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1.はじめに
2021年12月23日東京オリンピック晴海選手村土地不当廉売事件の判決が、東京地方裁判所で出された。その判決は、都側の不動産鑑定書(以下「甲不動産鑑定書」と呼ぶ。)の開発法1つで求めた土地価格を適法としたが、この1つの開発法で土地価格を求めることが適法ということについて反論する。
2.開発法価格は比較考量価格である
不動産鑑定評価基準(以下「鑑定基準」と呼ぶ。)は、更地価格の求め方について、次の様に規程する。
「更地の鑑定評価額は、更地並びに配分法が適用できる場合における建物及びその敷地の取引事例に基づく比準価格並びに土地残余法による収益価格を関連づけて決定するものとする。再調達原価が把握できる場合には、積算価格をも関連づけて決定すべきである。当該更地の面積が近隣地域の標準的な土地の面積に比べて大きい場合等においては、さらに次に掲げる価格を比較考量して決定するものとする(この手法を開発法という。)。」(平成26年改正鑑定基準 国交省版P43)
要約すると、更地価格は、取引事例比較法の比準価格、収益還元法の収益価格、原価法の積算価格(再調達原価が把握出来る場合)の3つの価格を関連づけて求めょと鑑定基準は規程する。
当該評価地の面積が、標準規模と比較して大きい場合には、開発法の価格を比較考量として決定せょと規程する。
開発法価格は、比較考量の価格であり、比準価格、収益価格、積算価格があることが前提である。
開発法を比較考量価格としたことについては、『要説 不動産鑑定評価基準と価格等調査ガイドライン』P318(公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会監修 鑑定評価基準委員会 編著 2015年10月30日改題版第3回 住宅新報社)は、次のごとく記す。
「開発法によって求める価格は、デベロッパー等の投資採算性に着目した手法であり、各種の想定が適正に行われたときは、前記三手法によって求めた試算価格の有力な験証手段となり得ることから、比較考量すべきものとされた。」
つまり、開発法には分譲価格、建築工事費、諸経費、建設期間、投下資本利益率等想定条件が多く、それらが全て適正であったときは有力な験証手段になる価格という位置づけである。
各種の想定事項が全て適正であると云うことは、それぞれの想定事項が客観的に実証されて妥当性があると認められる数値でなければならない。客観的な実証証拠が無く、信頼性の無い主観的に決められている場合には、信用性の無い価格となる。そうした場合には、比較考量の価格になり得ない。
各種想定要因事項が適正であった時に、三手法を関連づけて価格の比較考量の価格になるものである。
開発法の価格は、比較考量の価格と云う価格位置にある価格である。
これに関して判決は、判決書P87で、開発法と3手法の関係について、下記のごとく判示する。
「不動産の鑑定評価に当たって着目すべき基本的な要素に応じて原価法,取引事例比較法及び収益還元法の三つを不動産鑑定評価の基本的な手法として位置付けた上で,開発法を,これらの考え方を組み合わせた応用的手法として位置付けているものと解される。そして,鑑定評価基準は,開発法を適用すべき場合を当該土地(更地)の面積が広大である場合等に限定する一方,これを適用すべき場合には,他の手法による試算価格との比較考量に当たって,他の手法による試算価格よりも劣位に扱うべきものとはしていない。」
判決は、開発法を3つの価格より「劣位に扱うべきもの」では無いと判示するが、3つの価格と同等の重要度、信頼度を持ち得ない開発法の価格を3つの価格と同等に扱うことは出来ない。
同等の重要度、信頼度を開発法が持っているのであれば、鑑定基準は開発法を比較考量の価格扱いをしない。4つ目の価格として列記する。
4つ目の価格として列記せず、比較考量の価格扱いしていることが、劣位の価格として見ている証拠である。判決の開発法を「劣位に扱うべきもの」では無いと云う判示は間違っている。
3.鑑定基準は開発法単独で求めた価格を更地価格とは認めていない
前記した通り鑑定基準は、更地価格は、取引事例比較法の比準価格、収益還元法の収益価格、原価法の積算価格(再調達原価が把握出来る場合)の3つの価格を関連づけて求めょと規程する。
比準価格一つで求めて良いとも云っていない。収益価格一つで求めて良いとも云っていない。積算価格一つで求めて良いとも云っていない。
3つの価格を関連づけて求めょと云っている。
このことは何を意味するのかと云えば、一つの価格では、適正である価格と云うことを担保するものが無くて適正と云うことが出来ないことから、複数の手法の価格を求め、それ等価格が互いに担保することによって適正な価格と云えることを意味するのである。
開発法の価格は、3つの価格の価格位置に対して、比較考量の価格と云う価格位置にある価格である。3つの価格に比して、重要度、信頼度は低い価格である。
3つの価格と同等の価格では無い。
甲鑑定書は、13.39haの土地の更地価格を、開発法1つの手法で求めているが、鑑定基準は、開発法単独で、更地価格を求めて良いとは、どこにも書いていない。
3つの価格ですら単独で更地価格を求めることを許していない鑑定基準である。
比準価格で求めたとしても、その比準価格の適正を担保するために収益価格、或いは再調達原価が把握出来る場合には積算価格を求めることを鑑定基準は要求している。
開発法の価格が、各種想定事項が適正であったとしても、その価格を担保する比準価格或いは収益価格、積算価格のいずれか一つの価格が必要である。
東京都側の甲不動産鑑定書は、開発法の価格のみで求めているだけで、その価格が適正であることを担保するべき比準価格、収益価格、積算価格のいずれも求めていない。
開発法の価格のみの土地鑑定評価は鑑定基準違反である。それを適法と認める一審判決が合法であるという根拠は無い。
4.5-3街区、5-7街区の開発法は間違っている
5-3街区、5-7街区の開発法は、収益還元法で収益価格を求め、その収益価格を分譲価格のごとくのベース価格と見なして、開発法を行っている。その様な開発法は無い。
収益還元法で安い価格にしておいて、それを開発法のベース価格にして開発法で建物工事費等を差引し、期間割引きすれば、求められる価格は甚だ安くなる。理に合わない無茶苦茶な土地価格の求め方である。
求められる土地価格は意味不明の価格であるが、不動産鑑定会社は、それを開発法価格と云っており、判決も開発法価格と呼び、尚かつ「査定内容に不合理な点はうかがわれない」と判示する。
鑑定基準は、収益価格を分譲価格とみなして開発法を行って良いとは規定していない。開発法のベース価格は、「分譲価格」である。
このことについては、鑑定コラム2145)「収益還元法価格は開発法のベース価格にはならない」で記した。
5-3街区、5-7街区の土地価格は、鑑定評価で求められた価格では無く、意味不明の価格である。鑑定基準違反も甚だしい価格である。
そうした5-3街区、5-7街区の土地価格を、「査定内容に不合理な点はうかがわれない」と云って適正合法とする判決はどうかしている。
5-3街区については、固定資産税のことについて、裁判官はおかしな判示反論をしていることから、稿を改めて論述したい。
5.判決は3つの価格を求めることが出来ないと云う虚構
@ 選手村要因
判決は、判決書P81で、次のごとく記す。
「本件価格等調査においては,委託者である東京都から,@都が提示する開発計画に基づき本件土地の造成工事が 完了し,道路等の公共インフラ設備が整備されていること,A特定建築者が本件施設建築物を建設,取得すること,B所定の開発スケジュールに従って開発が行われること,C本件施設建築物が所定の用途に用いられること,D特定建築者が大会期間中所定の賃料収入を取得すること等を前提として価格等調査を行う旨の条件が付されていたものである。」
上記条件が選手村要因である。
この選手村要因について、判決はP82で次のごとく判示する。
「選手村要因が存在することを前提とし,同要因の価格への影響を考慮して判断すべきであるところ,上記の条件は,まさに,選手村要因を考慮した本件土地の経済価値を評価するために付 されたものということができる。そうすると,本件価格等調査において上記の条件が付されていることは,本件再開発事業において施行者たる東京都が特定建築者に本件土地を譲渡するに当たって予定価格を決定する際の参考にするという本件調査委託契約の目的に沿うものといえ,本件価格等調査は,上記の観点から本件土地の価格を査定するための合理的な条件が付されているものといえる。」
A 開発法は適切であるという判決内容
判決は、開発法による土地価格の求め方が適切であることについて、判決書P85〜86で次のごとく判示する。
「イ 開発法のみを用いたことの相当性について
もっとも,上記の例外的な場合として鑑定評価基準に則らない価格等調査を行うときであっても,当該価格等調査における依頼の目的等に応じた合理的な方法で対象不動産の価格を求めるべきであり(関係法令等(5)イ参照),鑑定評価基準に定める価格評価の手法である取引事例比較法又は収益還元法のいずれかを用いることができない場合であっても,同基準に定めるその余の手法を用いることができるのであれば,可能な限りそれらを用いて対象不動産の価格を求めるべきである。
本件価格等調査においては,開発法のみを用いて本件土地の価格を査定している(前記(2)イ。ただし,5−3街区及び5−7街区については,開発法を適用するに際して必要となるこれら各土地及び同土地上の建物から成る複合不動産の販売価格を査定する際に収益還元法を用いている。)ことから,このような価格評価の手法の選択が合理的なものであったといえるかが問題となる。
開発法は,鑑定評価基準において,更地の面積が近隣地域の標準的な土地の面積に比べて大きい場合等における価格評価の手法として定められているものであり,一体利用をすることが合理的と認められるときは,価格時点において当該更地に最有効使用の建物が建築されることを想定し,販売総額から通常の建物建築費相当額及び付帯費用を控除して対象不動産の価格を求めるものとされており(関係法令等(3)イ),このような評価の手法は,それ自体,合理的な手法であるといえる。
本件土地は,その総面積が13万u余りにも及ぶ広大な土地であり,街区別にみても最も面積の小さい5−7街区ですらその面積が1万1355uにも及んでいるものである(前提事実(2)ア,別紙2)から,鑑定評価基準上も,開発法の適用が想定される規模のものであるということができる。
また,前記ア,のとおり,本件価格等調査においては,本件土地上に本件施設建築物を建築すること等の条件を前提として評価する必要があるところ,このような条件下における評価を最も的確に行うことができる手法は,開発期間を含め,土地上に建築される建築物に係る諸事情についても考慮することができる開発法であるということができる。
以上に鑑みると,本件価格等調査において,選手村要因を考慮した本件土地の価格を査定するに当たり,開発法を採用したことが不合理であるということはできず,同価格等調査における開発法の具体的な適用方法が,選手村要因を反映したものであること(本件土地上に建築することを想定する建物やその用途が最有効使用を前提とするものではなく,開発スケジュール等もあらかじめ定められていること等)を除き,鑑定評価基準及び鑑定評価基準留意事項の定める手法(関係法令等(3)イ ,(4)ウ)と異なるものであるとも認められない(なお,後記エ参照)。
また,後記bのとおり,本件価格等調査において,取引事例比較法,収益還元法又は原価法を採用することができたとも認められない以上,本件価格等調査において開発法以外の手法を採用しなかったことが不合理であるということはできない。」
B 取引事例比較法不採用の判示
判決書は、P87〜88で取引事例比較法の採用が出来ないことについて、下記のごとく判示する。
「取引事例比較法については,鑑定評価基準において,近隣地域若しくは同一需給圏内の類似地域等において対象不動産と類似の不動産の取引が行われている場合又は同一需給圏内の代替競争不動産の取引が行われている場合に有効であるとされているところ(関係法令等(3)イ),本件土地の近隣地域又は同一需給圏内の類似地域において,本件譲渡契約と同様の不動産の取引,すなわち,前記アのような条件が付された取引がされていると認めるに足りる証拠はない。
原告らは,東京都内における広大地の取引事例の収集は可能である旨主張するが,前記ア(ウ)のとおり,同(イ) の条件(すなわち選手村要因を考慮すること)は本件価格等調査において本件土地の価格を査定するための合理的な条件であるところ,選手村要因は極めて特殊かつ個別性の強いものであるから,これに類する要因が存在する取引事例を収集することが困難であることはもちろん,原告らが主張するような他の広大地(選手村要因ないしこれに類する要因が存しないもの)の取引事例との比較から選手村要因を考慮した本件土地の価格を査定するための的確な事情補正を行うことも困難である。」
C 収益還元法不採用の判示
判決書は、P88で収益還元法の採用が出来ないことについて、下記のごとく判示する。
「また,収益還元法については,一般に,対象不動産が更地である場合については土地残余法を適用することが可能であるが,この手法は,当該更地に賃貸用建物等が建築されることを想定し,対象不動産が将来生み出すであろうと期待される純収益の現在価値の総和を求めるものである(関係法令等(3)イ,(4)イ)のに対し,本件土地については,選手村要因を考慮した場合,5−3街区及び5−7街区以外の街区に建築される本件施設建築物は分譲するものとされており,土地残余法を適用する前提を欠くこととなる。
そして,本件土地を一括して譲渡することを前提とする選手村要因(前提事実(3)キ)を考慮した本件土地の価格を査定するに当たり,本件土地の一部のみについて開発法に加えて収益還元法を用いることが相当であったともいえないから,本件価格等調査において開発法とは別に収益還元法を用いなかったことが不合理であるとはいえない。」
D 原価法不採用の判示
判決書は、P89で原価法の採用が出来ないことについて、下記のごとく判示する。
「さらに,原価法は,価格時点における対象不動産の再調達原価を求め,この再調達原価について減価修正を行って対象不動産の試算価格(積算価格)を求める手法であるところ(関係法令等(3)イ),本件土地について再調達原価を適切に求めることができると認めるに足りる証拠はない(原告Eは,本件土地について原価法を適用することができる旨供述するが〔原告E19頁〕,同原告の供述においても,本件土地の素地の値段は分からないというのである〔原告E同頁〕し,また,本件各E鑑定のいずれについても原価法を採用しておらず,再調達原価の把握を適切に行い得る根拠が示されていない。)。」
E 3つの手法の不採用の判示
判決書は、P89で3つの手法の採用が出来ないことについて、下記のごとく判示する。
「以上のとおり,選手村要因を考慮した本件土地の価格を求めるに当たり,取引事例比較法,収益還元法又は原価法のいずれかを適用することができたとは認められないから,本件価格等調査がこれらの手法のいずれかを適用することなく,開発法のみを用いて本件土地の価格を査定したことが不合理であるということはできず,この点についての原告らの主張は採用することができない。」
次章より、上記判決の開発法の間違い及び3つの手法が採用出来ないという判決への反論を試みる。
6.選手村要因は土地価格に影響を与えない
@ 判決の主張
判決は、選手村要因を5項目挙げているが、@は5画地の道路等のインフラは東京都が整備することであるから、選手村要因はAからDまでの項目の内容である。
このAからDまでの「選手村要因が存在することを前提とし,同要因の価格への影響を考慮して判断すべきである」と判決は主張し、その選手村要因は「合理的な条件」であるから、選手村要因を考慮した土地価格が、本件土地の経済価値を反映する土地価格であると主張する。
A 土地及び建物の価格形成の実態
イ、土地価格、建物価格は別々で求められる
土地及び建物の価格形成は、土地価格と建物価格とは別々の要因で形成されるのが現実の実態である。土地価格は土地価格として求められる。建物価格は建物価格として求められる。
土地価格は、上の建物価格に影響を受けずに形成される。
建物及びその敷地の価格は、別々に求められた土地価格、建物価格が加算されて、
土地価格+建物価格
で把握される。
新築建物の場合は、土地価格は更地価格であり、その更地価格は、周辺の土地の取引事例と比較して決められる。建物価格は新築の建築費である。
このことは、鑑定基準の「建物及びその敷地」の積算価格の求め方を知れば、分かり易い。
ロ、鑑定基準の「建物及びその敷地」の規定
国土交通省のホームページに掲載する国土交通省版の平成26年改正鑑定基準P24に、次の様に記述されている。
「建物及びその敷地の再調達原価は、まず、土地の再調達原価(再調達原価が把握できない既成市街地における土地にあっては取引事例比較法及び収益還元法によって求めた更地の価格に発注者が直接負担すべき通常の付帯費用を加算した額)又は借地権の価格に発注者が直接負担すべき通常の付帯費用を加算した額を求め、この価格に建物の再調達原価を加算して求めるものとする。」 (平成26年改正鑑定基準 国交省版P24)
建物及びその敷地の再調達原価とは、新築建物とその敷地のことを指す。
鑑定基準は、土地価格は、既存市街地においては取引事例比較法及び収益還元法によって更地価格を求めょと規程する。開発法で求めょとは規定していない。
判決は、前記において開発法は「他の手法による試算価格よりも劣位に扱うべきものとはしていない」と判示したが、鑑定基準の建物及びその敷地の求め方においては、更地価格を求める手法に、開発法は含まれていない。このことを知れば、開発法は3つの価格と同等の価格位置にあるとは云えないであろう。ここでもそれが実証される。
一方建物価格は、再調達原価加算するとある。即ち、新築建物工事費である。
上記求め方は、建物に条件が付いていない場合の、建物及びその敷地の求め方であるという反論があろうと予測されるが、建物の用途、階層、建築期間等の注文条件がどれ程つけられても、それは建物の工事費の問題、即ち建物価格の問題であり、土地価格には無関係である。
ハ、更地価格を求める場合の事例
鑑定基準は、更地価格を求める場合の取引事例について、次の様に規程する。
「更地並びに配分法が適用できる場合における建物及びその敷地の取引事例」(平成26年改正鑑定基準 国交省版P43 )
更地価格を求める場合の取引事例比較法に採用出来る事例は、更地の取引事例と、建物及びその敷地の取引事例のうち土地価格と建物価格が配分法によって求めることが出来る事例という。
配分法とはどういうことかと云えば、鑑定基準は次のごとく説明する。
「(4)配分法
取引事例が対象不動産と同類型の不動産の部分を内包して複合的に構成されている異類型の不動産に係る場合においては、当該取引事例の取引価格から対象不動産と同類型の不動産以外の部分の価格が取引価格等により判明しているときは、その価格を控除し、又は当該取引事例について各構成部分の価格の割合が取引価格、新規投資等により判明しているときは、当該事例の取引価格に対象不動産と同類型の不動産の部分に係る構成割合を乗じて、対象不動産の類型に係る事例資料を求めるものとする(この方法を配分法という。)。」
(平成26年改正鑑定基準 国交省版P27)
建物及びその敷地の取引事例で全体の取引事例価格が分かり、建物価格が分かる場合には、全体の価格から分かっている建物価格を差し引いた金額が土地の取引事例価格であるということである。
この配分法による土地価格の求め方は、土地価格と建物価格はそれぞれ別々に価格形成されていると云うことを示している。
B 土地価格比準表
「国土利用計画法の適正な施行を図るため、地価公示の標準地からの規準等における地域要因及び個別的要因の把握及び比較についての標準的な比準表を作成し、これを適切に運用することにより、評価の適正を期するものとする。」として、昭和50年1月20日、旧国土庁(現国土交通省)の課長通達(50国土地第4号)に伴って作られた「土地価格比準表」(平成28年6月1日 七版改訂 地価調査研究会編 住宅新報社)によれば、住宅地・商業地の土地価格の増減価要因として、地域要因では、街路条件、交通・接近条件、環境条件、行政的条件がある。
地域要因の条件の中に、当該土地上の建物の状況によって土地価格が増減するという要因修正は無い。
個別的要因として、街路条件、交通・接近条件、環境条件、画地条件、行政的条件、その他がある。
個別的要因の画地条件の要因項目は、下記の内容である。
イ、地積・間口・奥行・形状等
ロ、方位・高低・角地・その他接面街路との関係
個別的要因の中に、当該土地上の建物の状況によって土地価格が増減するという要因修正は無い。
つまり、判決の云う選手村要因のA〜Dの要因は、土地価格の増減に影響を与えるものでは無いと云うことになる。
C 選手村要因は土地価格に影響を与えない
上記土地及び建物の価格形成の実態、鑑定基準の建物及びその敷地の規定、配分法による土地事例価格の求め方、そして土地価格比準表の分析から判断すれば、選手村要因は土地価格に影響を与えない。
判決の云う選手村要因のA〜Dの要因は、土地価格に影響を与えなく、その要因は建物価格で考えるものであることになる。
判決は、選手村要因は合理的な条件であるから、その条件付の土地価格こそが経済価値であると云うが、土地の経済価値は、前記したごとく周辺土地の取引事例との比較、当該土地上に想定した賃貸建物の賃料からの収益、埋立地・造成地の場合はその築造コストによって決められるものである。
選手村要因で決められるものでは無いことから、判決は失当となる。
D 開発法のみによる土地価格を適正と判示する判決は間違っている
上記分析から、開発法は建物工事費が適正工事費であればともかく、過大にすれば、土地価格は安くなることから、開発法のみを採用して土地価格を求めることは間違っていると云うことになる。
開発法のみ採用、そしてそれから求められた土地価格は適正であると判示する判決は、土地価格の形成要因が全く分かっていない見当違いの間違った判決ということになる。
7.甲不動産鑑定書の開発法の験証
判決が適正であると判示する甲不動産鑑定書の開発法が適正に求められている価格であるかどうか験証する。
@ 地価公示価格の採用する開発法
イ、中央区住宅地の地価公示が採用している4件の開発法
開発法は、マンション分譲価格、建築工事費、諸経費、建築期間、投下資本収益率等幾つかの要因によって計算され、それ等要因が適正であれば、比準価格の比較考量の価格として採用出来ることになる。
地価公示価格に採用されている開発法は適正な数値等と考えられる。
令和2年地価公示の東京都中央区の住宅地では、10件の地価公示価格のうち4件が、比準価格の他に開発法の価格が求められている。その4件を分析する。
開発法を採用している中央区の住宅地の地価公示地は、次の通りである。
a. 中央-6
所在 佃3-3-9(住居表示、以下同じ)
面積 717u
地価公示価格 u当り2,010千円(令和2年1月1日 以下同じ)
開発法価格 u当り2,060千円
最寄駅 月島 120m
用途地域 商業地域 容積率600%
b. 中央-8
所在 日本橋浜町3-28-2
面積 727u
地価公示価格 u当り1,240千円
開発法価格 u当り1,240千円
最寄駅 浜町 480m
用途地域 商業地域 容積率500%
c. 中央-9
所在 日本橋中州2-3
面積 880u
地価公示価格 u当り1.260千円
開発法価格 u当り1,260千円
最寄駅 水天宮 370m
用途地域 商業地域 容積率500%
d. 中央-10
所在 晴海5-1-9
面積 4,158u
地価公示価格 u当り1,060千円
開発法価格 u当り1,060千円
最寄駅 勝どき900m
用途地域 商業地域 容積率500%
地価公示価格と開発法価格の価格差は殆どない。開発法を適正な求め方で行えば、適正な土地価格を求めることが出来る。
ロ、データ分析の方法
令和2年の地価公示価格より、地価公示価格の詳細な鑑定書が公開されることになった。
その公開鑑定書に記載されている開発法の記載データを使用して、次のごとくの指標割合を求める。
中央-6のデータを例にして求め方を説明記述する。
a. 分譲総額/土地建物価格 の割合
土地建物のコスト価格に、どれ程の諸経費・利潤が加算されて分譲価格が決定されているか分析する。
中央-6の開発法は、717uの土地上にRC造10階建の分譲マンションを想定する。
建築工事費は、1,926,260千円である。
土地価格は、地価公示価格が2,010千円/uと発表されていることから、
2,010千円×717u=1,441,170千円
である。
土地建物価格は、
1,441,170千円+1,926,260千円=3,367,430千円
である。
マンション分譲単価は、1,100千円/uで、延分譲面積は、3,987.00uである。
分譲総額は、
1,100千円×3,987.00u=4,385,700千円
である。
分譲総額
────────
土地建物価格
の割合は、
4,385,700千円
───────── = 1.3023 ≒ 1.30
3,367,430千円
1.30である。
土地建物価格に1.30を乗じれば、分譲総額が求められるという関係があるということである。
b. 分譲総額/土地価格 の割合
土地価格の高い地域・土地に建つマンションの分譲価格は高いことから、その関係を分析する。
中央-6の分譲総額は、上記で記した。 4,385,700千円である。
土地価格も上記で記した。1,441,170千円である。
分譲総額
────────
土地価格
の割合は、
4,385,700千円
───────── = 3.043 ≒ 3.04
1,441,170千円
3.04である。
土地価格に3.04を乗じれば、分譲総額が求められるという関係があるということである。
c. 分譲総額/42%通達価格 の割合
42%通達価格とは何か。
『国土利用計画法の施行に伴う土地価格の評価等について』(昭和50年1月20日 50国土地第4号 旧国土庁土地局地価調査課長)の第2.5.イに次の通達文章がある。
「土地と新築建物を一括譲渡する場合の当該建物の譲渡額相当額の算定については、別記2により算定した額を基準とすることができるものとする。」として、別記2は次のごとくいう。
「土地の建物(新築に限る)を一括譲渡する場合の建物の譲渡相当額は、次式により算出するものとする。
建物建築原価×142%=建物の譲渡価額相当額」
新築分譲マンションの建物価格は建物原価の42%増までしか認めないという通達で、いわゆる「42%通達」と言われているものである。
土地価格が高騰し、マンション適地土地の地価高騰を抑制する為に、旧国土庁が課長通達として出したものである。
42%の中には、マンション分譲の諸費用及び分譲業者の利潤も含まれている。
算式は、マンション価格と土地建物価格の関係を端的に表したものであり、現在においても利用価値は高い。
上記の建物の譲渡価額相当額に土地価格を加算すれば、分譲マンションの適正な分譲総額が求められる。下記の算式である。
土地価格+建築工事費×1.42=分譲総額
この価格が42%価格である。
中央-6の土地価格は、1,441,170千円である。建物工事費は、1,926,260千円である。分譲総額は、4,385,700千円である。
分譲価格
────────────────
土地価格+建築工事費×1.42
の割合は、
4,385,700千円
──────────────────── = 1.0501 ≒ 1.05
1,441,170千円+1,926,260千円×1.42
1.05である。
ハ、データ分析結果
上記中央-6と同じ求め方で、中央-8、中央-9、中央-10の分析結果は下記一覧である。
公示番号
|
中央−6
|
中央−8
|
中央−9
|
中央−10
|
平均
|
公示価格 千円/u
|
2010
|
1240
|
1260
|
1060
|
|
開発法価格 千円/u
|
2060
|
1240
|
1260
|
1030
|
|
土地面積 u
|
717
|
727
|
880
|
4158
|
|
土地総額 千円
|
1441170
|
901480
|
1108800
|
4407480
|
|
延べ建築面積 u
|
5369
|
4225
|
4400
|
23471
|
|
構造
|
RC造
|
RC造
|
RC造
|
RC造
|
|
階層
|
10F
|
11F
|
11F
|
20F
|
|
建築工事費 千円
|
1926260
|
1538005
|
1990351
|
8461266
|
|
土地建物価格 千円
|
3367430
|
2439485
|
3099151
|
12868746
|
|
分譲面積 u
|
3987
|
3574
|
4239
|
17377
|
|
分譲単価 千円/u
|
1100
|
915
|
1000
|
998
|
1003.25
|
分譲総額 千円
|
4385700
|
3270027
|
4238600
|
17341886
|
|
分譲総額/土地建物価格
|
1.30
|
1.34
|
1.37
|
1.35
|
1.34
|
分譲総額/土地価格
|
3.04
|
3.63
|
3.82
|
3.93
|
3.61
|
期間 ヶ月
|
27
|
29
|
31
|
42
|
32.25
|
投下資本収益率 %
|
11
|
13
|
13
|
11
|
12
|
42%通達価格 千円
|
4176459
|
3085447
|
3935098
|
16422478
|
|
分譲価格/42%通達価格
|
1.05
|
1.06
|
1.08
|
1.06
|
1.06
|
A 分析の指標
3つの分析の平均を記すと、下記である。
分譲総額/土地建物価格 の割合 1.34
分譲総額/土地価格 の割合 3.61
分譲総額/42%通達価格 の割合 1.06
この割合が、開発法が適正に求められているかどうかを分析する指標である。
B 甲不動産鑑定書の開発法価格の験証
各区画の土地価格をXとして、各画地の分譲総額、建築工事費を使用して土地価格Xを求める。
イ、5-3街区
甲不動産鑑定書の5-3街区の建築工事費、分譲総額は、下記である。
建築工事費 37,623,462千円
分譲総額 44,200,000千円
a. 分譲総額/土地建物価格 の割合による土地価格
分析算式は、
分譲総額
──────────── = 1.34
土地価格+建築工事費
である。 変型すると、下記である。
分譲総額=1.34×(土地価格+建築工事費)
分譲総額−1.34×建築工事費
土地価格 = ───────────────
1.34
土地価格をXとして、建築工事費、分譲総額の数値を算式に代入すると、
44,200,000−1.34×37,623,462
X = ─────────────────
1.34
= -4,638,387千円
マイナスの土地価格が求められた。マイナスの土地価格など無い。地価公示価格の開発法では、公示価格に近い開発法の価格が求められている。
土地価格がマイナスと求められたと云うことは、分譲価格、建築工事費にかなりの操作がなされていると判断される。相当の悪質な数値の操作と推定される。
原因は分譲総額が安すぎ、建築工事費が高すぎることを意味する。
分譲価格を収益還元法の収益価格にしており、その行為は間違いである事が、ここではっきりとわかる。
建築工事費が高すぎると云うことに付いては、鑑定コラム2154)「まやかしの建築工事費」で記した。そのことが、ここで再確認されたと云うことである。
b. 分譲総額/土地価格 の割合による土地価格
分析算式は、
分譲総額
──────────── = 3.61
土地価格
である。 変型すると、下記である。
分譲総額=3.61×土地価格
分譲総額
土地価格 = ───────────────
3.61
土地価格をXとして、分譲総額の数値を算式に代入すると、
44,200,000
X = ─────────────────
3.61
= 12,243,767千円
分譲総額が442億円である場合に、土地価格は122億円ということである。
分譲総額に収益価格を採用して、安い金額にある事から、適正な分譲価格であれば、土地価格はその分上昇する。
c. 分譲総額/42%通達価格 の割合による土地価格
分析算式は、
分譲総額
────────────── = 1.06
土地価格+建築工事費×1.42
である。 変型すると、下記である。
分譲総額=1.06×(土地価格+建築工事費×1.42)
分譲総額−1.06×建築工事費×1.42
土地価格 =──────────────────
1.06
土地価格をXとして、建築工事費、分譲総額の数値を算式に代入すると、
44,200,000−1.060×37,623,462×1.42
X = ────────────────────
1.06
= -11,727,203千円
マイナスの土地価格が求められた。マイナスの土地価格など無い。地価公示価格の開発法では、公示価格に近い開発法の価格が求められている。
土地価格がマイナスと求められたと云うことは、分譲価格、建築工事費にかなりの操作がなされていると判断される。相当の悪質な数値の操作と推定される。
原因は分譲総額が安すぎ、建築工事費が高すぎることを意味する。
建築工事費が高すぎると云うことに付いては、鑑定コラム2154)「まやかしの建築工事費」で記した。そのことが、ここで再確認されたと云うことである。
ロ、5-4街区
5-3街区と同じ求め方で求める。結果のみ記す。
甲不動産鑑定書の5-4街区の建築工事費、分譲総額は、下記である。
建築工事費 38,197,904千円
分譲総額 51,763,386千円
a. 分譲総額/土地建物価格 の割合による土地価格 431,489千円
b. 分譲総額/土地価格 の割合による土地価格 14,338,880千円
c. 分譲総額/42%価格 の割合による土地価格 -5,407,641千円
マイナスの土地価格が求められた。分譲価格が安すぎ、建築工事費が高すぎる。
分譲価格が517億円の場合に、土地価格は143億円となる。
ハ、5-5街区
5-3街区と同じ求め方で求める。結果のみ記す。
甲不動産鑑定書の5-5街区の建築工事費、分譲総額は、下記である。
建築工事費 84,226,995千円
分譲総額 111,267,233千円
a. 分譲総額/土地建物価格 の割合による土地価格 -1,191.746千円
b. 分譲総額/土地価格 の割合による土地価格 30,821,948千円
c. 分譲総額/42%価格 の割合による土地価格 -14,633,245千円
マイナイの土地価格が求められた。分譲価格が安すぎ、建築工事費が高すぎる。
分譲価格が1112億円の場合に、土地価格は308億円となる。
ニ、5-6街区
5-3街区と同じ求め方で求める。結果のみ記す。
甲不動産鑑定書の5-6街区の建築工事費、分譲総額は、下記である。
建築工事費 79,719,481千円
分譲総額 104,990,000千円
a. 分譲総額/土地建物価格 の割合による土地価格 -1,368,735千円
b. 分譲総額/土地価格 の割合による土地価格 29,083,107千円
c. 分譲総額/42%価格 の割合による土地価格 -14,154,493千円
マイナスの土地価格が求められた。分譲価格が安すぎ、建築工事費が高すぎる。
分譲価格が1049億円の場合に、土地価格は291億円となる。
ホ、5-7街区
5-3街区と同じ求め方で求める。結果のみ記す。
甲不動産鑑定書の5-7街区の建築工事費、分譲総額は、下記である。
建築工事費 4,012,000千円
分譲総額 5,860,000千円
a. 分譲総額/土地建物価格 の割合による土地価格 361,134千円
b. 分譲総額/土地価格 の割合による土地価格 1,623,269千円
c. 分譲総額/42%価格 の割合による土地価格 -168,738千円
マイナスの土地価格が求められた。分譲価格が安すぎ、建築工事費が高すぎる。
分譲価格が58億円の場合に、土地価格は16億円となる。
C 甲不動産鑑定書の開発法価格の験証を終えて
正当な求め方による地価公示価格の開発法価格より分析した指標値によって分析すると、東京都側の甲不動産鑑定書の5画地の土地価格は、全てマイナスの土地価格となった。
これには私は驚いた。
指標値が間違っているのでは無いかと、試しに、地価公示中央-10のデータで中央-10の土地価格を求めてみた。
中央-10の建築工事費は、8,461,266千円である。分譲総額は、17,341,886千円である。
このデータより、土地価格を求めると、下記であった。
a. 分譲総額/土地建物価格 の割合による土地価格 4,480,440千円
b. 分譲総額/土地価格 の割合による土地価格 4,803,8476千円
c. 分譲総額/42%価格 の割合による土地価格 4,345,272千円
平均 4,543,186千円
中央-10の開発法価格の土地価格は、4,282,740千円であるから、若干の誤差があるが、それは平均値によって決定された指標値によってもたらされたものである。マイナスの価格になると云うことになっていない。
分析指標値が間違っていると云うことは無い。
そうすると、マイナス土地価格が求められる甲不動産鑑定書の開発法価格は、分譲価格が意識的に安く価格操作され、建築工事費は作為的に高い工事費にされていると判断せざるを得ない。
5画地全てに、それ等が行われていることになる。
分譲価格については、鑑定コラム 2155)「中央区晴海 平成28年1月〜6月新築マンション取引平均価格114.59万円/u」で、平成28年1月〜6月の晴海地区の駅より徒歩9.3分の新築マンションの価格はu当り114.59万円であるという記事をアップしている。
当該マンションが徒歩18分の要因修正をすると、97.88万円/uであり、甲不動産鑑定書の板状分譲マンション価格77万円/uは安すぎると、そのコラム記事で指摘している。
判決は分譲価格についても、甲鑑定書の判断が適正であるごとく判示している事から、このことに付いては、稿を改めて論じたい。
建築工事費については、鑑定コラム2154)「まやかしの建築工事費」で、国土交通省の建築着工建設統計より、平成28年の東京のRC造住宅専用の建築工事費は、30.93万円/u(設計監理費5%を含む)とし、当該建物の規模大の修正をすると、26.97万円/uとなる。
これに比し、甲不動産鑑定書は、35万円/u円〜36万円/uの建築費としており、31.6%高い建築費と分析し、建築工事費は高すぎると、そのコラム記事で指摘している。
判決は建築工事費についても、甲鑑定書の判断が適正であるごとく判示している事から、このことに付いては、稿を改めて論じたい。
安すぎる分譲価格、高すぎる建築工事費と云うことは、土地価格がマイナス地価になることによって、立証されることになった。
マイナスの土地価格となる甲不動産鑑定書の開発法価格が適正と判決は判示するが、その様に判示する方がどうかしている。不動産価格への知識の無さをさらけ出している。
なお、甲不動産鑑定書の分譲総額を是とした場合、土地価格は881億円となる。甲不動産鑑定書の129.6億円の評価額は失当も甚だしい。
8.取引事例比較法は行えないという判決に対する反論
@ 判決の云う取引事例比較法は行えないという理由
判決は晴海選手村土地の価格を求めるのに、取引事例比較法の適用は困難であると判決で云う。
その判決部分は前記したが、再記する。判決書P88である。
「同(イ) の条件(すなわち選手村要因を考慮すること)は本件価格等調査において本件土地の価格を査定するための合理的な条件であるところ,選手村要因は極めて特殊かつ個別性の強いものであるから,これに類する要因が存在する取引事例を収集することが困難であることはもちろん,原告らが主張するような他の広大地(選手村要因ないしこれに類する要因が存しないもの)の取引事例との比較から選手村要因を考慮した本件土地の価格を査定するための的確な事情補正を行うことも困難である。」
上記の引用から、判決が取引事例比較法が困難であると云う理由は、下記の2つである。
イ、選手村要因に類似する要因が付着する取引事例を収集することは困難
ロ、広大地の取引事例から選手村要因を的確に事情補正することが困難
A イ理由に対する反論
選手村要因は、土地価格の問題でなく、建物の工事費で処理されるもので建物価格に属するものである。
そのことについては、前記6章で論じた。
選手村要因は、土地価格に関係するもので無いことから、通常の対象地の近隣及び類似地域に所在する類似する土地取引事例と比較することによって対象地の取引事例比較法の土地価格を求めることが出来る。
B ロ理由に対する反論
ロも判決は、「選手村要因を的確に事情補正することが困難」を取引事例比較法をおこなうことが困難の理由に挙げているが、そのことに付いてはイ理由のところで述べた説明と同じく、選手村要因は、土地価格の問題でなく、建物の工事費で処理されるもので建物価格に属するものである。そのことは前記6章で論じた。
ロ理由によって取引事例比較法を行うことが出来ないと云うことは無く、取引事例比較法を行うことが出来る。
C 判決の理由は不当である
上記ABの説明から、土地の取引事例比較法は行うことが出来ることから、判決の取引事例比較法は出来ないという判示は不当である。
取引事例比較法を行うことが出来るにもかかわらず、出来ないと自分の都合で判断し、取引事例比較法を行っていない甲不動産鑑定書は、鑑定基準違反である。
D 取引事例比較法をしなくて土地価格を鑑定する無謀
甲不動産鑑定書は、同鑑定書P10で、「本件と同様に計画建物や開発スケジュール等が定められることを前提とした取引事例を収集し適切に要因比較することが困難であったため、取引事例比較法は適用しない。」と記して、土地取引事例比較法を行っていない。
この論理は前記6章の「6.選手村要因は土地価格に影響を与えない」の分析から、通らない考え方である。
土地取引事例を調査しなくて、どの様にして地域の土地価格水準を把握するのか。
土地は不動性であるが故に、地域を形成し、その地域の他の土地との代替、協働、競争等によって社会的、経済的有用性を発揮する。その経済的有用性に収益が随伴するために土地価格が発生するのである。その価格は取引事例によって具体的にわかるのである。このことは鑑定基準に、不動産の地域性、地域の特性として記述してある。(平成26年改訂鑑定基準 国交省版P2)
その取引事例を全く無視して土地価格を求めることは無謀である。取引事例も調べず、地域及び周辺の地価水準を知らずして不動産鑑定を行い、不動産鑑定書を発行することは、不動産鑑定評価を冒とくする行為である。
9.収益還元法は行えないという判決に対する反論
@ 判決の云う収益還元法は行えないという理由
判決は晴海選手村土地の価格を求めるのに、収益還元法の適用は困難であると判決で云う。
その判決部分は前記したが、再記する。判決書P88である。
「本件施設建築物は分譲するものとされており,土地残余法を適用する前提を欠くこととなる。そして,本件土地を一括して譲渡することを前提とする選手村要因(前提事実(3)キ)を考慮した本件土地の価格を査定するに当たり,本件土地の一部のみについて開発法に加えて収益還元法を用いることが相当であったともいえないから,本件価格等調査において開発法とは別に収益還元法を用いなかったことが不合理であるとはいえない。」
上記の引用から、判決が収益還元法が困難であると云う理由は、下記の2つである。
イ、建築物は分譲するものとされており,土地残余法を適用する前提を欠くこととなる。
ロ、土地の一部のみについて開発法に加えて収益還元法を用いることが相当であったともいえない。
A イ理由に対する反論
分譲建物であるから土地残余法が適用できないから、収益還元法は行うことが出来ないと判示するが、分譲建物であっても、建物賃料を想定すれば、収益還元法は行うことが出来る。頓珍漢な判示理由である。
収益還元法と云うものがどういう手法であるか判決は知っているのであろうか、全くそれの知識がないのではなかろうかという強い懸念が湧く。
判示は失当である。
B ロ理由に対する反論
判決は開発法の土地価格と収益還元法の土地価格が混在することは不相当であるから、収益還元法は行えないと云うが、間違いの多い開発法よりも収益還元法によって対象地の価格を求めれば良いだけの話である。
収益還元法は行えないと云うが、5-3街区、5-7街区では収益還元法を行っているのである。
求められている収益価格は建物価格を含むものであるから、これより建物価格を差し引けば、土地の収益価格が求められる。
収益還元法は行えないと云いながら、現実には収益還元法を行っている。
判決の主張は自己矛盾をおこしている主張であり、失当である。
10.原価法は行えないという判決に対する反論
@ 判決の云う原価法は行えないという理由
判決は晴海選手村土地の価格を求めるのに、原価法の適用は困難であると判決で云う。
その判決部分は前記したが、再記する。判決書P89である。
「本件土地について再調達原価を適切に求めることができると認めるに足りる証拠はない(原告Eは,本件土地について原価法を適用することができる旨供述するが〔原告E19頁〕,同原告の供述においても,本件土地の素地の値段は分からないというのである〔原告E同頁〕し,また,本件各E鑑定のいずれについても原価法を採用しておらず,再調達原価の把握を適切に行い得る根拠が示されていない。)。」
上記の引用から、判決が原価法が困難であると云う理由は、下記の2つである。
イ、再調達原価を適切に求めることができると認めるに足りる証拠はない。
ロ、原告側の鑑定も原価法を採用していない。
A イ理由に対する反論
原価法の原価を適切に求める証拠が無いから原価法をおこなえないと判示するが、甲不動産鑑定書は東京都側の鑑定である。依頼者は東京都である。東京都が対象地の埋立事業を行っている。
依頼者の東京都に不動産鑑定に必要だから、埋立事業にどれ程の費用がかかったか教えて欲しいとか、資料を提供して欲しいと頼めば、原価は分かるハズである。
甲不動産鑑定会社は、行うべきことをやろうとせず、怠ったと云うことであろう。
後日であるが、住民の監査要求に対して、東京都監査委員の回答書は、用地費・造成工事費は、
319億円+188億円=507億円
と回答している。
要は原価法の土地価格を求めようとしなかっただけである。証拠云々の問題では無い。
B ロ理由に対する反論
住民側の鑑定も原価法を行っていないでは無いかと裁判官は云うべきものでは無い。
住民側の不動産鑑定士が、埋立の原価を教えてくれと東京都に云っても、はいそうですかと東京都は教えてくれますか。
住民側の不動産鑑定士が埋立費用がどれ程かを知ることは、殆ど不可能に近い。
裁判官は、それを知ってかしらずか、そちら側の鑑定書でも原価法をやっていないのではないかと云って、東京都側の甲不動産鑑定書が原価法を行っていないことを正当化するべきものでは無い。公平性に全く欠ける判示である。
C 原価法を行わないことについての判決の判断は失当である
上記理由により、判決が原価法が行えないとする理由は失当である。
埋立原価或いは造成工事原価を知って、大巾な原価以下の価格で土地売却するお人好しの人がどこにいるのか。
埋立原価を大きく割り込んでいる129.6億円の不動産鑑定は、不当鑑定である。
11. 収益還元法で選手村要因を考えた土地価格を求めることが出来る
判決は本件土地では収益還元法は行えないと云うが、前記で述べたが5-3街区、5-7街区では収益還元法を行っている。このことは、収益還元法の価格には選手村要因が反映される、つまり選手村要因が含まれていることを認めていることになる。
この収益価格は建物価格も含まれていることから、その収益価格より建物価格を差し引けば、土地の収益価格を求められる。或いは、求められた純収益から建物に帰属する純収益を控除し、土地に残余する純収益を求め、土地還元利回りで除せば土地の収益価格が求められる。
他の街区でも同じ様に、賃料を想定すれば、収益還元法で全ての街区の選手村要因を反映した土地の収益価格は求められる。
但し、甲不動産鑑定書の建物価格は甚だ高く、賃料も果たして適正であるか疑問があることから、これらが適正な価格、賃料で求められた場合の収益価格である。
収益価格で選手村要因を反映した土地価格を求めることが出来る。
開発法を行わなくても、収益還元法で選手村要因を反映して対象地の土地価格が求められる。人を騙かすごとくの悪質な開発法など行う必要性が無い。
判決は、判決書P88の取引事例比較法が行えないことについて、「 他の広大地(選手村要因ないしこれに類する要因が存しないもの)の取引事例との比較から選手村要因を考慮した本件土地の価格を査定するための的確な事情補正を行うことも困難である。」と判示するが、収益還元法価格は選手村要因を反映した土地価格と考えられることから、
比準価格−収益価格=選手村要因
と考えられ、比準価格、収益価格、積算価格の3つの試算価格を求めた上、価格の調整と決定の最後の段階で、収益価格が選手村の要因を最も反映している価格と判断されるとして、鑑定評価額に収益価格を採用すれば良い。
適正な数値によって求められた開発法の価格を比較考量すれば良い。
12.甲不動産鑑定書は、一体どういう価格を求めようとしたのか
@ 開発法の手法としての欠点
鑑定コラム2156)で、開発法の手法についての欠点、注意すべき点について述べた。その部分を以下に再記する。
****
マンションの開発法の求め方を簡略にすれば、下記の算式である。
マンション価格−(建築工事費+諸費用+利潤+リスク等)=素地価格
実務は、利潤とリスク等を投下資本収益率に置き換えて、開発スケジュールに併せて、投下資本収益率で割り戻して土地価格を求めている。
上記式をより簡略化すれば、
マンション価格−建築工事費等=素地価格
の算式となる。この算式が開発法の基本的な考え方であり、基本算式である。
この算式をよく眺めて欲しい。
基本算式を眺めていると、開発法の欠点が見えてくる。
それは、マンション価格を一定にすると、素地価格は、建築工事費等によって変化するということになる。
建築工事費等の中の最大のウエイトを占めるのは、建物の建築工事費であることから、この建築工事費が高ければ、素地価格は安い価格となる。
建築工事費が安ければ、素地価格は高い価格となる。
建築工事費が大変重要であることがわかる。
同じことはマンション価格にも云える。
建築工事費等を一定にして、マンション価格が高いと売れないからと云う最もらしい理由をつけて、マンション価格を安くすれば土地価格(素地価格)は安くなる。
熟成した住宅地にあっては、土地価格水準はほぼ一定の水準にあり、それを著しく安く購入することは困難である。
しかし、開発法を使用すれば、開発法優先で考えることから、販売するマンション価格を安くしないと売れないと云って安くし、建築工事費を高くすれば、素地価格(土地価格)は、いかようにも安くすることが出来る。
そうした事を避けるためのブレーキになるのが、土地の取引事例比較法による比準価格である。
比準価格のタガをはずせば、開発法のみとなるから、上記で述べたごとく土地価格はマンション開発業者・建設業者の利潤の餌食になり、周辺の更地価格の10%の価格にもなり得る。
こうした現象が、開発法では生じるということを充分知っておく必要がある。
この開発法の欠点を知っておかないと、とんでもない価格を求めてしまうことになる。
****
武漢発新型コロナウイルス感染拡大に伴い、大学での対面講義が出来なくなり、ネットによるオンライン講義をせざるを得なくなった。
その桐蔭横浜大学法学部での不動産鑑定評価の講義の教科書として書きあげた新著『[考論]不動産鑑定評価』P170(プログレス 2021年9月発行 電話03-3341-6573)の中の開発法の注意点として、下記のごとく論述した。上記鑑定コラム文章と重複する部分があることはお許し頂きたい。
「(4)、注意点
建設工事費、諸経費、利潤を一括りにして建設工事費等とすると、開発法は
事業売上高−建設工事費等=開発法土地価格
の簡略した算式になる。
左右をひっくり返すと、
開発法土地価格=事業売上高−建設工事費等
となる。
この算式をじっと見て欲しい。開発法の弱点が見えてくる。
開発法土地価格は、事業売上高が一定とすれば、建設工事費の増減によって価格変動することになる。建設工事費等が安ければ、高い土地価格になる。建設工事費等が高ければ安い土地価格になる。土地価格が建設工事費等に左右される事になる。
そして、建設工事費等が事業売上高を超えると、土地価格は、赤字若しくはゼロ円となる。
開発法にはこうした弱点があることをしっかりと見極めて使用しないと、とんでもない鑑定評価額が求められてしまう危険性がある。
それからもうーつ、開発期間は最長2年でとどめる。それ以上の期間とすると、利益率を割引率とするため、開発法の価格が実態より大変安くなって求められる危険性がある。」
A 甲不動産鑑定書は、一体何の価格を求めようとしたのか
甲不動産鑑定書は、一体何の価格を求めようとしたのか。
適正な土地価格を求めることなど全く考えず、東京オリンピックの選手村と云う要因を最大限利用して、マンション開発業者が最も儲けられる為の土地価格を求めようとしたのでは無かろうか。
裁判官は、間違いだらけの開発法の価格を適正価格と信じ込み、間違い価格を「不合理とは思われない」と裁判官特有の文言で、懸命になって法律擁護している。
しかし、選手村のど真ん中に位置し、回りをぐるりと選手の宿舎として建てられた分譲予定マンションに囲まれ、オリンピック開催時には、選手の食堂等の建物敷地として利用された16,796.49uの土地が、令和4年1月に東京都から中央区に学校用地として売却された。金額は99.5億円(u当り592,386円)である。
この金額は東京都財産価格審議会にかけられ、公共減額率50%された価格である。
公共減額50%をしない場合の価格は、
592,386円÷0.5=1,184,772円≒118万円/u
118万円/uである。
中央区が学校用地として東京都から購入した土地の東隣の土地は、日本一の地方公共団体である東京都が、わざわざ個人施行の市街地再開発事業の施行者として行うと申請し、当の知事が事業認可している事業街区の一つの5-3街区であり、選手村要因のある土地としてu当り27,000円が適正価格であると甲不動産鑑定書は鑑定し、11の開発業者に売却された土地である。
東京都が中央区に選手村のど真ん中にある土地を、令和4年1月に公共減額50%を考えないとすると118万円/uの土地価格となると認めて中央区に売却している事実を考えると、選手村要因があるから安くても良いと13.39haの規模で129.6億円(9.68万円/u)という鑑定評価額は、適正な価格では無いことは、明白である。
東京地裁の裁判官が、判決で「不動産鑑定評価基準に則らない価格があってもよい」と云って、必死になって適正な価格であると法律擁護する129.6億円(9.68万円/u)は、一体どういう価格なのかと問いたくなってくる。
東京オリンピック晴海選手村土地不当廉売事件の判決は、最高裁判所のホームページで公開されています。下記のアドレスです。
https以下のアドレスをドラッグコピーして、自分宛のメールにアドレスをコピー貼り付けして、自分宛にメールを送信して、自分宛に来たメールの中の青字等カラー文字のアドレスをクリックすれば、繋がります。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/010/091010_hanrei.pdf
***追記 2022年5月14日 6章A節ハ項を追記・一部変更
***追記 2022年8月09日 7章に計算ミスが見つかったので数値の訂正を行った。
鑑定コラム2380)「裁判には勝ったけれど… ボロが出てきた「晴海フラッグ」問題 ウチコミ・タイムズ」
鑑定コラム2381)「オリンピック要因で土地価格は減価しない」
鑑定コラム2382)「「不動産鑑定評価基準に則らない価格があってもよい」とする東京地裁判決に対する平澤春樹氏の意見」
鑑定コラム2154)「まやかしの建築工事費」
鑑定コラム 2155)「中央区晴海 平成28年1月〜6月新築マンション取引平均価格114.59万円/u」
鑑定コラム2386) 「晴海選手村土地不当廉売事件の都側の鑑定評価は地価公示法違反である」
鑑定コラム2145)「収益還元法価格は開発法のベース価格にはならない」
鑑定コラム2156)「都心3区の地価公示価格の開発法」
鑑定コラム2390)「鑑定コラム2387) に追記」
鑑定コラム2391)「晴海選手村の都側土地鑑定書の取引事例比較法不採用の条件設定は不当である」
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