は30万円であり、約33%の賃料の開きがある。店舗賃料の変動が無く、或いは一部下落状況にあるというのに、従前賃料は新規賃料に比してあまりにも安すぎる。
 何かあるのではないか。

 賃貸人が要求してきたのは、現行賃料が安すぎると思い、不満であるために値上げ要求してきたのである。
 その原因は何であろうか。

 その要因は、利回り法で分析することによって分かる純賃料と必要諸経費の金額に存在している。
 設例の場合、
          純賃料      130,000円
          必要諸経費        170,000円
である。

 純賃料が必要諸経費よりも安く、必要諸経費の0.76(130,000円÷170,000円≒0.76)の水準である。
 貸ビルの賃料の構成要因である純賃料と必要諸経費の間には、ある一定の割合関係がある。
 貸ビル経営を行って行くための経済的合理性の経験則がある。

 総収入に占める必要諸経費(減価償却費を含める)の割合は、
          貸ビル      0.30
          貸マンション     0.35
          アパート     0.38
である。(『賃料<家賃>評価の実際』p289)

 総収入には支払賃料のほかに、保証金・敷金運用益、礼金償却、共益費等が含まれるから、上記割合は支払賃料に対する割合ではない。

 支払賃料に対する必要諸経費の割合を分析する。
 貸ビルの必要諸経費で考察する。
 上記貸ビルの必要諸経費率30%のうち、必要諸経費の中で共益費(管理費)の占める割合は10%程度である。

 共益費を必要諸経費からはずした貸ビルの必要諸経費は、
          30%×(1−0.1) = 27%
である。

 これより必要諸経費と純賃料の割合は、
    必要諸経費              27%
        純賃料       1−0.27=0.73      73%(共益費を含む)
となる。

 上記純賃料のうち保証金・敷金運用益、礼金償却、共益費の占める割合を35%とする。

 上記純賃料73%は次に分解される。
   保証金・敷金運用益、礼金償却、共益費     73%×0.35≒26%
    支払賃料の純賃料                         73%×0.65≒47%

 上記分析から、
        純賃料                           47%
        必要諸経費                       27%
     計                             74%
である。

 これを100分比に換算すれば、
    純賃料         47%÷74%≒64%
        必要諸経費     27%÷74%≒36%
となる。

 支払賃料に対する必要諸経費の割合は36%である。共益費は除く。
 そうすると、支払賃料の構成割合は、
          支払賃料     1.0
          必要諸経費    0.36
          純賃料      0.64
となる。

 純賃料は必要諸経費の金額よりも多く、必要諸経費を1.0とすると、

           0.64 
                   ─── ≒ 1.78                                   
                     0.36
の割合関係が適正な構成割合ということになる。

 この割合は、新規支払賃料の割合と考えられる。継続賃料の場合はこの割合までは行かない。少し下位になる。

 純賃料は貸ビル所有者の手許に残る金額である。必要諸経費の1.78倍の金額が残ることが正常なビル経営の状態といえる。
 賃借人との間で種々の要因があって倍率は1.78倍を維持することが出来なくても、せめて1.0倍程度以上の倍率程度は継続賃料として最低でも維持すべき数値と思われる。

 そうでないと貸ビル経営が大変困難な状態に陥ってしまう。減価償却費が内部に留保されるからそんなことはないという反論があろうが、貸ビル経営の場合、ビル建築費は殆どが銀行借り入れで行っており、減価償却費は銀行への借り入れ返済に回され、なおそれでも不足して、純賃料の部分の大部が銀行への借り入れ返済に回される場合が多いのである。

 例示の案件の場合、純賃料が必要諸経費よりも安く、必要諸経費の0.76の状態である。

 この純賃料と必要諸経費の割合関係が不健全と気づかず、スライド法、利回り法等の賃料を求めても、その求められた継続賃料の適正性には疑問符が付けられる。

 適正な継続賃料を求めるには、まずこの純賃料が必要諸経費の0.76の金額水準にあることを是正することが、評価を行ううえで考える最も重要な事項である。

 スライド法は、契約自由の原則より、賃貸人、賃借人が契約合意した従前の合意賃料を否定することは出来ない。
 また、その後の賃料変動率を勝手に操作することは出来ない。
 そうするとスライド法の賃料は30万円とならざるを得ない。

 その時には、純賃料の金額割合が必要諸経費の0.76という非合理的な状態を前提に求められたスライド法には、合理的根拠を見つけることは出来ないとして、不採用とする以外方法はない。
 利回り法は、継続賃料利回り4.8%が著しく低いことを立証して、適正水準の継続賃料利回りを採用することになる。

 新規支払賃料の期待利回りは8.9%である。この期待利回りとの開差を小さくするように努力すればよい。

 期待利回りと継続賃料利回りのウエイト付を、例えば0.7:0.3として、
          8.9%×0.7+4.8%×0.3≒7.7%
と価格時点の継続賃料利回りに修正する方法をとることも一方法である。
          7.7%÷8.9%=0.86
 新規支払賃料の期待利回りと継続賃料利回りとの開差が10〜20%の間にあれば、合理的な継続賃料利回りの範囲と認めてもよいではなかろうか。

 利回り法の賃料は、
        3,240万円×0.077÷12+16万円=36.8万円
  と求められる。

          利回り法     36.8万円
          差額配分法    35.0万円
より、仮に36万円と継続賃料の支払賃料を決定したとする。

 純賃料と必要諸経費は、
       純賃料   360,000円−160,000円=200,000円
              必要諸経費                        160,000円
であるから、純賃料は必要諸経費より金額は大きくなり、割合は、

          200,000円  
                 ──────  = 1.25                              
                    160,000円
で、1.0より大きい数値となった。

 1.78の数値は新規支払賃料であるから、その倍率までは無理としても、どうにか許容出来るぎりぎりの合理的な範囲と認められる賃料水準に修正されたといえる。

 従前合意賃料の純賃料と必要諸経費の価格割合関係を認識せずに、スライド法の変動率を消費者物価指数や、GNPの指数や、公務員の給与変動率や、店舗の売上高変動率等のいくつかを加重平均して変動率を作成して、スライド法賃料を求めたとしても、それらは枝葉のことであり、根本の個所の検討が抜けていれば、求められたスライド法賃料の信頼性はない。利回り法とて同じことである。

 31.3万円が適正な賃料と主張するのと、36万円が適正な賃料と主張するのと、どちらの主張の賃料が適正かはおのずと分かろう。

(2005年11月中頃発行予定の田原著『賃料<地代・家賃>評価の実際』(仮題)の校正中の原稿の一部から。同書はプログレス社からA5版400頁程度で2005年11月中頃発行予定です。現在原稿の再校正中です。)


 本鑑定コラムには賃料に関する多くの記事があります。下記に一部紹介します。
  鑑定コラム226)家賃より地代を求める家賃割合法

  鑑定コラム214)共益費は賃料を形成しないのか

  鑑定コラム231)保証金が100ヶ月とゼロの店舗支払家賃は同じなのか

  鑑定コラム219)家賃評価の期待利回りは減価償却後の利回りである

  鑑定コラム68)賃料と改正鑑定基準

  鑑定コラム71)差額配分法と私的自治の原則

  鑑定コラム101)基礎価格の再認識の必要性

  鑑定コラム665)従前賃料合意時点とは

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