地方の小さな都市にある大学を卒業して東京にやってきた。30数年前のことである。
新橋の駅前の古びた建物の1階で店を構える食堂で、初めて口にした丼ものがあった。
安くて、旨かった。
甘辛く味のしみこんだ薄くちぢれた牛肉と、よく煮込まれたタマネギがご飯の上にぶっかけてあるだけの丼ものであった。
いわゆる「牛どん」と呼ばれるものを初めて口にしたのである。
「吉野家」という名の店であった。
調査で都内を駆けづり回っていて、雨後の竹の子のごとくあちらこちらに出来ていた吉野家を見つけると、昼食時には、そのカウンターに座っていた。
しかしある時、丼飯が値上がりした。
そして牛肉への味のしみ込みが薄くなり、かみ切れない牛肉が混在するようになってきた。生のタマネギに遭遇する様になった。
吉野家の牛どんを食べるのを止めた。
まもなく吉野家は倒産し、会社更生法申請会社になった。
更生法適用後、吉野家は社員の血のにじむ努力によって債務返済を完了した。2年前(2000年)には東京株式一部上場会社に見事カムバックした。
企業再建を手伝うニュービジネスの「企業再建協議会」という最近出来た組織が主催した吉野家の店舗拡大、倒産、更生、上場の中で社員として、幹部として、社長として生き抜いてきた「牛どんの吉野家」の吉野家ディー・アンド・シーの安部修仁社長の講演を聞く機会があった。
週80時間の労働時間を苦痛と思わず喜びと感じ、若さに任せてがむしゃらに全国チェーン展開した急成長の時期と、倒産後の会社の混乱状態そして自信喪失状態に陥つた自己の管理とむらむらと湧き上がってきた仕事への情熱の話は、実践してきた人の凄さで、聞く人のまばたきを忘れさせる内容であった。
何故牛どんの価格が高くなり、味が落ちたかの理由も安部氏は隠すことなく説明した。
私は一消費者に過ぎなかったが、ある日以降吉野家の牛どん離れをした。
それ以後見向きもしなかつた。
この私の吉野家の牛どん離れをした吉野家側の原因がやっとわかつた。
やはりはっきりした原因があった。
結果においてそれが吉野家を倒産に導いた。
会社更生法適用後の吉野家のとった戦略は、何故倒産したかの原因の徹底的究明であった。
不採算店舗は何が原因で不採算であり、不採算になつたか。全ての店舗の原因を洗い出した。
不採算店舗にしない為には、その逆を行えばよいという結論に至り、戦略を立てた。
その戦略とは、「早く、安く、旨い」の社是は厳として守り、財務の見直しと多店舗展開を急がないこと、そして店舗運営するについては、次の条件を実践厳守することであった。
1.1店舗の売上高は5000万円が限度
2.資本回転は2回転以上
3.営業利益率は10%以上
4.家賃は売上高の6%が限度
この店舗経営戦略を徹底し、今や年間売上1500億円、営業利益170億円の上場企業に変身した。
私が講演で最も印象に残ったものは、「家賃は売上高の6%が限度」という安部社長の言葉であった。
「店舗家賃は売上高で考えるべし」という私の考え方を、吉野家ディー・アンド・シーの安部修仁社長は、会社再建時以降実践していることを、自らが明らかにしてくれた。
吉野家再建の極意の一つであると思われるこの数字は、私の頭に今後も強く残るであろう。
時々吉野家のカウンターに座ろうと思う。
余談であるが「吉野家」の屋号は創業者が大阪の吉野町出身であつたため、その地名をとつた由。
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