2179)権利変換を希望しない申出は財産の処分行為をすると云うことである
東京都晴海選手村の市街地再開発事業である「晴海五丁目西地区第一種市街地再開発事業」(以後「晴海選手村事業」と呼ぶ)は、東京都が地方公共団体で有りながら、個人施行者となり、土地地権者であり、再開発事業認可者であると一人で3役を兼ねている事によって、事象を複雑にし、あるべき姿を見えにくくしている。
その一つとして、権利変換で生じた現象で検討する。
平成28年4月1日に東京都は個人施行として事業の許可申請を行った。
平成28年4月22日に、認可権者の東京都は、申請のあった上記個人施行者による事業を認可した。
認可後の同日に、地権者の東京都は、晴海選手村事業の土地について、土地の権利変換を希望しない旨の申出を施行者の東京都に行った。
「土地の権利変換を希望しない旨の申出」という行為を行ったということ、ここに大きな問題が潜んでいる。
その前に権利変換とはどういうことか簡単に述べる。
権利変換とはどういうものかについて、市街地再開発業者及びその関係者の団体である「公益社団法人 全国市街地再開発協会」のホームページによれば、下記である。
「市街地再開発事業などにおいて、事業施行前の各権利者の権利を、事業完了後のビル(施設建設物)の床及び敷地に関する権利に変換することを言います。第一種市街地再開発事業の核心となる手法です。権利変換のタイプには、原則型(法第75条)と特則型―全員同意型(法第110条)、地上権非設定型(法第111条)があります。」(https://www.uraja.or.jp/town/faq/)
一方、旧日本住宅公団である「UR都市機構」のホームページによれば、
「開発前の建物所有者や土地所有者等の権利を、原則として等価で、新しくできる再開発ビルの床に関する権利に置き換えるものです。」と説明する。
(https://www.ur-net.go.jp/produce/business/business02.html)
つまり「権利変換」とは、市街地再開発する前の状態の土地や建物の権利価格を、再開発して出来た建物の床及び土地共有持分に等価で置き換えることを云う。再開発前の不動産価格を従前の価格、再開発後の不動産価格を従後の価格と呼ぶ。
話を元に戻して進める。
地権者である地方公共団体である東京都は、平成28年4月22日に、土地の権利変換を希望しない旨の申出を個人施行者である東京都に行った。
「権利変換を希望しない旨の申出」ということはどういうことかと云えば、再開発法71条1項は次のごとく規定する。
「(権利変換を希望しない旨の申出等)
第71条 個人施行者若しくは再開発会社の施行の認可の公告、第19条第1項の規定による公告若しくは事業計画の決定若しくは認可の公告(第6項において「施行認可の公告等」という。)又は前条第6項の規定による公告があつたときは、施行地区内の宅地(指定宅地を除く。)について所有権若しくは借地権を有する者又は施行地区内の土地(指定宅地を除く。)に権原に基づき建築物を所有する者は、その公告があつた日から起算して30日以内に、施行者に対し、第87条又は第88条第1項及び第2項の規定による権利の変換を希望せず、自己の有する宅地、借地権若しくは建築物に代えて金銭の給付を希望し、又は自己の有する建築物を施行地区外に移転すべき旨を申し出ることができる。」
権利変換を希望しない土地所有者は、個人施行者に金銭の給付を希望することが出来ることになる。
「個人施行者に金銭の給付を希望する」ということは何を意味するかと云えば、土地所有者の土地提供に対する金銭対価であり、それは土地所有者が所有する土地という財産を処分する行為を意味する。
晴海選手村土地の所有者は、東京都である。東京都は行政体として地方公共団体である。
地方公共団体である東京都が、所有する晴海選手村土地を処分する意思表示をした事になる。
地方公共団体が所有財産の土地を処分しょうとする場合は、地方自治法237条2項の適用を受ける。
地方自治法237条2項は、前の鑑定コラムにも記述しているが、再記すれば下記である。
「(財産の管理及び処分)
第二百三十七条 この法律において「財産」とは、公有財産、物品及び債権並びに基金をいう。
2 第二百三十八条の四第一項の規定の適用がある場合を除き、普通地方公共団体の財産は、条例又は議会の議決による場合でなければ、これを交換し、出資の目的とし、若しくは支払手段として使用し、又は適正な対価なくしてこれを譲渡し、若しくは貸し付けてはならない。
3 (省略)」
平成28年4月22日に晴海選手村土地の地権者である東京都は「権利変換を希望しない旨の申出」を行ったのは、それは都有地の財産処分することであり、その場合には、当然に地方自治法237条2項に従い議会の承認又は適正な対価で行わなければならない。
つまり、東京都は権利変換を希望しないと意思表明する時に、議会の承認を得なければならなかったのである。
しかし、地権者の地方公共団体である東京都はこのことを行わなかった。
地方公共団体の長は知事である。東京都であれば東京都知事である。
知事の任務は、地方自治法第147条から149条に規定されている。
知事は、地方公共団体を統轄し、これを代表する。(147条)
知事は、地方公共団体の事務を管理し及びこれを執行する。(148条)
そして149条は、次のごとく規定する。
「第百四十九条
普通地方公共団体の長は、概ね左に掲げる事務を担任する。
一 普通地方公共団体の議会の議決を経べき事件につきその議案を提出すること。
二 予算を調製し、及びこれを執行すること。
三 地方税を賦課徴収し、分担金、使用料、加入金又は手数料を徴収し、及び過料を科すること。
四 決算を普通地方公共団体の議会の認定に付すること。
五 会計を監督すること。
六 財産を取得し、管理し、及び処分すること。
七 公の施設を設置し、管理し、及び廃止すること。
八 証書及び公文書類を保管すること。
九 前各号に定めるものを除く外、当該普通地方公共団体の事務を執行すること。」
149条6号に、担任事務として「財産を取得し、管理し、及び処分すること」とある。
この財産を処分する場合には同法237条2項が適用される。
再開発法71条1項の「権利変換を希望しない旨の申出」は、都有地の財産処分行為であるから、都知事は議会の承認、又は適正な価格による処分を行わなければならないのである。
それを行わず晴海選手村事業を進めた事は、都知事は都有地を勝手に無断処分したことであり、地方自治法237条2項違反となる。
ここに東京都の重大な法律違反がある。
この行為は、都知事は担任職務に背いたということになり、別途背任の責めを問われる。その行為に加担した人は同じ責め若しくは共謀の責めを問われるのでは無かろうか。
監査委員の回答書は、「土地の権利変換を希望しない旨の申出」がどういうことを意味するのかは全く触れていない。監査委員の目は節穴か。触れると違法が分かるから触れなかったのであろう。
再開発法71条1項による「権利変換を希望しない旨の申出」した地権者の宅地の価格は、近傍類似の土地の取引事例価格等を考慮して定める相当の額と再開発法第80条は規定する。
その再開発法第80条を下記に記す。
「(宅地等の価額の算定基準)
第80条 第73条第1項第3号、第8号、第18号又は第19号の価額は、第71条第1項又は第4項(同条第5項において読み替えて適用する場合を含む。)の規定による30日の期間を経過した日における近傍類似の土地、近傍同種の建築物又は近傍類似の土地若しくは近傍同種の建築物に関する同種の権利の取引価格等を考慮して定める相当の価額とする。」
施行者の東京都は、権利変換を希望しない地権者の東京都に、土地対価として近傍類似の取引事例等を考慮した価額を支払わなければならないことになる。
施行者の東京都は近傍類似の取引事例等を考慮した価額を支払は無かった。
監査委員の回答書は間違っており、東京都は地方自治法237条2項の違反を犯したと私は判断する。そして都知事の行為は地方自治法149条6号に違反し、背任の責を負うと私は判断する。
議会の承認がなくとも適正な価格の処分であり、違法性は無いという反論がなされるであろうが、その処分価格は適正な価格とは認められない価格である。
この面からもその主張は否定され、都知事の行為は地方自治法237条2項の違反かつ地方自治法149条6号に違反し、背任の責を負うと私は判断する。
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